全ては夢にかえる
「ここです。降りてください」
銀の龍がそう言うと武田タカオが龍の背中から飛び降り、ケンジはゆっくりとその背中をつたって降りた。それに続くようにしてユリも地面に降り立つ。
着いたところは森の中だった。薄暗く霧が掛かっていた。
「ここが失ったものの泉の底?」
泉の底なのはずなのに森の中で降ろされケンジが訝しげに銀の精霊―銀の龍を見つめた。
「泉の底にある場所です。泉の中で一度保たれた魂はしばらくするとこの場所に移されます。そして完全に浄化されると富の噴水に運ばれ、転生または消滅します」
銀の精霊は龍の姿から精霊の姿に戻りながらそう答えた。
「さて、私は地上に戻ります。魂を見つけたらこの袋に入れ、これで私を呼んでください」
銀の精霊はそう言うと人体化し、絹の小さな袋と首にかけるように作られてる笛をケンジに渡した。そして再び龍の姿に戻ると光を放って消えた。
「さあ、行こうか」
タカオは消えた光を見ていたが、ケンジ達にそう声をかけると歩き出した。
「待ってください!」
ケンジとユリは慌ててタカオを追いかけた。
森の中をしばらく進むと霧が濃くなり一寸先も見えなくなった。
「ケンジ」
ユリはあの花の精霊にさらわれたときのような霧に嫌な予感を感じてケンジの手を掴んだ。
「足元、元気をつけて」
タカオはそう言いながら足を進めていた。森の中にいたはずなのに足場は悪かった。しかし霧が邪魔してどんな場所を歩いているかよく見えなかった。
不意に何かが飛び掛ってきた。それは美しい揚羽蝶だった。それは徐々に増え、何千匹もの揚羽蝶がケンジ達を襲った。
「きゃあ!」
ユリは悲鳴を上げ、ケンジを抱きついた。
武器はなかった。ケンジ達は手で揚羽蝶を追い払おうとしたが、数が多く無理だった。視界が揚羽蝶で覆われた。色鮮やかな模様が目に映る。
「危ない!」
タカオの声が聞こえた。足元に穴が見えた。しかし気づいた時はすでに遅くケンジとユリは穴の中に吸い込まれるように落ちた。
「きゃあ!」
「うわあ!」
「山元くん!橘さん!」
穴に向けてタカオは叫んだが声が返ってくることはなかった。
「武田くん、何してるの?」
ふいに聞き覚えのある声がすぐ側で聞こえた。顔を上げると宮園ユキコが微笑んでいた。
「ユ……キコ?」
「待っていたわ。さあ、行きましょう」
ユキコは戸惑っているタカオの腕を強引に掴むと穴の中に飛び込んだ。
「ケンちゃん、ケンちゃん。ほら朝よ!」
母の声でケンジが起こされた。掛け布団をもぎ取られ寒さを感じ目が覚めた。
夢?
ケンジはベッドの上でぼんやりと部屋の中を見渡した。変わらない自分の部屋だった。昨日電源を消すのを忘れたようでパソコンがチカチカと光を放っていた。本棚にはお気に入りの漫画がずらりと並んでいる。
「ケンちゃん、もう7時半だけど?今日は休むの?」
母が開いたドアから顔を覗かせてそう言った。
「げ、7時半。間に合わないかも!母さん、なんでもっと早く起こさないんだよ!」
ケンジはベッドから降りると慌てて洗面所に向かった。
変な夢……
あのへなちょこ山元くんと冒険して、しかも彼女になるなんて。
ユリはため息をつくと電車の窓際に自分の場所を確保して窓をみた。朝の満員電車。慣れているけど、今朝の夢があまりにもリアルで満員電車の光景が色あせて見えた。
あ、あれは山元くん?
停車した電車に向かって、黒髪の童顔な青年が階段を駆け上がっていた。
夢と同じ、眼鏡してない…?
ユリがそう思っているとケンジが突然転んだ。そして電車が走り出す。ケンジは走り出した電車をうらめしそうに見ていた。
やっぱり夢ね。
ありえない。
ユリは窓から目を離すと電車に視線を向けた。
いつもの光景だ。
タカオは自分のデスクに座った、そしてパソコンの電源をつける。
変な夢をみた。
子供じゃあるまいし、魔法と精霊の冒険話……。
しかもナイナイを見た。
24年前に消えたナイナイ……
ずっと忘れていた。
そしてあの女……
誰だっけ?
僕はとても執着してたな。
この僕が誰かに執着することがあるわけないのに。
タカオは皮肉な笑みを浮かべるとメールを確認すべく、マウスをクリックしてパソコンの画面に目を向けた。