地神
「頼む、殺さないでくれ!」
2匹の大鴉はぼろぼろになったその体で泣きそうな声で懇願した。大鴉の黒い羽は剥げ落ち、黄色い地肌が見えていた。そして目からは出血し、体にはいくつもの傷ができていた。火の精霊と風の精霊、そして風の剣をもつタカオにとって大鴉達は敵ではなかった。
「どうする?タカオ?」
火の精霊は火の塊をその手の中で転がしながらそう聞いた。大鴉達はおびえた目で火の塊を見ている。
「僕達の邪魔ができないようにどっかに拘束するだけでいいよ。僕達の目的は魂なのだから」
タカオの答えに火の精霊は風の精霊を振り返って見た。
「そう。じゃ、風が担当ね。アタシそういう細かいこと苦手なのよね。下手したら殺しちゃうかしれないし」
火の精霊がそう言うと大鴉は体を身震いさせた。
「まあ、オマエならそうかもな。オレが風の檻を作ってやる」
風の精霊はおびえた顔の大鴉に笑みを見せると手の平を空に掲げた。両手から風が発生して大鴉を囲む。
「これで半日くらい拘束できるだろう。それで十分だろう?タカオ」
「ああ、十分だ。さて、山元くん達のところへ向かおう」
タカオはそう言うと火の精霊はつまらなそうな顔を見せた。
「多分、もう戦闘は終わってるわよ。あーもうちょっと暴れたかったわ」
火の精霊の言葉にタカオは苦笑しつつ、ケンジ達の元へ向かった。
火の精霊の予想は外れていた。頭が5つになった巨大な黒蛇は精霊とケンジ達の攻撃をたくみにかわしていた。
「あーいらいらするわ!」
水の精霊は再び氷の槍を作りながらそう言った。
「水、こういうのはどうでしょう。ワタシたちが5つの頭にそれぞれ攻撃を同時に仕掛けるのは?」
木の精霊の提案に水の精霊はうなずいた。
「それはいいわ。ね、土、ケンジもユリもいいでしょう?」
「うん」
ケンジとユリはそう返事し、土の精霊は無言で首を縦に振った。
「じゃあ、行くわよ!」
水の精霊の掛け声を合図にケンジ達は一斉に跳んだ。
ケンジが水の剣を振り下ろし、ユリが矢を放った。そして水の精霊は氷の槍を投げ、木の精霊は枝を鞭のように振り下ろした。そして最後の頭に向かって土の精霊は土の斧を投げつけた。
「うおおお!!」
くぐもった声が響き、5つの頭は痛みのあまりそれぞれが別の方向へ動き、もだえた。
そしてそれは再びひとつになった。
「お前ら、わしを怒らせたな!」
そう言って黒蛇が再びケンジ達に襲いかかろうとするとふいに火の塊が横から飛んできてその体に当たった。
「うぎゃああ!」
黒蛇が燃え上がる。そして火を消すために池の中に潜った。
「何ちんたらしてるのよ。やっぱりだめね。アンタたち」
タカオと風の精霊と共に現れた火の精霊は腕を胸の前で組み、馬鹿にしたように水の精霊を見た。
「うるさいわね。アナタの敵が弱すぎなのよ!」
水の精霊か掴みかかりそうな勢いで火の精霊にそう言い返すと池から再び黒蛇が現われた。
「この、この、この!!わしは完全に頭にきたぞ。池ごとお前らを破壊してやる!」
「何!」
黒蛇の言葉にケンジ達は怒りの声を上げる。すると突然空が割れたように雲が晴れ、そこから光が地上に向かって差した。
「黒蛇。もう十分だ。やめろ」
光から現われたのは黒の龍だった。龍はその黒い瞳で黒蛇をにらみつけた。
「池は神聖なもの。破壊しようなんて何事だ!」
「し、しかし地神様!この人間と精霊は魂を地上に持って帰ろうとしているのですよ!」
黒蛇は突然の黒の龍の登場で茫然としてるケンジたちを睨み付けながら、そう言った。
「外の人間に精霊か……」
黒の龍はそうつぶやきながらケンジ達に近づいた。ケンジ達は表情を切り替えると武器を構え、精霊達はいつでも攻撃できるように態勢を整えた。
「面白い。契約なしで人間のために動く精霊を初めて見た。いいだろう。今回は魂を渡してやる」
「地神様!?」
黒蛇の抗議の叫びを無視して、黒の龍は光を放ち、精霊と同じように耳のとがった人間に姿になった。それは長い黒髪に黒い瞳、象牙のよう肌を持つ美しい男だった。
「さあ、人間よ。望みを言え。どの魂が必要なんだ」