その後の悲喜こもごも
アマリアは卒業と同時にトマス・キャンベルと結婚し、すぐに妊娠したので、翌年には待望の嫡男となる男児を産み、更にその次の年にもスペアとなる男児を産んだ。
確か、マクドネル家は9対1で女児が生まれる女腹の家系だったはずなのに、珍しいこともあるものだと、アマリアの両親も一族も驚嘆の声を上げつつも、縁あって嫁いだ先で跡継ぎを産み落としたことで、憂い無く過ごせるだろうと皆一様に喜んだ。
夫のトマスは、学生時代と変わらず、真面目で律儀、そしてアマリアを大切に愛しんでくれた。
キャンベル領地は、結婚当時は可もなく不可もなくという、いつもと同じ平和に運営されていたけれども、王立貴族学院へ入学した義妹のジェマイマが、勢いにのる商会運営を生業にしている男爵家のご令嬢と親しくなり、彼女の助けもあって、領地で細々と作られていた栗の蒸留酒を、キャンベル領の特産品とする為の蒸留所を新設し、その試飲と秋の栗拾いを絡めた観光ツアーを企画して、件の男爵家の全面バックアップもあり、すっかり人気の観光地となった。
蒸留所を造る費用はジェマイマが結婚を諦め、自分の婚姻費を当てて事業化したので、ジェマイマ個人の資産にすれば良いものを、そこは真面目で律儀なキャンベル家の令嬢、ほとんど全てを家の資産にしてしまった。
その為、暫くするとキャンベル伯爵領は王国内でも有数の豊かで活気のある領地と名をあげることになった。
ジェマイマのおかげ潤った領地を、トマスとアマリアが25になった時に両親から継いでキャンベル伯爵夫妻となったのである。
「アマリア、そろそろ休憩にしよう。子供たちも授業が終わる頃だよ。無理をしちゃダメだ、体を大切にして」
アマリアは、今日は領地の見回りに行っているトマスの代わりに執務をしていたのだが、予定より随分早く心配性な夫は戻ってきたようだ。
「まあトマス、もう今日の予定を終えたの?」
トマスは帰宅の挨拶も忘れたように、直ぐ様執務中のアマリアの元へとやって来て、手を取り立ち上がらせると、執務室から応接室へとゆっくりとしたエスコートを始めた。
「ああ、午前中の分は終えた。君を休ませて、子供たちをお目付け役に任命してから残りをやるから大丈夫だよ。執務なぞ、君はやらなくて良いんだ。帰ってきてから私がやるし、なんなら侍従に任せればいいんだから」
トマスはそう言って、アマリアの後ろから付いて来るトマスの腹心の侍従に目をやった。
「ええ、先ほど彼からもそう言われたのだけれどわたくしがやると言ったのよ。書類仕事くらい出来るわ。心配しすぎよ、もう3回目のお産だもの慣れたものよ」
アマリアがそう言って、膨らんだ腹をそっと撫でると、
応接室のソファにたくさんのクッションを置いてある席へとアマリアを座らせ、膝掛けをいそいそと掛けて横に座ったトマスが、
「慣れだなんて、5年ぶりの出産じゃないか。だいたい出産はいつも命がけ。君と赤子の体を何よりも大切にして欲しい。執務なぞに煩わされることなどないんだ、アマリア」
そう、強目の言葉で言いきって、大切そうにアマリアの手を持ち優しくその手を握りしめた。
「まあまあ、優しい旦那様だこと。ふふ、トマス、わかったわ。産まれるその日まで貴方の言うことを聞きますから、あまり心配しないで」
アマリアは、いつでも自分を守り包んでくれる、心配性の夫が大好きだと温かい気持ちた溢れ出てしまうのだった。
さて、王都の南辺境侯爵家では、ダウンシャー侯爵が息子の嫁のメアリーと執務室で向き合っていた。
「少々やっかいな状況のようだな、ずいぶん西の貴族の中に不満が広がっているとか」
ピスタチオの殻の破片がついた紙を見ながら、ため息混じりにそう溢すと、
「あら、先日その話はナナから聞いたのではなくって?もう、どうするかの判断をする時ですわ。働かない公爵家など必要無いでしょう、例え王太子妃の実家であっても」
貴族然とした顔の左眉だけ器用に持ち上げて、メアリーがはっきりと言いきった。
「学生時代に王太子殿下がかかったハニートラップ、隣国からの干渉だったのはハッキリしておりますわ。サザーランド公爵家の前公爵夫人は隣国の元王女ですものね。でもまあ、自分の娘が王太子妃になると決まっているのに、公妾を宛がい王家の信用を失墜させようなんて、どうして考えるものかしら?」
侯爵は、はあ~と深いため息を吐き出すとジトっとした目をメアリーに向け
「知っているのであろう?ハリエット王太子妃はサザーランド公爵の妾の子。婚姻前より囲っていた愛人に産ませて、公爵夫人の子として届け出た、言わば不義の子」
「ねえ、お義父様。悪いのは公爵夫人なのかしら?公爵なのかしら?それとも、我慢だけを女に押し付けているこの国なのかしら?」
「わかっている、西の辺境侯爵もボンソビー家が居なくなってから、自ら王都の警備を、嫡男を近衛騎士団の団長に据えて行うことで、膨大な警備費用を負担している。それなのに、あのハニートラップが王太子妃の生家のいざこざに端を発しているとなれば、立腹していること疑いようも無い。このまま放っていては、王家も王族派も彼の国のように革命が起こる可能性が高い。さて、ではどうする、お前ならどう対応する?」
「勿論、サザーランド公爵と夫人には退いて頂いて。近衛騎士団の費用も相応負担するのは、当然のこと。その後は、ウィリアム殿下の時代には、緩やかにその権利を縮小して行きましょう。選挙に寄って選ばれた者が国の政を行いましょう。そこに、男女の差を置くのは野暮と言うもの。わたくしがその先達となりましょう、さあ、お義父様そろそろその座を息子にお譲りになって。宰相の座は、義娘のわたくしが立派に務めましょう」
メアリーは王弟の父とダウンシャー侯爵令嬢の母から生まれた、つまり宰相の姪でもある。
従兄弟と早々に婚約を結んだ、その理由は、同世代に自分より責任を持って国を運営しようという気概のある者が居なかったから。
嫡男を産んで、侯爵家への義理は果たしたとばかりに、叔父であり義父であるダウンシャー侯爵からその座を奪い去り、王国初の女宰相に就任したのは、メアリーが25歳になった年であった。
序でに、同じ年には、ウィリアムとハリエットが国王と王妃として即位したのだが、いまいち新国王夫妻の人気は上がらなかった。
それより熱狂の中就任したメアリーは、バッサバッサと既得権に切り込み、時には裏の情報を操り、時には武力で脅して、王国は立憲君主制の国へと変貌を遂げたのである。
しかし、メアリーの歩んだ道の後ろには、多くの貴族の屍が積み上がり、『ブラッディーメアリー』と言うあだ名が後世に残ったのであった。
エマ改めナナは、夫となったミハエルと共に、王都の奥の流行らないバーを細々と続けていたが、25の年には待望の娘を授かり、それを機にマダムを引退して、元娼婦の母親に手伝って貰いながら子育てをしていた。
メアリー女宰相就任の報を聞いて、涙を流して喜んだとか。
その流行らないバーを、知らぬ間にダウンシャー前侯爵が贔屓にしていて、出産の祝いをメアリーから預かって来てミハエルにこっそりと渡したとか。
それは栗の木で作られた赤子のゆりかごだったそうだ。
いつからか、王国で栗と言ったらキャンベル領の特産品と認識されるようになった。
栗に纏わる多くの商品が、キャンベル領で作られた。
赤子のゆりかごは、そこの伯爵夫人が手掛けた商品だとか。
真面目で律儀、極めて普通、それでいて繁栄の道を堅実に進む、キャンベル家は王国の指針となったのである。
【完】




