祖母との思い出
「ナイナイ?」
ふと声がした。見るとタカオが目を開けてシュエを見ていた。
「やっぱりナイナイなんだ。どうしてここにいるんだ?上杉は?山元くん達は?」
タカオは体を起こすとシェエに矢継ぎ早に質問をした。
「私は24年前に交通事故に遭い一度死んだ。マオによってこの世界に連れて来られて生き返ったのだ。そして今は天神の代わりに神の役目をしている。上杉カナエは亡者とともに消えた。ケンジ達なら別の部屋にいる」
シェエはタカオの問いに淡々とそう答えた。
「交通事故、マオ……」
タカオはそう呟いた後、シュエを見つめた。その表情は悲しみにあふれていた。
「ナイナイ、僕はナイナイが24年前に突然消えて、悲しかった。でもこんな形で再会したくなかった。上杉を、どうして上杉を見殺しにしたんだ。僕を助けたから上杉は死んでしまった。僕が死ねば亡者は上杉を解放したはずなんだ!」
タカオはシュエがこの世界で生きていたという事実に驚いた。しかしそれよりも自分を助け、カナエを見殺しにしたシュエに憤っていた。
「僕は生き残りたくなかった。上杉が死んで僕が生き残るなんて、おかしな話だ。ナイナイ、上杉がいない世界になんて生きてもしょうがない。お願いだ。僕を殺してくれ」
タカオはかすれた声でそう叫んだ。
「上杉か。そんなに母が恋しいか」
シェエはそう口にした。自分のことを聞かず、上杉というあの母親に似た女のことばかりを話すタカオに苛立った。
「ナイナイ、上杉は母の代わりではない。僕は上杉自身が好きなんだ」
タカオはシュエを射るように見るとそう答えた。
「ナイナイはやっぱり母を憎んでるんだね。そうだからあの時は母はおかしくなって出て行った。そして今度は母に似た上杉を見殺しにしたんだ!」
タカオは怒りに任せてそう叫んだ。母に好かれなかった自分、結果的に上杉を救えなかった自分が許せなかった。そしてその原因を作ったシュエに怒っていた。
「私を憎んでいたのか。本当は?」
シェエは悲しげに顔をゆがませた。
本当はナイナイの苦しみもわかっていた。
ナイナイは日本という国で孤独だった。僕だけが彼女の生きがいだった。
祖父は早くに亡くなってしまい、唯一の肉親の父は曽祖母の影響があり、ナイナイの文化を否定していた。
ナイナイにとって父は息子であるが理解者ではなかった。
そう、僕だけが彼女にとっての理解者だった。
ナイナイはあの世界でも僕のために生きていた。
この世界でも命の危険を冒して、僕を助けた。
ナイナイは僕を愛している
僕は知っている。
でもそれが母を傷つけ、上杉を見殺しにした。
「私はお前が生きがいだった。ヒトシが出て行き、お前だけが私の側にいてくれた。この世界に来た時も天神が作ってくれたお前の複製、シャオシェンが私を癒してくれた」
シェエはタカオから視線を逸らして辛そうにそう話した。
「お前の母親には悪いことをした。そのためにお前を母から引き離すことになった。お前が母親の愛を得るためにどれだけつらい思いしてきたのかわかっている」
シェエはタカオに背を向けると永遠に咲く薔薇の花の側に行き、真っ赤な薔薇を見つめた。
「ナイナイ……。僕はナイナイを憎んでなんかいない。ただ僕にとってナイナイ同様母も大事だったんだ。そして上杉は僕の大事な人だった。かけがえのない人だったんだ」
タカオはベッドから降りるとシェエを後ろから優しく抱きしめた。
24年前、悲しいことがあるとシェエの腕の中にいた。しかし、今はその体は小さくなり、タカオがシェエの体を包むことができた。
「ナイナイ、お願いだ。上杉を生き返らせて。それか僕を殺してくれ」