不良神父と黒い部屋(2)
物の例えが悪いところではない。
下手すると名誉毀損で訴えられる可能性がある言葉である。
「いいえ、いいのです。確かに、主人はかなりの変わり者でしたから」
水明の発言に対しキューベルト夫人は、怒るところか頷いて許す。
「考古学が趣味で様々な場所へ赴き、様々な文化に精通したあげく神智学に手を出す始末です。世間一般から言うと変人と罵られてしまいますわね」
キューベルト夫人の顔色は少々疲れた色が浮んでいた。
変った趣味がある夫を持つことに、少々疲れ果ててしまった心情が伺える。
「訂正いたします。良くて、好奇心旺盛な方だと」
「もう、お前さんは人の事を細かく言うな。この仕掛けの事だけ言えよ」
コーディアスは話の先を促す。
水明は肩を竦めて苦笑した。
「わかりましたよ。では、この仕掛けの事だけ言いましょう。先ほど、コーディアス神父が叩かれた壁の音、壁の向こう側に空間があるような音でした。この部屋に来る前に、家の間取りを頭に描きながら来ましたが、この部屋の隣には部屋がなかったはずです。そうですよね? キューベルト夫人」
「そうです。この壁の向こうには部屋はありません」
「なのに、壁の向こう側に空間があるような音。私が視たビジョンがどうやら本当らしい。ということで、視たことを思い出して机の下を探ったら壁を開くスイッチが現実にありました。押したら、この仕掛けが作動したものですから、私が視たことは事実であると確信しただけですよ」
コーディアスは、壁が移動して現れた部屋を覗き込んだ。
何が出るかわからないため、恐る恐る部屋の中をそっと見るだけだ。だが、部屋は窓もないためか真っ暗で何も見えない。
「この部屋の中は、何の部屋になっていますの?」
テューダー教授が訊ねる。
「私が視た限りでは、様々な文化地域から集めてきたと思われる珍品な置物達でしたよ」
水明の返答を聞き、コーディアスは何か引っかる感じがした。
コーディアスは、肌身離さず持っている大きな旅行鞄の中から小型ランプを取り出す。次に、ポケットからマッチを取り出して火をつけランプに明かりを燈す。
小型ランプを明かりにし隠し部屋をそっと照らして、中の様子を伺った。
「最悪なコレクターだな」
コーディアスは、隠し部屋中に収集されている物を眉を顰めて見渡した。
そこは、悪の根源の塊であった。
様々な文化の宗教的儀式用具が飾られている。コーディアスは悪魔祓い師という職業柄と個人的事情もあり、様々な宗教と文化に精通している。
精通していてどんな思想の持ち主でも寛容であるにも関わらず、この収集物と収集した人の趣味具合に嫌悪の念が抱く。
何故ならば、どの収集物を見ても気味悪い物ばかりだからである。
右をふっと振り向けば、天井から吊るされてあるミイラの眼窩と目が合う。中が真っ暗な眼窩は、まるで何処までも落ちる奈落の底のように感じた。
コーディアスは、背筋をブルッと振るわせた。
「凄い品物達だわ」
感嘆な響きを含めた声を上げたのは、テューダー教授だ。
気付けば、他の者達がコーディアスの後から入ってきていた。
「こっちまでおかしくなりそうだ」
コーディアスは大きな溜息をつきながら、今回の依頼は大したことが無さそうだと推測した。
今回の依頼。大層変わった物を収集し興味を持つ趣味の持ち主が、悪魔に取り憑いて精神異常をきたしたので解決してほしいということだった。
だが、最初に参考になるかと見せられた悪魔に憑いた人の部屋の現状を見せられたとき、精神異常の原因は悪魔に取り憑いたのではなく環境からきたものではないのか? と考えた。
昔々、まだ科学が発達してなかった時代。精神異常者は解決方法も不明、原因も不明、そして行動が奇妙だというだけで悪魔が憑いたというレッテルを貼り付けられたのである。だが、今は科学が進み精神異常者の仕組みも明らかになりつつある時代に、精神異常の原因が悪魔憑きが原因だとは簡単には言わない。
世の中には信仰心が熱い人々がまだまだ多くいるとはいえ、精神異常者は依頼者の夫である。
夫が気が触れたからといって、悪魔憑きが原因ではないのだろうか? と考えてしまうのは、自ら世間体を悪くしてしまうことに繋がりかねない。
確かに、神智学に精通して様々な文化に興味があったから、という理由で懸念が湧き起こったのかもしれない。だからといって、直接的に結びつけることは弱いだろう。
色々と推測したものの、本当に悪魔に憑いている可能性もある。
それは、実際に本人を見てからではなければわからないが――。
「いつ、主人はこのような物を収集していたのか……」
キューベルト夫人は、隠し部屋の中にあったものを見ながら腰を抜かしそうになっていた。
「ご存知ないと?」
「えぇ、存知ません。大きな荷物を運び入れることもありましたが、てっきり仕事関係の物だと思いましたわ。それに、こんなに沢山!」
「貴方は信仰心が深い方でしたね?」
「はい。それが何か?」
「だからですよ。神智学に興味があることを受け入れてた貴方でも、このような品物を集めることが趣味であるとはさすがに許容しないことは承知だったからでは?」
「そ、それは」
指摘され、キューベルト夫人は言葉に詰まらせた。
「無理しなくてもよいのですよ。これはもう、夫を全て理解しようとする良き妻の許容範囲を超えてます。寛容だと言った俺自信さえ、これは胸糞悪い光景です」
神父らしくない単語をあえて出し、心の心境を語った。
「しかし、ご主人はどこでこのような品物を手に入れたのでしょうね? 様々な国々の術的な品物がありますね」
水明は関心しながら、一つ一つ美術品を鑑賞するかのように眺めている。
「主人は貿易商の会社を営んでます。ですので、仕事柄手に入りやすいかと」
「なるほど。ご主人は夫人よりは信仰深い。仕事柄様々な文化と接しているうち、神智学に興味を持ってしまったというパターンですか」
ガタンッ
音を立てて誰かが倒れる音がした。
「フィッツウイリアム! どうしたのです? フィッツウイリアム!」
テューダー教授が悲鳴に近い声を上げている。
「どうした?」
「助手のフィッツウイリアムが急に倒れましたの」
コーディアスはランタンを掲げてフィッツウイリアムの様子を見た。
顔が真っ青になり呼吸が乱れている。そして、唇が紫だ。
「激しく揺らさないで。誰かランタンを持ってくれ」
「私が」
水明が役目を申し出た。
ランタンを水明に押し付けた後、コーディアスはフィッツウイリアムの脈を計り呼吸音を聞く。
「熱はないな。彼は何か持病を持っているのか?」
「いいえ。彼は至って元気な青年ですよ。身体の頑丈さが取り柄だと何時も言ってます」
「酸欠か?」
無理も無い。ここは狭くて通気が悪い場所である。
「一旦彼をこの場から出しましょう」
「私、重いものを持つのはどうも」
水明は困ったような表情で弱弱しく文句を言ったものだから、コーディアスはカチンっときて水明に喝を入れる。
「女にやらせるのかっ! 男は俺とお前しかいねーんだよ。くだくだ言ってないで早く手伝ってくれ」
水明は深い溜息を吐く。
「しょうがないですねぇ~。わかりましたよ」
「俺は頭を持つから、お前は足を持ってくれ。水平にするように持つんだぞ」
指示を出してフィッツウイリアムを何とかこの場から出そうとした時だった。フィッツウイリアムは呻きながら、薄っすらと目を明けたのは。
「おい、大丈夫か?」
「悪の……力を感じます」
フィッツウイリアムは、ガタガタ震えながら、ままならぬ身体を駆使して苦労して起き上がりある方向を指指す。
コーディアスは怪訝に思いながらも指差した方向を見た。その時、コーディアスの身体に電撃が走った。
「なっ……」
ふっと耳に奴の予言が響く。
――何かありますね
不確かな発言だったが、この何かがコーディアスの前に現れている。
「黒い十字架――」
様々な奇怪な物々の中に埋もれるようにある十字架、コーディアスはこの十字架に釘付けになって動けなかった。
いや、衝撃すぎて動けなかった。