ヘンリーのリベンジプロポーズ大作戦
先週と同時刻同じ応接室、ジェマイマの前に、ヘンリーが赤い炎を背に纏い(幻影)前のめりで話し出した。
「ジェマイマ嬢、不甲斐ない私に何度も時間を取ってくれたこと、感謝する」
ジェマイマは、馬車から降りる自分をエスコートする為に馬車止まりに待ち構えていたヘンリーに、先週との違いを訝しく思っていたが、表面はいつもの能面微笑を携え小さくヘンリーに首肯した。
「先週、君はお飾りの妻に初夜の晩『君を愛することはない』と言って、家政と社交をやらせるだけの偽りの妻として貧乏伯爵家の令嬢を娶ろうとしているといったが、それは全くの間違いだ。
まず、キャンベル伯爵家は建国以来の名領主として王国にその名を轟かせ、現在は我が王国のキャスティングボードを握っている家だ。当然、貧乏伯爵家などではないし、」
「えっ!?あの、どこかの領地と勘違いされているのでは、」
ヘンリーの話すキャンベル伯爵家が、自領とずいぶん解離しているようで、思わずマナー違反であるのに話をぶった切って声を被せてしまったのだが、今回はヘンリーが、
「すまないが、ここは僕、私に、一気に最後まで話させてもらえないか」
と、正しく指摘してきたので、
「あ、はい。大変失礼致しました」
そう謝罪を口にし、姿勢を正して、聞く姿勢を取った。
「えっと、だから、キャンベル家のご令嬢である君を、金と権力で無理矢理娶ってお飾りの妻にする、と言うことはない。
あ~次に、私に『真実の愛』を誓った者は居ないし、勿論、先週も伝えた通り婚約者も居ない。
え~蛇足ながら、世間で言われているような、個人的に庇護し金銭的な世話を必要とする愛人を平民街に囲ってもいないし、幼い時から一緒に育った生さぬ仲の乳母の娘も、孤児のメイドも、幼馴染みの近隣領地の令嬢も、身体の弱い従姉妹の令嬢も居ないことは、キチンと付け加えておく、」
「え?ああ、ご令嬢では無く王女殿下ですものね、」
ジェマイマは能面微笑から心の声が漏れ出していたのだが、本人は気付いていない。
「ん、んん、え~、あ~、四六時中世話を焼がねばならない幼馴染み王女殿下も、勿論、居ないことは付け足しておく。
君とも同窓の、現侯爵夫人となった従姉妹の王女は、貴女も知っての通り非常に健康で夫婦仲も良く、今も4人目の子を宿している。
そんな他家のご夫人に懸想などしてもいないし、彼女を女性として見たこともない、従姉妹は従姉妹だとしか子供の頃より思った事は無い、このことも、ここでキチンと君にお伝えしておく」
ジェマイマは、え!?そうなの?懸想していると思ってたんだけど。
あれ、心読まれてた?読心術?と心の中で思い大きく目を見開きそうになったが、淑女の矜持でグッと我慢をして、小さく首肯した。
「なので、しょ、しょしょ、しょ、初夜で、んん、『君を愛することはない』などと言う戯けたことは、まず間違いなく、絶対に、絶対に言わないと、そう強く断言する。この旨、きちんと宣誓書面にも記載することを、君にこの場でお伝えしておく。えー、あー、うー、だから、そのう、」
ヘンリーが急に顔を赤らめて、モジモジし始めた。
普通なら、成人した良い年の男がしたらずいぶん気色悪い仕草であるのに、人外の美しさを持つこの男がすると、まあため息が出ちゃう程色っぽいのだから、造形美は得であるな、とジェマイマは呑気に眺めてしまっていた。
すると、ヘンリーがバッと立ち上がっては、ジェマイマのソファの横に膝をついて手を取ると、
「だから、ジェマイマ嬢、私は貴女のことが学院の頃からずっと好きだった。これは信じて欲しい。
3年もあったのに、学院では君とアマベル嬢に声をかけてはならないという不文律が、あの忌々しい事件の後から出来てしまい、残念ながら君と話すことも出来なかったんだ。それで卒業を待って慣例に基づき家を介して求婚したが、伯爵からは何度も断られてしまった。
それからも君がキャンベル姓であるのを確認してはホッとし、また求婚の釣書を送るの繰り返しで、君に直接向き合うことから逃げていたんだ、自分が情けないよ。
だけど、どうしても君を諦めることが出来ないんだ。
どうかお願いだから、私と結婚、の前に、婚約、は最短の日数で結婚の準備をするとして、きちんと結婚式の準備を整え、大勢を招いて披露宴もするから、勿論、君と神に愛を誓うし、勿論勿論、後継の子供をきちんと君と、君との子作りにもきちんと励むよ、ああ、勿論励むとも。
だから、どうか、どうか、私と一緒になってくれ、お願いだ」
そう、舞台の長台詞のようにツラツラと語られ、取られた手を額に押し付けられ懇願されてしまったのだ。




