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連載版  疑い深い伯爵令嬢  作者: 有栖 多于佳
アマリア編

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23/24

しがない男の純情

ナナは、しがないバーの雇われマダム。

店の従業員は、年老いた老婆だけ。

平民街の奥、治安の良くない場所に、一枚の表札が掛かっているだけの見過ごしてしまいそうな店。


そこには滅多に客は来ない。

たまに来る客も長居をすること無い。

ただ1杯の酒を煽るだけ。


古くからのパトロンがいるらしいが、その姿を見た者は誰も居ない。


ナナはよくいる茶色の髪に茶色の目であるが、小さな顔に大きな目とちょっとだけ上を向い小さな鼻にポニョっとした肉感的な唇が魅惑的で、華奢で小柄な可愛らしい姿に、本人曰く、若い頃はそれはそれはモテたとか。


そう言って見れば、たまにしか姿を見せない奥で手伝う従業員の老婆も、老婆と言うには些か、見目が整っている。その後ろ姿はナナによく似ていて、もしかしたらナナの母親なのかもしれない。


いつもカウンターの奥でチビチビ酒を舐めている男、家名はとっくに失った。

つまり、元貴族だった現平民のその男は、いつも身を縮めて目立たないようにしている。


目立たないようにしているが、まあ、大きさが尋常じゃない位大きいので一度見たら忘れられることはない。

この男、名をミハエルと言う。

嘗てはミハエル・マッシーと呼ばれ、マッシー男爵家の次男であった。


長男が家を継ぐことは決まっていたから、自分は騎士になろうと幼い時から決めていて王宮の近衛騎士団の少年団へと入団し、鍛練を重ねていた。


順調に剣の腕を上げ、貴族学院を卒業したら正式に近衛騎士団へと入団することも内々で決まっていた。

ミハエルには婚約者は決まって居なくて、どうせ騎士になるのだし、長男が丁度良い感じの婚約者がいて結婚間近だったので、学院で好きな人でも出来たら恋愛結婚でもすればいいし、居なければ居ないで良いだろうと両親も本人もそう考えていた。


そうしたら、入学した貴族学院で、入学したその日に、ミハエル曰く、『運命の出会い』をしてしまった。

ミルクティのような淡い茶髪の可愛らしい少女が、裏庭の木の下で青い顔をして佇んでいたのだ。


「どうしたの?何かあったのかい?」

そう声をかけたのは、親切心からだ、と思いたい。


「いえ、実は私は最近まで平民だったのでこんな多くの貴族の方々を見たのは初めてで。緊張してしまって」


そう涙で潤んだ瞳をうるうるさせて、制服のスカートを皺になるのも気にせずギュッと握っている姿に、庇護欲が刺激され、年的にもヒーローに憧れる思春期の騎士見習いならば、たぶん全員が彼女に夢中になっただろう。


まあ結局恋に落ちた俺は、彼女に言われるがまま、少年騎士団で共に鍛練を重ねて来た友人のブライアンを紹介し、なぜかブライアンに彼女を奪われ、その後、ブライアンが侍る第1王子が拐って行ってしまうのだが。


いや、貴女方婚約者居ますよね?

横に居るもんね?

不貞なの?許されるのそれ?


不敬なんて何のその、面白くない思いで遠くから見つめていたその光景が、彼女の父親によるハニートラップの指示だったことが判明すると、彼女は責任を追求されて、学院を退学させられ、高位貴族の婚約、しかも王命での婚約を破棄させた責任を追求され、娼婦として売られてしまった、そんな話しを聞かされた。


初めて恋した相手が娼館に売られてしまったなんて!


王族も関わった大騒動に、噂は貴族中駆け巡っていた。

ことの真相を確かめたくて、普段は絶対に声などかけられない身分のメアリー公爵令嬢に、叱責覚悟で声をかけた。


「グレイ公爵令嬢、初めまして。マッシー男爵家が次男、ミハエルと申します。パール男爵令嬢の件でお話を伺わせて頂きたいのですが」


そう声をかけた時、貴族令嬢とは思えない程深く眉間に皺を寄せて、

「ああ、ブライアンにエマを紹介した問題の切っ掛け君ね、君もある意味関係者ね」

そう冷たい目を向けられたんだった。


「エマ嬢が娼館に売られたと聞きました。ご令嬢に聞くのは些か失礼かとは思いますが、貴女様に聞く以外伝が有りませんので、もしどこの娼館か知っていたら教えて頂きたい」


「あ~君もそっちなんだね、騎士の風上にも置けないな。君と同じ問いをここ最近で二桁問われたわ、サイテー」

メアリー公爵令嬢が、目で人を殺しそうな鋭い視線を向けて、サイテーと吐き捨てた。


「どういう意味ですか、」

その令嬢らしからぬ言葉に、驚き強く言い返すのに被せて、強めの言葉で


「遊びに行きたいのでしょう?つい最近まで一緒に学んでいた少女を買いたいなど、下劣な品性を少しはお隠し遊ばせ」

メアリー公爵令嬢が言い捨てて、踵を返したが、その後ろ姿に、


「な!なんて!そんな、そんな思いであればご令嬢になど伺いません。自分はなんとか救い出せないかと、」

そう言い返した。



「身請けするってこと?失礼だけど、マッシー男爵家の次男坊にそんな財力が有るとも思えないのだけれど」

すると、クルリと首を回して伺うような目をしてそう言われ、


「!!」

痛いところを突かれた、いや、金銭など考えもしなかった自分の浅はかさに言葉を失ったのだった。


「ふん、考え無しなのね。でももし、君が貴族の身分も家族も捨てられるなら、考えてあげるわ」

そう言うと、あっという間にその場から離れて行ってしまった。


結局、親に泣かれ、兄に怒られてもエマを助けたい気持ちの方が上回って、メアリー公爵令嬢と話した週末には貴族籍を離脱し、貴族学院を退学してグレイ公爵邸へと赴いた。



「君、向こう見ずが過ぎない?一生が掛かっているのよ」

呆れた顔を隠そうともせずに、そう告げた彼女は、次の瞬間、貴族令嬢然とした仮面を被った。

「エマはもう居ないわ、今居るのはナナよ。ただのナナ。平民のナナよ、それも曰く付きの」


「私もただのミハエルですから」


「そうね、貴方、わたくしの私兵にするわ。そして、ただのナナを護りなさい」


「それは護衛としてですか、夫としてでしょうか」


「護衛でしょ?後半は本人に聞いて」


そう言うと奥から、エマ改めナナを連れてきて引き合わしてくれたのだった。




それから、ナナは母親とバーとは名ばかりの、曰く付きな飲み屋のマダムとなり、俺は常連客兼護衛として同じ空間で過ごすこと、数年。



その月日の中、父親のパール男爵が本当に隣国のようにエマを公妾にしようとしていたことや、その人質に母親が取られていたことなどあの騒動の内幕とメアリー様の暗躍でなんとか穏便に事態が終息されたことを知った。

その話に怒りに震え、パール男爵を殴りつけたい衝動にかられたり、より一層エマ、今はナナだが彼女を守りたい気持ちを強めたりした。



店に客が居ないある時、パーテーションで区切られたテーブル席にナナと座って話をしていた。


「ミハは、ちょっと思い込みが激しいんじゃない?親兄弟を泣かせて、身分を捨てちゃって。それであたしと一緒になるんでもなく、メアリー様の私兵なんてさ。将来有望な近衛騎士から随分落ちぶれちゃって可哀想に」


ナナは始めはそう言って呆れていたけれど。


「ナナとの将来はわからないだろう、少しずつでも良いから俺に興味を持ってくれよ、そうしたら俺はそれだけで報われるだろう」


「そんな、同情で付き合ってもしょうがないでしょ?今からでも遅くないよ、メアリー様にはあたしが言っとくから、騎士団の試験を受けて騎士になりなよ。騎士は平民からだってなれんのよ」


「そうしたいと思ったらそうするさ。今、俺はお前の護衛をしたいんだよ、だから問題ない。そして同情だってなんだって付き合えるのなら、俺はお前と付き合いたいと思っている」


そう言うと、徐に立ち上がり、ナナの前に膝をついて手を取って、

「ナナ、俺はお前がエマだった頃からずっとお前のことが好きだった。俺の初恋なんだ。学院の入学式の日に裏庭で初めてあったその時からずっと、ずっと、好きだったんだ。どうか、俺と付き合って欲しい。俺と結婚してくれ」

そう求婚をした。

前もって求婚する予定を立てていた訳じゃないから、指輪も花束も用意していなかった、突然のプロポーズ。


「ミハ、あの日のあれは全部計算していた行動で、あたしは王子に近づく為の取っ掛かりになる誰かを探してただけなの。ミハは運悪く、罠に掛かっちゃった可哀想な子羊で。貴方の未来を奪ってしまった、あ、あた、あたし、私を恨んでくれて良いんだよ、寧ろそうして貰いたいと思っている。取り返しのつかないことを貴方にしたと、本当に申し訳無いと思っているけど、今さら謝っても元には戻らないから。せめて、明るい未来を歩める人を娶って幸せになって欲しいの。ミハエル、貴方には幸せになって欲しいのよ」


ナナはそう言うと掴んでいた手をスッと抜いて姿勢を正して、毅然と拒絶を示した。


「お前と一緒にいれたら、俺は幸せだ。だから俺は今幸せだし、一緒に歩む未来は明るいと信じている」

もう一度手を取って、そう言う俺に、ナナは眉を下げて、泣きそうな顔を見せた。


「あたしと結婚なんてしても、誰も祝わないわよ」


「祝うさ、俺が祝う。毎年結婚記念日を祝うよ。きっとお前のお母さんだって、メアリー様だって祝ってくれるさ。もう諦めて俺と結婚してくれ、何度断られても、俺は諦めが悪いから、これからもしつこく何回でも、お前がYESと答えてくれるまで飽きずに求婚するよ」


「もう、そんなプロポーズなんて聞いたこと無いわ」


「じゃあ、ナナ、好きだ、結婚してくれ、頼む、お願いだ、一生幸せにするからどうかお願い」


そうして、しつこい俺の求婚に折れて、ナナ、エマが了承してくれたのだが、俺の気持ちが伝わったのかは、甚だ疑問である。

が、そこは敢えて問わない。

初恋が成就し、願いが叶ったんだから、俺的には、結果、オーライなのだ。



 

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