はじめに(筆者の読書遍歴など)
中学の頃に始めた読書習慣も、気づけばもう十年近くになる。もっとも「習慣」という言葉には語弊がある。私は「毎月○冊読む」とか「これだけは読まねばならない」などと、義務感で行ってきたわけではない。むしろ、読書はずいぶん断続的だった。半年以上まったく本を開かなかった時期もあるし、実際にはゲームやネットサーフィンに費やした時間のほうがずっと長い。
「読書習慣」以外に適切な語を知らないため、こう述べることで妥協している。より正確に言うならば、「読書を選択肢の一つとして、生活の中に置いている」のだ。通学の時間、私は無意識的にスマホを開いていた。さて何をしよう。Twitterか、ソシャゲか、もしくは読書か? この三択目を失わないこと、それを長らく続けてきたのである。
こう偉そうに語ってはいるが、読書経験はおそらく一般の平均より乏しいだろう。実際に三択目を選んだ機会はそれほどなく、印象に残っている本も、思い返せば両の手で足りる。それも、初読者が好むと言われる(決して当該作者を揶揄するわけではない。むしろ、間口が広いのは作品の美点である)伊坂幸太郎、西尾維新、カフカなどの作品が多い。
そんな牛歩ではあるが、積み上げてきた本の小山には感慨も湧くものだ。ここらで一度、自身の読書経験・それに伴う成長を振り返って、次の目的地を示しておきたいと思った。
私が読書を始めた時期というのは──皆さんもそうだろうが、明確には分からない。少なくとも小学生の頃は、あまりお熱ではなかったのだろう。図書館には通っていたが、「デルトラクエスト」や「ハリーポッター」には目もくれなかった。お目当てはマンガ「サバイバルシリーズ」であった。最近になって読み返す機会があったのだが、軽快なキャラクターのやり取りの中で学術的知識を学べる、全年代に通じる名作であることを実感したものだ。確かあの頃も、貸し借りを巡って争奪戦が起きていた。
そうして小説と縁のないまま、中学に上がる。ここで私の読書体験に大革命が起こった。そう、「ライトノベル」である。もっと具体的に言えば、「涼宮ハルヒの憂鬱」だ。
同級生から紹介されたその一冊は、文字通り私の人生を狂わせるに至った。「オタク」になってしまったのだ。容姿と性格を鑑みるに遅かれ早かれ…………それはさておき、読書を重苦しいものだと考えていた私にとって、その「ライト」さは価値観をひっくり返した。語り手のキョンによる流れるようなモノローグ、破天荒な涼宮ハルヒの言動、愉快かつ小洒落ているSOS団の個性。まるでマンガじゃないか。その中で一番効いたのは、合間合間に挟まるイラストであった。マンガから小説への移行にあたって、「絵」の存在こそが緩衝材となったのである。
その一冊をきっかけに、ライトノベル中心に本を買い始める。涼宮ハルヒシリーズを始め、ゼロの使い魔、ソードアートオンラインなど、アニメシリーズを展開しているものが好みであった。当時はまだ、配信サービス等で視聴する機会はなかったが、動画サイトで主題歌や一部映像に触れ、自分の中の世界観と合致させる作業が好きだったのだ。特にソードアートオンラインはお気に入りで、劇場版は三回も見に行った。学生のお小遣いから三千円も捻出したのだ、かなりの愛があったのだろう。
しかし、数々のラノベの中で、「読まなければよかった」と後悔しているものもある。あの出来事を振り返ることで、読書体験がいかに人を変えるかということを実感できるのだ。それも、良くない方向に。
「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」
……間違ってしまったのは、私の青春である。当時の私はなんと、あまりに最悪なことに、主人公「比企谷八幡」への憧れを抱いてしまった。共感性羞恥を呼ばないため、私のためにも、皆さんのためにも、詳細は伏せておこう。ただ、作品の出来は最高だったと明記しなければならない。多感な時期だったからこそ、名文たちが放つ魔力に吸い寄せられてしまったのだ。
一方で、私はライトノベル以外の分野にも手を出し始めていた。いわゆる大衆小説である。その始めの一冊として手に取ったのが、伊坂幸太郎の代表作、「ゴールデンスランバー」だ。なぜそれを選んだのか、親が買ってきたのか、あるいは図書館で見たか、経緯は記憶にない。ただ、ページを開いた動機は、多分「ビートルズ」だった。私の部屋には、親から貰ったビートルズのCDがあり、洋楽を聴いているという優越感目的で好んでいた。「ゴールデンスランバー」がビートルズ由来だと知った私に、読まない理由はなかったのだろう。
その一冊が気に入った私は、同作者の作品を次々と読み始める。高校受験の時期まで、おおむね追ってきていたと思う。彼の作品はセリフの掛け合いが軽妙で、なおかつ構造的なトリックが癖になるのだ。一番名作だと感じたのは「魔王」であるが、一番印象に残っているのは「残り全部バケーション」のラストシーンである。あのとき、私の頭に響いた携帯の音は、今でもはっきりと思い出せるのだ。
さりとて、伊坂作品にも限りはある。そこで私は、次のフロンティアを目指した。その作品こそが、米澤穂信作の「氷菓」であった。きっかけは察せる人もいるだろう。そう、アニメ版「氷菓」である。当時お気に入りだった作品「涼宮ハルヒ」や「らきすた」は、京都アニメーション製だった。「氷菓」も同スタジオが制作していると知り、ニコニコ動画か何かの一気見で見たのだった。それからはもう、説明不要だろう。「氷菓」含む「古典部シリーズ」は、私の本棚へ並ぶこととなった。
米澤穂信作品も、一応、断続的にではあるが追っている。最近話題なのは、アニメ化された「小市民シリーズ」だろうか。中高時代の私は、「永遠に冬期が来ないなあ」と思いながら、「ボトルネック」や「王とサーカス」へと目を通していた。
特におすすめなのが短編集「満願」である。どうおすすめなのか……正直、内容はあまり覚えていない。しかし、当時の読書体験で得たインパクトの強さは、確かに記憶の中にある。大きな足跡を見て、巨人を想像するような過程だが。
それから触れたのが、西尾維新作品であろう。とは言っても、有名な「物語シリーズ」や「戯言シリーズ」ではない。
その一冊こそ「悲鳴伝」である。西尾維新の存在は以前から知っていたが、「化物語の作者」という認識がせいぜいであった。しかし、図書室に追加されていたのは「悲鳴伝」を始めとするシリーズだけだったのだ。その分厚さにおののきつつ、西尾維新への興味が勝った結果、私は初めて「箱型」の本を手に取った。
結果として、私の作風は強く影響を受けることとなった。当時の書きかけの原稿を見ても、いきなり世界中の人々が死に至るとか、超能力者がポンポン現れては死んでいくとか、西尾もどきの内容が見て取れる。それほど当時の私にとって、彼による「登場人物の扱い方」は衝撃的だったのである。彼らは作品の駒でありながら、あまりに魅力的な駒であった。
とまあ、主な作者はこれくらいであろう。
高校時代の話に移ろうじゃないか。ここに来て、私はあるジャンルへと手を出した。いわゆる「純文学」である。
きっかけは単なる対抗心だった。中学三年生の終わり頃、友人が村上春樹の「海辺のカフカ」を読んでいると知り、そのセンスに張り合うように「ねじまき鳥クロニクル」の第一部を読み始めた。結局、第三部まで読み切ったんだっけか? 何はともあれ、今までの読書体験にはない読後感であった。別に、大胆なカタルシスや、癖になるキャラクター性がなくとも、面白い小説は面白いのだ。不思議とそんな実感を覚えていた。
その後の三年間で、三島由紀夫の「金閣寺」やら梶井基次郎の短編集やらに触れて、文章表現の美しさというものは、それだけで読む理由になり得るのだということを知った。まあ、村上龍だけは、残念ながら読む手を止めてしまった。彼の表現は「R-17.999…」くらいの性的な際どさがあり、教室の真っ只中で読むのが気恥ずかしかったのだ。中学時代、読んでいた「このすば」をクラスメイトに揶揄われたことがあったが、「限りなく透明に近いブルー」は素直にドン引きされそうな予感がしていた。
また、海外文学にも興味を持ち出していた。というのも図書室では、米澤穂信作品が置いてある棚の隣に、海外文学作品コーナーがあったのである。彼の苗字が「よ」から始まってくれたことに、今では感謝している。そのおかげで別ジャンルへの接触に成功したのだ。
そうして、始めに興味を持ったのがフランツ・カフカであった。確か、高校一年生だかの読書感想文で、「変身」を題材にしたのだった。私のような凡人には、「ある朝起きたら虫になっていた」なんて想像はできない。彼の頭の中を覗き込むように、私は「城」を手に取った。
初見の感想は「つらいなあ」であった。それはストーリーに対する感想ではなく、明瞭でない主人公の境遇、常識では扱いきれない世界の論理が、どれほど読者の思考を摩耗させるかという実感だった。結局、その本は序盤で閉じてしまい、本棚のどこかで行方不明となっている。
同時に、星新一や筒井康隆などのSF小説へも目を向けた。特に衝撃を受けたのが、ジェイムズ・P・ホーガンの「星を継ぐもの」だ。その作品は、月面でなぜか、宇宙服を着た死体が見つかるところから始まる。謎が謎を呼ぶ展開だが、最後にはその苦労が報われるような種明かしがある。手放しでおすすめできる作品の一つである。
高校時代はその程度だ。後半は受験やら、ソーシャルゲームへの傾倒やらで、まとまった読書の時間はとれなかった。そうして、成人へと至るわけである。
モラトリアムを得て、読書の価値は一段と増したように思われた。しかし、同時にその他の娯楽の価値も上昇し、その上がり分の方が大きかったのである。かろうじて読む本も、新書や参考書が大半となっていき、小説への興味は薄れていくように思えた。そんな中で、私を小説に引き戻してくれた一冊がある。
カズオ・イシグロの「日の名残り」だ。正直なところ、作者に対する評価はあまり高くなかった。高校時代に読んだ「わたしを離さないで」が、あまり刺さらなかったのだ。これは十中八九、事前に重大なネタバレをくらっていた影響である。そのせいで、彼の文体である静謐な語り口が、真相を知る前の冗長な過程だと思えてしまった。その前提は、当時の私にとっても明白であった。そこで、彼への評価を改めて行おうと、かの本を手に取ったのだ。
すると、「日の名残り」ではそれこそが最大の魅力と化した。主人公の語りは、派手な感情表現も、ページをめくるための強引な仕掛けも持たない。ただ静かで、過剰なまでに抑制されている。それなのに、一行一行がなぜか胸に残る。そして、ラストシーンに至り、その情緒たちがひとえに心へと沁みるのだ。何も崩壊しないし、誰も取り乱さない。それでも、静かに物語が折り畳まれていく瞬間が、読書の本懐のように感じられた。
その傑作をきっかけに、私はぽつぽつと読書を再開することとなった。始めに行ったのが、カフカへの再挑戦である。「城」の堅牢さは嫌というほど思い知ったため、手に取ったのは別作、「審判」である。
なぜだろうか、「審判」は「城」に比べ、比較的すらすらと読めてしまった。もちろん、あくまで「比較的」であって、読後に残る疲労は相当なものだった。けれど、その疲労の質が「城」のときとは少し違っていたのだ。あのときは、物語そのものに押し返されるような、読者である自分の存在を拒むような硬さがあった。一方で「審判」は、終始不条理でありながらも、どこか「読者に寄り添ってくれる不親切さ」があったように思う。主人公が何をされ、誰と話し、どこへ向かっているのか――それらが分からないことに対して、「分からないままでいい」と、物語が先回りして許してくれているような感覚があったのだ。
そうして、ようやくカフカはお気に入りの作家となった。彼の短編、特に「掟の門」からの影響はかなりのものだ。最近の私は、中学・高校・大学時代に執筆した小説を次々とアップしているが、カフカらしい理不尽さがあれば、それは大学時代のものである。
思うにカフカを読めるようになったのは、自身の変化も影響している気がする。理不尽なものを無理に噛み砕かず、そのまま受け入れられるようになったのは、ほんの最近のことだ。もっとも、私が「成熟」したなどと、そんな大げさな話をしたいわけではない。ただ、昔よりも少しだけ、自分という読者の器の形が分かってきたのだと思う。ある作品は拒んで当然だし、あるジャンルは疲れる時期に向かないし、ある作家の文体は十代では受け止められなかった。けれど今なら、その硬さや苦味も、作品本来の味として受容できる。読書とは結局のところ、自分の輪郭を知る行為なのかもしれない。
……そんな風に結論づけておいて、まだ「城」は読めないなんてオチはお笑いだろう。
そこで今回のエッセイを通じ、私は自分に対する「耐久テスト」を行うこととした。かねてから興味を持っていたが、自分には難易度が高そうな文学。それを無理矢理にでも読み、後味を分析することで、今の自分がどこまで作品の重さに耐えられるのか――ある種の体力測定をしてみようと思ったのである。
では、その「難易度が高そうな文学」とは何か。
……タイトルから察せるだろう、ロシア文学である。
名前を挙げるだけで、巨大な壁のようにそびえ立つ作家たち――ドストエフスキー、トルストイ、ツルゲーネフ、ゴーリキー。十代の頃、図書室の隅に並んでいた彼らの著作は、今思えば「立入禁止」の領域のように見えた。よく分からないあらすじ、難解そうなタイトル、そして長大な物語。あれらは完全に、自分には早すぎる文学だった。
しかし今は、以前ほどの威圧感はない。もちろん、読める自信が湧いたわけではないし、気軽にページをめくれるとは到底思っていない。それでも、「まったく読めないはずだ」という先入観は、昔よりずっと薄れている。
むしろ、ギリギリ越えられそうなハードルだからこそ、一度ぶつかってみたいのだ。そうすることで、私が読者として深化したのか、風車を前にしたドン・キホーテか、その答えが知れるだろう。
初回は、トルストイの「イワン・イリッチの死」です。




