ジェマイマの逡巡
ジェマイマは、ヘンリーの長台詞を脳内で再生して、聞き直し(幻聴)していた。
(彼は、こんなに綺麗な顔をしているくせに、本当に見目の特徴もなく、政略結婚にもならない、伯爵ランキング4位か5位(10件中)の我がキャンベル家の行き遅れ令嬢のわたくしと婚姻する気なのかしら)
(何かキャンベル家が知り得ない領地の裏情報を握っていて、それを秘密裏に得るために、まさかこんな小芝居をしているの?)
(そう言えば、先週は『真実の愛』すら知らなかったのに、市井で流行っている演劇のテンプレのような、幼馴染み令嬢だの病弱な王女だの詳細な描写まで入れて自身の不貞が無いことをアピールしているのはどうして?)
(本当に、わたくしとの婚姻を望んでるの?え、なんで?彼は25歳でも男性の初婚としては問題のない年齢だけれども、世間体を慮る貴族令嬢の婚姻としたら家門的には問題しか無いはずなのだけれど)
(でも、求婚は公爵閣下から父へと送っていたって言うし、グレイ公爵家としては年齢は問題じゃないのかしら?え?なんで?ええ~何の陰謀なのかしら)
と脳内を世話しなく考え巡らせヘンリーに疑い深い視線を投げかけていたのだが、表面はきっちりデフォルトの能面微笑のまま静かに佇んでいた、
のだが、やっぱり心の声が無意識に漏れ出してしまい、
「なにが目的?」
小さく呟いてしまった。
「目的は、君を得ることだ、じゃあもうハッキリ言うよ、私は君がずっと、ずっと、ずーっと好きだったんだ。君が好きなんだ、ジェマイマ。お願いだよ、ジェマイマ、どうかどうか、僕のお嫁さんになってくれ~」
バッと顔を上げ、手をギュっと握りしめて、ヘンリーが強目大き目な声でそう言った。
「え?グレイ公爵令息」
「ヘンリーと呼んでくれ。もう既に呼んでしまったが、僕は、これからもなし崩し的に君のことをジェマイマと呼ぶから」
「え?名前呼び?なぜ急に。いや、ではまあ今だけ。ヘンリー様、貴方様、わたくしのことが好きなんですの?」
「そうだよ、ずっと言い続けているのだけどわからなかったかな。前回も今回も、ずっとずっと、ぼくは君に告白を続けてきたつもりだったのだけど、ジェマイマ、君はそう聞こえてなかったのだろうか」
「いえ、聞こえておりました、が。まあ、とりあえず、ソファにお座りになって」
ジェマイマはヘンリーに握られていた手を、反対の手でひっぺ剥がし、向かい側に座るように促した。
ヘンリーは握った手が離されるのを悲痛そうな顔つきで見たが、言われたように席についてジェマイマを見つめた。
「ヘンリー様、あなた、わたくしの何がお気に召したの?」
言葉だけ聞いたら、さんざん好きだ好きだと告白された相手に、自分のどこが好きで惚れたのかと聞くなど、ずいぶんと高飛車な態度だと非難されそうではあるが、ジェマイマは自分の容姿も能力も過小評価しているから、そんな気は更々無くて、直球で相手に聞いてしまうのだった。
「う、」
ヘンリーは今までの貴族令嬢然とした様子とうって変わって、単刀直入な物言いに戸惑ったが、
「初めから、君が入学してくると聞いて、楽しみにしていたんだ。
キャンベル家の方々は貴族学院以外にはあまり領地から出てこないからね。
君の兄上の評判は知っていたし、その妹は更に出来が良いと方々から聞いていたんで楽しみにしていたんだ。
そして、クラスで一目見て、その座姿の美しさに目を奪われ、控え目に見えて自己主張のハッキリしている所も好ましく思った。それから3年間、私は君を探しては見ていた。
卒業後も領地を盛り上げる商会の運営をして、敏腕経営者と呼ばれてズンズン先へ進んでいく君の噂を聞けば、君への憧れと焦燥感の狭間でどうにかなりそうだった。
それでも信念を持って進む君を諦めることなど出来なかったんだ、君はボクの憧れだから」
ちょっと頬を赤く染めてそう答えた。
「えぇ~」
聞いといて何であるが、ヘンリーの回答にジェマイマは納得がいかず、ついつい不満げな感嘆詞が漏れ出てしまったのだった。




