義姉妹
「いいこと、ジェマイマ。貴族男性には2種類しか居ないのよ、屑か屑じゃないか、良く見極めないとダメよ」
キャンベル家の広い庭の大きな木の下に絨毯を広げて、アマリアとトマスの妹ジェマイマはピクニックごっこをしていた。
バスケットに料理長が詰めてくれた小さなサンドイッチを摘まみながらも真剣な顔でアマリアはジェマイマに言い聞かせるように言った。
「なるほど~。お義姉様、屑の見分け方ってあるの?」
ジェマイマは疑う様子も無く、うんうんと頷きつつアマリアに話の続きを聞いた。
今は貴族学院2年時の夏季休暇中なのだが、北の高地にあるキャンベル領は、日差しは強くても頬を撫でる風は冷涼で湿気も少なく、とても過ごしやすい。
王都であったなら、こんな日中に木の下の木陰とは言え暑くて仕方ないであろう。
「勿論よ、爵位を盾に自分の意見を通そうとする者は屑でしょう?例え王家であってもね」
アマリアは自分の身に突如起こった王命による以前の婚約を思い出して、はっきりと告げた。
「なるほど、なるほど~確かにそうね。その他は?」
ジェマイマは、今年で13歳なのだけれど、アマリアに感化されて少しおませさんなので、義姉の言わんとすることを即座に理解して、うんうんと小さく首肯していた。
その姿は、アマリアとそっくりな姿勢で、背筋がピシリと伸びた美しい座姿であった。
今年の春先までここで暮らしていた母の教えが活きていることが窺い知れると言うものだった。
「常に自分は選ぶ側だって思い込んでいる者は屑でしょう?こちらにも選ぶ権利は有るのにね」
これも元婚約者であったブライアンを思い浮かべてはっきりと言いきった。
「なるほど、なるほど~じゃあ屑じゃない者ってどんな人?」
ジェマイマは頭の回転が思いの外早い。
この会話の核心にズバリと切り込んで行った。
「そりゃあ、社会常識という物の善悪を図る物差しを持っている人よ」
アマリアはそう言うと、大きく手を振って嬉しそうに麗しい微笑みを浮かべた。
「あら、お兄様。もう領地の見回りからお帰りですの?」
「ああ、滞りなく今日も我が領は平和に機能していたよ」
そうジェマイマに答えたトマスは、アマリアの横に腰かけて
「ただいま、アマリア。ご機嫌は如何かな?」
目を少し細めて、アマリアの手を取るとチュッと口づけの真似をして柔らかく握りこんだ。
「勿論、とても幸せよ」
そう答えると、いつもの貴族令嬢然とした顔をしながらも、口許がすこーしモニョモニョ綻んでいた。
そんな二人を俯瞰して見つめているジェマイマは、
(はは~ん、お義姉様の言う屑じゃない人ってお兄様のことなのね~)
なんて思いながらも、練習している能面微笑の仮面を張り付けていた。
アマリアの薫陶を受けたジェマイマは、屑を見分ける指針が、アマリアの婚約破棄騒動とアマリアから譲り受けた王都で流行りの恋愛小説なので、ちょっぴり思い込み激しくなってしまうのも仕方の無いことであった。
別に全く好意を抱いていた訳では無いブライアンであったが、人前で意味の分からぬ暴言を吐かれ。婚約破棄という瑕疵をつけられ、次期当主を下ろされても王命に忠実にいようと頑張った3年間も無下にされ、悔しい惨めな気持ちで一杯だった。
そんな自分を追いかけて来てくれたトマスが、
「貴女は一つも間違っていない」
と肯定してくれたから、あの場から連れ去ってくれたから、今の自分があるのだと思う。
アマリアにとって、トマスは逆境で助けにやって来る本物のヒーローであった。
そう思うと、あの無意味なブライアンの婚約者時代も意味を持ってくるのだから不思議だ。
淑女然とした顔で、その実、心の中でたくさん話しているアマリアはもう居ない。
今は目の前の人に、思いの丈を打ち明けることができるのだから。
しかし、その令嬢マナーはジェマイマにきちんとバトンが渡っているのであるが、それはまた別のお話。




