異世界のバイト
「お前達、いつまで寝てるんだい。起きるよ!」
マーラが鍋の蓋を叩きながら部屋に入ってきた。
ケンジとカナエは耳押えながらベッドから起き上がる。
「ほらほら、若いものが遅くまで寝てないよ。時間がもったいないだろう」
マーラは鍋の蓋を叩くのを止めてそう言った。
「い、今何時ですか?」
ケンジがぼんやりとマーラに聞く。
「何時?それはなんだい?日はとっくに昇ってるよ。ご飯の支度をしなきゃなんないだろう?早く着替えて調理場にいくんだよ!」
「は、はいっ」
マーラの剣幕にケンジはびっくりして慌てて服を着替え始める。服は昨日マーラからもらったものだった。
部屋は一つしか空いてないということで、ユリはマーラと同じ部屋に、ケンジとカナエが空いている部屋に入ることに寝ることになった。
ユリは最後まで不満そうだったが、肉体上男であるカナエはマーラからすればケンジと同室にするのは当然だった。
ま、僕は全然構わなかったんだけど。
上杉主任寝てない感じだったなあ。
「ほら、ぼさっとしないで、さっさと下に降りるよ。あ、カナエさんはゆっくりしておいで。なんてったてうちの用心棒様だから」
マーラはカナエに愛想笑いをしてそう言う。
ちぇ。
どの世界でも、いい男っていうのは得だよな。
しかも強いし。
本当このまま上杉主任が男のままだったら橘さんは……
「ほら、ケンジ。行くよ」
僕は呼び捨てかよ。
差別だ……
マーラはふてくされたケンジの首根っこを掴み、勢いよく階段を下りて行く。
カナエはぼーとした頭でそんな二人の様子を見ていた。
「遅いわよ」
調理場では角が生えてるような形相をしたユリがいた。
「何時まで寝てるのよ。私なんてあのおばさんにたたき起こされて、結構前から働かされてるよ!」
ユリはケンジを睨みながらそう言う。
「はい、これ」
そして、ケンジに食器洗い用のたわしを渡した。
「これ以上水触ったら手が荒れちゃうわ。お願いね」
「……わかったよ」
ケンジはユリからたわしを受け取るとシンクでたまった食器を洗い始める。
「ユリ、暇だったら、こっち手伝いな」
「え~?!」
食器洗いから解放されてのんびりしようとしていたユリに、マーラがそう声をかけた。
「ほら、あっちのお客さんに、持って行って」
マーラは強引にユリに野菜とハムが入った皿を渡すとその背中を軽く押す。
ユリは口をとがらせながらもしょうがなく、皿を持つとテーブルに向かって歩いていった。
こっちの世界の服に着替えたカナエはぼんやりと窓から外をみていた。
空気がひんやりしてる。
時間ですると午前7時くらいだろうか……
「武田……」
そう呟いてカナエは自分を抱きしめるように、ぎゅっとその腕を掴んだ。