花の精霊
「花~。本当にやるの?」
けだるそうに霧の精霊が聞いてきた。
「Aクラスの精霊がいっぱいいるのよ。気が進まないわ」
「そこをなんとか頼むよ。オレはぜったいにユリちゃんを手に入れたいんだ」
花の精霊は両手を合わせて霧の精霊に頼みこんだ。
「いいわ。やるだけはやってみる。でも力の差が大きすぎるから一瞬しか足止めできないわよ。」
「OK。それで十分だ」
花の精霊がそう答えると、霧の精霊はため息をつき、その場から消えた。
ふいに白い霧が現れた。周りのすべてが真っ白な霧で覆われる。
近くにいたはずのユリの姿が見えなくなり、ケンジはユリの名前を呼んだ。
「ケンジ!」
真っ白な霧に囲まれユリはケンジの名前を呼ぶ。
「ユリ、こっちだよ」
すこし大人びた様子のケンジがユリの手を掴んだ。
「あっちへ行こう」
ケンジはユリの手を引くと歩き出した。
「ケンジ?白い道はそっちなの?」
霧の中で前方が全く見えない。しかし迷いなく進むケンジをユリは訝しがった。
「大丈夫。僕についてきて」
ケンジはユリの手を掴んだまま、しっかりした口調でそう答える。
「ケンジ?」
ユリは疑問に思いながらも手を引かれるままケンジの後を歩いた。
「フォン!」
タカオは風の精霊を呼んだ。フォンが風を作り、霧を巻きあげる。晴れた森の中に1人の少女の姿が現れる。
「霧!」
火の精霊カーナと水の精霊アクアがその場に現れた少女、霧の精霊を睨みつけた。
「何の真似かしら?」
「Bクラスのアンタがこのアタシと戦うつもりなの?」
カーナとアクアの鋭い視線に霧の精霊は縮みあがる。
「ちょ、ちょっとした冗談よ。戦うなんてとんでもないわ。火様、水様!」
そして慌ててそう言うと、霧の精霊は光の玉となりその場から逃げ出した。
「ふん」
カーナは鼻を鳴らし、精霊の消えた方向を眺める。
「なんだったのかしら?」
アクアはその隣で首をかしげた。
「ベノイ!ユリを見なかった?」
緊迫した声でケンジはベノイにそう尋ねた。
「ユリ?お前の側にいたんじゃないのか?」
ベノイはケンジに逆にそう聞き返す。
「武田係長、ユリを見ませんでしたか?」
「見てないけど。いないのかい?」
タカオはケンジにそう答えると視線を森の中に向けた。
「霧が出る前は橘さんは君に側にいたんだろう?」
ケンジはタカオの問いにうなずいた。
タカオは霧の精霊が単なるいたずらで霧を発生させたとは思っていなかった。
意図的にタカオ達の視界を惑わし、ユリをさらうことが目的だったのではないかと予想する。
「山元くん、これは僕の勘だけど……」
タカオがそう口を開くと、ベノイも同じ可能性に行きついたらしく、タカオが話し始めるよりも先にケンジに言葉をかけた。
「ケンジ、ユリはさらわれたかもしれないぜ。あの花野郎に……」
「ケンジ、どこ行くの?ケンジ?」
霧が消えても、森の中を歩く足を止めようともしないケンジに腹が立ち、ユリは歩くのをやめた。
「ユリ?行くよ」
「どこにいくの?私達は白い道を歩いていたはずよ。なんで森の中に入るの?」
ユリの問いにケンジは笑う。
「ケンジ?」
その笑顔がいつもと違ってユリは緊張するのがわかった。その笑みは何度もみたことがある笑みだった。
「ユリは本当、かわいいよね」
ケンジはその目を細くしてそう言った。そしてユリの頬をそっとなでる。ユリは無意識に後ろへ退いた。
「僕は、オレはキミが欲しい」
ユリはその言葉を聞くと走り出した。
ケンジじゃないわ。
ケンジならそんなこと言わない。
走り出したユリの背中をみて、ケンジは舌打ちをした。
「ケンジくんの姿より、オレの姿のほうがいいか」
そう呟くとその姿は光を放ち、元の花の精霊の姿に戻った。そしてユリを追いかける。
「!」
目の前にふいに立ちふさがった人物をみてユリは言葉を失った。
「オレだよ。ユリちゃん。オレはキミが欲しいんだ」
「あんたなんか大嫌いよ」
ユリは背中から火の矢を取り出す。それを見て花の精霊は面白そうに笑っ た。
「射れば?効かないけど」
ユリは至近距離から矢を放った。しかし花の精霊はそれを手の平で防いだ。手の平に矢が刺さっているのが見える。
「結構痛いな」
花の精霊はそう言いながら矢を抜いた。
「痛かったからお仕置きするね」
甘ったるい香りがユリを襲った。気分が悪くなりその場に座り込む。
「オレがかわいがってあげるよ。キミはオレのものだ」
ユリは遠くなる意識の中でその言葉を聞いた。