人の優しさ
「おい。見ろよ」
人々は生き返ったことを確認し喜びを分かち合った後、自分達を殺したタカオが側にいることに気がついた。そしてその冷たい視線を向けた。生き返ったとしても殺されたときの恐怖、痛みは消えていなかった。
タカオはカナエをその腕から放すと、人々に顔を向けた。
「僕があなた方を殺した罪は消えないことはわかってます。僕は神によって罰せられるべきでしょう」
「武田!」
カナエはタカオを呼んだ。タカオを失うのは嫌だった。
「お前が罰せられるというなら私も一緒に」
そう言ってカナエはタカオの手に自分の手を重ねた。もう自分から離れるつもりはなかった。
ケンジとユリ、そしてベノイはどうしていいかわからずタカオ達と生き返った人々の間に立っていた。タカオは心を封印されていた。しかしそれを願ったのはタカオだった。そして殺された人にとって殺された事実、痛みは変わらずその記憶に残っていることもわかっていた。
「そうだな。罪は罪だ。お前は多くの人を殺めた。それは許されるものではないだろう」
天神の冷たい威圧的な声が響き渡った。人々は天神に視線を向ける。初めてみる神の姿に人々は畏怖を感じているようで、その表情は緊張していた。
タカオはじっと耐えるように目を閉じた。覚悟はできていた。カナエはタカオの手を強く握りしめた。タカオを1人にはさせないつもりだった。
「みんな、あのお姉ちゃんに免じて許してあげようよ」
静まり返った中、ガルレンの小さな声が響き渡った。人々の視線が天神からガルレンに向けられる。
「僕もタケダは許せない。でも僕たちはこのタケダによって生き返ったんだ。そしてこのお姉ちゃんの助けがなきゃ、僕たちは永遠に亡者のままだった。亡者だったときの苦しみはタケダに殺されたときの苦しみよりも僕はつらかった」
人々はガルレンの言葉を黙って聞いていた。
「ね。僕たちはこうして生き返ったんだ。このタケダを許してやろうよ」
ガルレンの言葉にユリは涙が出た。ケンジも同じ思いらしく目が潤んでいるのかわかった。
タカオを許してほしかった。心が戻ってから彼が苦しんでいるのは分かっていた。だから人々に許してほしかった。
「ちっ、しょうがねぇな。いいよ。俺は許してやる」
西の村で殺された男がそう言った。
「むかつくけど。俺もいいぜ。許してやる」
ジュネの村でタカオの風の剣で切られた男もそれに続いた。そして人々は声を上げ始めた。
どの声も許してやるという言葉だった。
「武田……?」
カナエは水滴が落ちてくるのを感じた。顔を上げるとタカオがその瞳から涙をこぼしていた。カナエはその背中にそっと手を回した。
やさしい心が人々から伝わった。タカオは自分が殺した人々が自分を許すということが信じられなくて嬉しかった。
「心がなかったのじゃ。若者よ。わしはあんたを許そう」
パレドで殺された老人が微笑みを浮かべながらタカオの肩を叩いた。
「その男はお前達を殺したのだぞ」
人々の声が遮るように天神の声が再度響き渡った。人々は静まり返る。
「本当にお前達はその男を許すのか?」
天神の問いにケンジ、ユリ、ベノイは息を飲んで人々の反応を待った。彼らが何かをいう権利はなかった。
「うん、僕は許すよ」
最初に言葉を発したのはやはりガルレンだった。タカオはじっとガルレンを見つめた。その瞳は穏やかで、優しい光が溢れていた。
「ああ、俺もだ。さっき許すって言ったんだ。俺も男だ。意志は変えねぇ。まあ、こうやって生き返ったんだしよ」
ガルレンに続いて男がそう言った。すると他の人々も同様なことを言い始めた。
「わかった、お前たちの意志を尊重しよう」
天神が人々の声を聞いてうなずいた。その表情は驚きに満ちていたが安堵のような思いも交じってるように思えた。
タカオはその言葉が信じられなかった。カナエは茫然とするタカオをぎゅっと抱きしめた。ケンジとユリは抱き合って喜び、ベノイはカナエとタカオの様子を横目で見て、視線を空に向けた。周りにいた精霊達も天神の判断に喜んでいるようだった。
「それではお前達を元の人間の世界に戻し、この外の人間は罪を問わず外の世界に戻すことにする。よいな」
天神が確認するようにそう言うと人々はうなずいた。