神と精霊の世界
タカオは木に寄りかかり空を見上げていた。
夢のような美しい世界……
常に思い起こされる断末魔の叫びを上げて死んでいく人々の姿とは正反対なものだった。
意識をしっかりしてないとその感情に飲まれそうだった。
上杉に会うまでは……
タカオは息を吐くと空を再び見上げた。
「火、どうしたの?」
水の精霊アクアは珍しくぼんやりしている火の精霊カーナに話しかけた。アクアは久々に神と精霊の世界に戻ってきて気分が高揚していた。石に縛られるため自由にはなれないがケンジ達の側で楽しそうに動き回っていた。しかしカーナはただじっとタカオを見つめていた。
「アナタにしてはめずらしいわよね」
アクアはそう言うと空へ飛び上がった。
「木、いい加減、機嫌なおしてくれ」
少女の姿の木の精霊レンはちょこんと木の枝の上に座り空をみていた。
「だってアナタはあのタケダの味方をして、ケンジを殺そうとしたわ。ワタシはそういうアナタのことを許せないの」
「悪かった。でも仕方がなかったんだ」
風の精霊フォンはそう言ってレンにキスをしようと近づいた。レンはふいと顔をそらす木の枝から飛び降りた。
関係修復にはもう少し時間がかかりそうだった。
「神と精霊の世界か……」
魔族のルドゥルは美しい森の中を見渡しながらそう呟いた。その近くには座禅を組んで座る土の精霊ルガーの姿が見える。人狐のナジブは森の中に咲く美しい花々を眺めていた。
「マスター。この花は人間の世界に持って帰れるのでしょうか?」
ナジブは以前よりも態度を軟化させてそう尋ねた。
「さあな。わしもこの世界に来たのは始めてなのだ。あの娘に持って帰りたいのか?」
「はい」
ナジブはルドゥルの問いにうなずいた。
「よかろう。わしが力を貸してやろう」
ルドゥルは木の杖を美しい花々に向けた。
「リーム」
そう唱えると花々が球体に包まれ、小さくなる。それはまるでガラスドームに入れられた小さな花畑のようだった。ナジブはそれを嬉しそうに掴むと腰のベルトにかかっている皮袋の中に入れた。
「カリン、銀の精霊の気配を感じられるか?」
ベノイはカリンにそう尋ねた。この世界に来てから何度も繰り返してきた問いかけただった。
「申し訳ありません。神殿にいるらしく、まったく気配が読めませんわ」
金の精霊カリンは首を横にふって答えた。
ベノイはふとタカオを見つめた。タカオは眉をひそめて空を見ていた。数日前までは敵だった。しかし今は一緒に旅をしている。ベノイはタカオが何度も辛そうにしている姿を見た。心が戻ったタカオは以前のようにこちらを逆なでするような態度は見せなかった。何も話さずただ黙々と前に向かって歩いていた。
「カリン……。みんな十分に休んだはずだ。先を急ごう」
ベノイはそう言うと腰を上げた。そしてケンジのところへ歩き出した。