最後の戦い
「よくあたしの魔法が解けたわね」
桜吹雪が舞う中、甘ったるい声が聞こえた。そしてケンジ達の前に大きな羽を持つ黒髪に黒のロングドレスを纏った妖精が舞い降りた。妖精の羽は揚羽蝶の羽のように全体が黒色で赤、黄色、白の模様が入った鮮やかなものだった。
「でも魂は渡してあげないわ。あたしがあなた達を魂の仲間にいれてあげる!」
黒の妖精はそう言うとケンジ達に襲いかかった。
「そうはさせませんよ」
冷たい声が聞こえてケンジの胸元の笛が光った。そして銀の龍が光と共に現れた。銀の龍はケンジ達を守るようにその前に浮かびあがり、黒の妖精を見下ろした。
「邪魔が入ることは予想していました。魂は力づくでも渡してもらいます!」
銀の精霊――銀の龍はそう言うと黒の妖精に向かって火を吐いた。
「さあ、私が足止めしているうちに先に行ってください。森の奥に池があるはずです。魂はその中にあるでしょう」
銀の龍は後ろのケンジ達にそう言った。
「マオ……君はマオだろう?君がナイナイをそして僕達をこの世界に連れてきた」
「そうです。タカオ。これは私からの最後の借り返しです。早く行ってください」
銀の龍はタカオを見ることなく黒い妖精に視線を向けていた。
「武田係長、行きましょう」
ケンジとユリは銀の龍と黒の妖精の戦いを見上げるタカオの背中に声をかけた。
銀の精霊があの妖精の動きを止めているうちに早く魂を手に入れるんだ。
「武田係長!早く!」
ケンジは動こうとしないタカオに再度声をかけると森の奥へ走り出した。タカオは踵を返すとケンジ達の後を追った。
しばらく走ると森の種類が変わった。緑色だった森の木々は冬の木々のように葉が落ち、灰色の幹をむき出しにしていた。そして見上げる空は雲に覆われ、光を遮り、空気がひやりと冷たくなった。薄い霧が出る中、目を凝らすと小さな池が先に見えた。
「あれだ!」
ケンジがそう言って、近寄ろうとすると大きな影は空から二つ降りてきた。それは2匹の大きな鴉だった。鴉は大きな翼を動かしながらケンジ達を威嚇した。
「魂は渡さないぞ」
右側に控える大きな鴉はそう言い、ケンジ達を睨みつけた。右側に控える鴉はがあがあと鳴くと嘴を開け襲いかかった。
「別の世界の人間の肉は美味と聞く。試してみるぜ」
嘴が開かれた。タカオは咄嗟に大きな石を掴むと鴉の開かれた口の中に投げ入れた。
「うぎゃああ、何をするんだ!」
鴉が石を飲み込み、大きな体をもだえさせた。すかさずタカオは別の鴉の目を狙って石を投げつけた。
「うぎゃあ、痛い、痛いぞ!」
もう一匹の鴉が翼で目を押さえる。
「今だ、山元くん、橘さん、池のところへ!」
二人にそう言いながらタカオは動かなかった。
「武田係長!」
「武田さん!」
ふたりが走りかけ、立ち止まってタカオを呼ぶ。
「僕に構わず行くんだ!」
タカオはそう言って、木の枝を拾うと構えた。ケンジは一瞬迷ったが、ユリの手を掴むと走りだした。
武田係長。
死んじゃだめですよ。
上杉主任も戻ってくるんです。
死なないでください。
「畜生め。ふざけた真似しやがって!」
石を飲んだ鴉の嘴がタカオを襲う。タカオはそれを避け目に木の枝を刺した。
「くそう!痛いぞ、痛いぞ!」
「右鴉!この野郎!」
もう一匹の大鴉は目から血を流しながら宙を舞うとタカオを目掛けて急降下した。タカオは同じ手は使えないと思いながらも別の木の枝を持ち構えた。
「タカオ!」
自分を呼ぶ声がした。目の前に逆立った短い赤い髪に赤い眼を持つ美女が現われる。
「カーナ?!」
タカオが驚きの顔で火の精霊を見つめていると火の精霊は飛んで来る大鴉に火の塊を放った。
「うぎゃああ!」
大鴉の体が燃え上がる。
「左鴉!まさか火の精霊!?」
相棒が燃え上がる様子を見ながら、右鴉は目に枝が刺さったままの状態で目の前に現れた火の精霊が睨みつけた。
「お前たちはここには来れないはずだ!」
「残念だったわね。金の龍に乗ってきたの。アタシたち」
火の精霊は右鴉の問いに楽しげに微笑みながらそう返した。
「タカオ、待たせたな」
そう声がして今度は風の精霊が長い銀色の髪をなびかせて現れた。
「フォン……」
タカオは風の精霊をじっと見つめた。風の精霊はすこし口を歪めて笑みを見せた。
「さあ、鴉ごときがアタシたちに敵うかしら」
火の精霊は楽しげにそう言うと手に火の鞭を作り出した。
「タカオ、後ろに控えていてね。神と精霊の世界で退屈していたの。丁度いい暇つぶしだわ。ねぇ、風もそうでしょ」
「そうだな。いい運動にもなりそうだ」
風の精霊は火の精霊にそう答えると手に剣を出現させた。
「ほら。タカオ、風の剣だ。使うことはないと思うが渡しておく」
タカオは風の精霊から剣を投げられ受け取ると、なんだかくすぐったいような気分になった。心を封印されていたとは言え、この二人と旅をしてきたのだ。そんな二人が自分を守るために泉の底に来てくれたことが嬉しかった。
「くそおぉ。俺達をなめやがって!」
左鴉は体の火を消しながら睨みつけた。その横で右鴉も目から枝を引き抜く。目から血が飛び散るが痛みよりも怒りが上回ったようでタカオに向かって飛び掛った。タカオは風の剣を構え、攻撃に備える。
しかし右鴉の攻撃がタカオに届くことはなかった。
「タカオには指一本触れさせないわ」
火の精霊の火の鞭が右鴉を襲い、その体は燃え上がった。