カナエの目覚め
「起きて、起きてよ!」
かわいらしい子供の声がしてお腹を押さえつけられた。
目を開けると男の子の顔が見えた。
「起きた~やっと起きた!」
男の子は嬉しそうにそう言うとカナエの寝ているベッドから降り、奥へ走って行く。
「銀~。人間起きたよ!」
カナエはぼんやりとしていた。最後の記憶は火に囲まれて倒れたものだった。周りを見渡すと神殿のようなところで寝かされているのがわかった。
「上杉様、お目覚めのようですね」
男の子に連れられてやってきたのは銀の精霊だった。カナエの表情が強張る。
「お前が私を助けたのか?」
「ええ、正確に言うと神なのですが」
銀の精霊はいつものように感情を表さない瞳をカナエに向けてそう答えた。
「銀~。この人間と遊んでもいい?」
男の子は銀の精霊の服をひっぱってそう聞いた。耳が銀の精霊同様とがっているので人間ではないようだった。
「シャオシェン。この人は上杉カナエという名前を持つのですよ。上杉様、シャオシェンと遊んでいただけますか?傷は完治してるはずです」
ふいに銀の精霊にそう言われ、カナエは戸惑った。そしてシャオシェンと呼ばれた子供の精霊を見る。その顔は誰かに似ていた。
そうあの愛しい彼の顔に似ていた。
「銀の精霊。遊ぶのは構わないがその前に神に会いたい」
カナエがそう答えると銀の精霊は口元に笑みを浮かべた。
「そうおっしゃると思っておりました。神もそのつもりで上杉様をお待ちしております」
「銀~。ナイナイに会わせるの?その前にボク、この人間と遊んでもいい?」
シャオシェンは退屈しているのか、そう言って銀の精霊にその可愛らしい顔を向けた。
「だめですよ。神との謁見が先です。シャオシェンは泉の竜と遊んでいなさい」
「ちぇ、つまんないの」
シャオシェンは口元を尖らせた。
「じゃあ、人間、後で遊んでよね。絶対だよ」
まだベッドの上に座ってるカナエにシャオシェンは笑顔を向けると建物の外へ走って行った。
部屋ではなく、ギリシャ神殿のような建物の中に無造作に置かれたベッド。壁がないので外の明るい様子が見て取れた。豊かな森や美しい泉の姿が広がっている。
「あれは?」
「あれが失ったものの泉です。皆さん、こちらに向かっていますよ。さあ、上杉様、神のところへ行きましょう」
銀の精霊はそう言うとカナエに美しい絹のローブを渡した。ベッドから降りるとカナエは違和感を覚えた。長い黒髪が見えた。体の骨格が柔らかな曲線を描いている。
カナエの驚いた顔をみて銀の精霊は微笑んだ。
「女性体に戻っておりますよ。そうそう、武田様も心を取り戻しています」
武田が?心を?
美しいローブを羽織りながらカナエはタカオのことを考えていた。
あれだけの人を殺した。
心を取り戻して正気でいられるのか?
「さ、こちらへ」
考え事をしているカナエに向かって銀の精霊は呼び掛ける。カナエは顔を上げると銀の精霊の後に続いた。
武田……
大理石で作られた建物の中を銀の精霊の後について歩きながら、カナエはタカオのことを考えずにはいられなかった。
ふいにカナエに呼ばれたような気がした。
タカオは顔を上げた。
美しい森から鳥のさえずりだけが聞こえてくる。
気のせいか?
タカオは目を細めて前を見た。前方に白い道を歩くケンジ達の姿が見えた。
上杉……
脳裏に浮かぶ地獄のような映像に頭痛を覚えながら、タカオは足を進めた。
君に会いたい。
会って抱きしめたい。
それだけで僕は十分だ。