表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第2話 え?なにこの状況!? まだ総理になってないんですけど!!

 翌日の昼休み。春の光が教室の窓から差し込む中、私はポーチの中をゴソゴソしていた。

 香水、リップ、ハンドクリーム、ミラー。……よし、詩音と放課後カフェ仕様、完了。パンケーキを前に写真撮る流れはもう見えている。ツヤと笑顔の準備だけは怠れない。


「おい、これ見ろって!」

 教室の後ろから森下の声。いつも休み時間にうるさい男子ランキング堂々一位。だけど今日はテンションが二段階ぐらい高い。

「久遠成臣、マジで出馬表明したらしい! ニュースでやってんぞ!」

 あんたの声の方がニュースなんだけど!? と突っ込みかけた瞬間、森下は勝手にスマホをプロジェクターに接続した。スクリーンに現れたのは、スーツ姿のお父さん。うわ、でっかい。職員室より情報早いよこの教室。


「久遠成臣外務大臣が、本日午後、民主憲政党総裁選への出馬を正式に表明しました」

 アナウンサーの声が教室全体に響く。お父さんは淡々と、でもやたら堂々と喋っていた。原稿見ないし、声にエコーでもかかってるのかってくらい落ち着いてる。

 ……え、なにあれ、うちの父? いつも「ネクタイが見当たらん」って騒いでる人と同一人物? やだ、なんかかっこいい。いや、そう思った自分が一番ショック。


「え、玲花のお父さん、総理になるの?」

 クラスの誰かが無邪気に言った。空気が一瞬にして変わる。全方向から視線集中砲火。

「マジ?」「すげえ!」「総理候補の娘じゃん!」

「や、やめて! 違う! まだ候補の候補だから!」

 なんだこの公開尋問みたいなノリ! 心拍数がテレビのニュース速報より早い!


「も、森下、それ消して!」

 思わず立ち上がる。勢い余ってイスがガターンと倒れた。森下はその気迫にビビったのか、「え、あ、ごめん」と言ってスマホを抜く。スクリーンが暗くなった。

「えー」「もっと見せろよー」「玲花パパ、イケオジだよね〜! 授業参観きちゃったらあたし集中できな〜い!」

とかいう雑音が飛び交ってる。来るわけないだろ。ていうか、ほんと、クラスって小さな国会だよね。まとまらないのが仕様。


「玲花、大丈夫?」

 詩音が、そっと肩をつつく。

「だいじょぶ……多分……。てか、心臓に悪い」

「でも本当に出馬するんだね」

「らしいね。本人からは何も聞いてないけど」

「なんかもう、“総理の娘”の座が近いかもね?」

「いやいやいや、やめてって! カフェ行けなるかもよ!」

「え〜そんなー! じゃあ今日のうちに行っとこ」

「そうだね、行こ行こ! ま、総理なんてそう簡単にならないでしょ」

 ふたりで笑い合った。その時はまだ、ほんとに他人事だと思ってた。



 放課後。校門を出た瞬間、空気が変だった。

 見慣れない黒塗りの車が一台……そのドアには“警視庁”の文字。そして、黒スーツの男たちが仁王立ち。

 あれ、映画の撮影? って思ったけど、カメラや監督はどこにもいない。


「え、警察!?」「誰かの護衛!?」「マジでSPじゃん!」

 高校生たちの声が飛び交う。


 そして、スーツの男が私たちに近づき

「久遠玲花様、お迎えに上がりました」

 と完璧すぎるお辞儀。いや、ただの高校生にそんな丁寧な角度いらない。

同級生たちから一斉に向けられるスマホ。あの子たち、写真を撮る速度、反射神経でオリンピック出られるよ。

 そしてその画像が「#久遠玲花」「#SP付き通学」で拡散される未来が、一瞬で脳内に見えた。


「え、ちょっと待って。なんで警視庁!? 結城さん!?」

 結城さんがSPの横に立って、申し訳なさそうな顔をしている。

「本日より警備体制が変更となりました。党からの指示でして」

「いやいやいや、まだ当選もしてないじゃん!」

「万全を期してとのことです」

「万全って何が!? それに、今日、友達とカフェ行く予定で──」

 私は詩音の腕を掴む。詩音も一緒に訴えるようにSPを見た。

「申し訳ありません。本日は直帰をお願いいたします」

「ほんの少しだけ……」

「報道陣が近辺におりますので、安全のためです」

 うん、もう「安全のため」って言われたら、何も言い返しようがない。


「玲花……」

「ごめん……今日は行けないって……」

「そっか、仕方ないね。じゃあ、また明日!」

「うん。また明日!」

 ドアが閉まる音が、やけに重い。窓の外で、詩音が手を振っていた。車の窓ガラスは、単なるガラス以上の厚みがあるように感じた。



 夜。リビングのテレビをつけたら、またお父さん。ニュース番組がリピート再生してるんじゃないかってくらい同じ映像。

 「久遠成臣、総理レースの本命」「娘の存在にも注目」

 いや、注目しないで! 私まだ明日までの宿題終わってない!


「玲花様、明日は登校をお控えください」

「えっ、また!?」

「報道陣が学校付近に集まっております。内閣広報室からの要請です」

「……明日提出の課題があるんだけど」

「申し訳ありません、“念のため”とのことです」

 もうその“念”がなんなのか、話についていけない。



 夜、ベッドでスマホを眺める。トレンドには「久遠成臣」。そして関連ワード「娘」「高校」「美人」。

 SP付きの車に乗り込む私の後ろ姿写真が拡散されてた。

「いやいやいや、制服で学校バレるじゃん! ボカシ入れて!」

 思わず一人ツッコミ。隣の部屋の結城さんに聞こえたらどうしよう。


 詩音からメッセージが届いた。

『今日行けなくて残念! でもニュース見たよ。やっぱ玲花のパパすごいね』

『ごめんね。明日も行けなくなっちゃった。学校、休まされるんだって』

 送信して、既読がついて、すぐに返事が来た。

『うん、大丈夫。また今度行こうね』

 短いのに、優しい。詩音の一言は、SPより心強い。

 窓の外では、街灯に照らされた桜がゆらゆら。花びらが舞うたびに、私の“普通”が一枚ずつ剥がれていくようだった。──それでも、まだ信じてた。「また明日」はちゃんと来るって。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ