亡者
24年前、シュエはこの世界にきた。
マオ――銀の精霊に連れられてやってきた。
美しい世界だった。
この世界の創造主の天神はシュエに優しかった。
でもシュエは元の世界が忘れられなかった。
幼いシャオシェンが心配だった。
天神の力を借りてシャオシェンの様子を探った。しかしシャオシェンがシュエを探すことはなかった。
――あの子は私ではなく母を求めていた。私のことなどとっくに忘れ、母を慕っていた。
――私のシャオシェン……。かわいい私のシャオシェンはどこにもいなかった。
「シュエ、見なさい。シャオシェンだよ」
ある日、天神はシュエに幼い子供を与えた。
「ナイナイ!僕だよ。シャオシェンだよ」
その子はシャオシェンそっくりの笑顔をシュエに見せた。彼女は思わずその子を抱きしめていた。
「シャオシェン、ナイナイはもうどこにも行かないから。心配するな」
シュエはその子の頭を撫でながらそう言った。
心が満たされた。
胸にぽっかり空いた穴が埋められた気がした。
神――シュエは遠い昔のことを思い出していた。
真っ白な大理石の部屋の中でシュエはたった一人だった。いつもであればシャオシェンがにぎやかに部屋を走りまわっているはずだった。
――上杉カナエ……あの母親に似ている女……
――シャオシェンはやはりあちらにつくのか。私ではなくあの母親に……
――天神、お前は何を考えているのだ?
シュエは苦渋の表情を浮かべたまま、真っ白な椅子から立ち上がった。天神がシュエのために用意した部屋は真っ白な美しい部屋だった。部屋の中には永遠に枯れない真っ赤なバラの花束が花瓶の中で美しく咲いていた。
ケンジは目の前で繰り広げられる光景が信じられなかった。
カナエが嬉々とした表情でタカオに切りかかっていた。またべノイとルドゥルは子供が乗った白い竜と戦っているようだった。
「すまない!俺はマスターのところへ行く」
ナジブはそう言うとケンジの返事を待たず、ルドゥルのいる方向は走り出した。
「山元様、橘様」
その後にすぐに、なじみのある声がして銀の精霊の姿が現れた。
「銀!アナタまで。何が起きてるの?」
水の精霊アクアはケンジが口を開くより先にそう聞いた。
「上杉様は亡者に体を乗っ取られたようです。今の上杉様は亡者のなすがままに動いております」
銀の精霊はいつも通り感情のない声でそう答えた。
「亡者!?神はいったい何をしてるの」
アクアは声を荒げて聞いた。
亡者?
ケンジが聞きなれない言葉に首をかしげた。その隣の橘ユリが口を開く。
「亡者って何なの?」
「亡者というのは殺されたものがその恨みを忘れられず集まり実体化したもののことです。通常殺された者は神によって失ったものの泉に封印され、亡者になることはありません。恨みはそのうち魂ごと浄化されるのですが……」
ユリの問いに答えながら木の精霊レンも腑に落ちないという表情をしていた。
「上杉主任から亡者を引き離す方法はないの?」
ケンジはレンにそう聞いた。しかしレンは首を横に振る。
「銀、アナタならわかるんじゃないの?」
「残念ですが私にもわかりかねます。こんなこと前例もありませんので」
銀の精霊は戦いが繰り広げられてる場所に視線を向けてそう答えた。
「それじゃ、武田さんは上杉さんに殺されてしまうわ!心を取り戻した武田さんは上杉さんを攻撃できないはずよ」
ユリの言葉にケンジは険しい顔をした。
上杉主任を傷つけるわけにもいかないし、どうすればいいんだ?