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太陽の子 — ケツァルコアトルの約束

メキシコ文化をテーマにした、ちょっと変わったお話をお届けします。気に入っていただければ幸いです。

空は黄金の霧に覆われ、影も慰めも与えなかった。

かつて命とカヌーで満ちていたテノチティトランの運河は、今では泥と埃の傷跡となっていた。

神々の神殿は静まり返り、煙も香も立ち上らなかった。

風が運ぶのは祈りのささやきだけだった。


近くの村では、女たちが水を求めて地面を掘っていた。

男たちは空手で狩りから戻ってきた。

子どもたちは空腹で泣いていた。


その中にいたのがシトラリ・イツコアトル、12歳の少年。暗い髪に、輝く瞳を持っていた。

母は病に伏し、父はメシカの宿敵トラスカラ人との戦いで命を落としていた。


その夜、火のそばで、母は弱々しい声で言った。


—わが子よ…太陽は我らを試している。信仰を失ってはならぬ。


シトラリは胸の上に手を重ねた。

このまま雨が降らなければ、村は滅びると彼は知っていた。


彼は家の祭壇を見つめた。そこには、太陽と戦の神ウィツィロポチトリの小さな像と、風と知恵の神ケツァルコアトルの像があった。

その両神は人々の苦しみに沈黙しているように見えた。


数日後、村の評議会が広場に集まった。

長老たちと戦士たちが怒号と不信の中で議論を交わしていた。


—トトナカ族は交易を拒んでいる!

—ミステカ族は我らの道を奪った!

—タラスコ族は畑を焼いている!

—トラスカラ族は我らの苦しみを嘲笑っている!


シトラリは柱の陰に隠れて耳を傾けていた。

大人たちは罪、罰、戦争の話ばかりで、希望の言葉はなかった。


そして、彼は震える声ながらも、はっきりと前へ出た。


—誰も助けてくれないなら…僕が行く!


神殿には沈黙が落ちた。

男たちは彼を見てあざけった。

一人の長老が杖で地面を打った。


—お前が?子どもにすぎぬ。槍すら持てぬではないか。

—谷を越える前に殺されるぞ! —別の者が叫んだ。

—ならば、僕は命を懸けてみせます —シトラリはためらわずに言った—。死を待つより、救いを求めて死ぬ方がいい。


群衆がざわめいた。ある者は彼を狂っていると言った。

だが一瞬、古の勇気の影をその中に見た者もいた。


母は涙を浮かべ、小さな翡翠のビーズで作られた首飾りを手渡した。

—風があなたを導いてくれますように。太陽が届かぬ時は、心が道を照らしてくれるでしょう。


夜明け、彼は一人旅立った。

革の袋と乾いたパンの欠片、そして首にかけた母の首飾りだけを持って。

焼けた野を越え、灰色の山々を越え、ハゲタカが待ち受ける谷を越えた。

古代テオティワカンの遺跡が、過去の守り手のように彼を見つめていた。


昼は暑さで幻を見、夜は冷えに命の確かさを感じた。

母の言葉が頭の中で歌のように響いた:


「風が語れば、神々はまだ耳を傾けている。」


三日目、彼は平原で砂嵐に襲われた。

空は銅色に染まり、息をするのも痛かった。

彼は袋を失い、膝をついて叫んだ。


—神々が存在するなら、どうすればいいか教えてくれ!僕の民は死にかけている!


しかし、返ってきたのはこだまだけだった。


嵐が過ぎた後も、彼は歩き続け、ついには倒れ込んだ。

近くの丘に、トラスカラの戦士たちが見えた。

彼らの槍は太陽の下で光っていた。


—あれだ!メシカの間者だ! —誰かが叫んだ。


シトラリは走った。転び、矢が腕をかすめた。

彼は乾いた川辺に倒れ、血と砂が混ざった。

世界は闇に包まれた。


目を覚ますと、空気はコパルの香りがした。

焚き火が前で燃え、白髪の男がトウモロコシを煮ていた。

その肌は夜明けの色をし、瞳には星のような光が宿っていた。


—ここは…どこ? —シトラリがささやいた。


—安全な場所だ —男は答えた—。恐れるな。傷は深いが、生きられる。食べなさい。


少年はトウモロコシを口にし、魂が戻るのを感じて泣き出した。


—なぜ僕を助けるの?僕はメシカ人…あなたは違う。


男は不思議な安らぎの微笑みを浮かべた。


—人は互いに守り合うべきだからだ。大地は民族を選ばない、心を見るのだ。

—でも…誰も僕たちを助けてくれない。みんな僕たちを憎んでる。

—お前は他の者を憎むか?

—…分からない。


男は彼の肩に手を置いた。


—ならば、まだ希望はある。


シトラリは目を伏せた。

—僕の人々は飢えている。助けを求めたけど、憎しみしかなかった。


男は立ち上がり、地平線を見つめた。

—ならば、私も共に行こう。

—僕と?

—ああ。二人なら、運命を変えられるかもしれない。


少年はためらったが、うなずいた。

男の声に、不思議な守られる感覚があったから。


数日後、二人は村に戻った。

通りは空っぽで、神殿には埃が積もっていた。

彼らを見て、村人たちは戦士を呼んだ。


—よそ者だ!敵を連れてきた裏切り者だ!

—災いを呼ぶ前に殺せ!


シトラリが立ちふさがった。

—待って!この人は敵じゃない!助けに来てくれたんだ!


だが、群衆は耳を貸さなかった。

百の槍が彼らに向けられた。

その場の緊張は黒曜石の刃のようだった。


そのとき、男が手を上げた。

温かな風が広場を吹き抜け、埃としおれた花びらが舞い上がった。

雲が割れ、天から光が差した。


男の体からは、金と緑の羽が虹のように広がった。

その肌は輝き、声は雷と歌のようになった。


人々は皆、跪いた。


—あれは…ケツァルコアトルだ! —ある神官が叫び、涙を流した—。羽毛ある蛇の神が戻ってこられた!


ケツァルコアトルは優しさと悲しみを込めて彼らを見つめた。


「太陽の子たちよ、汝らは火の本質を忘れた。

戦争に目がくらみ、誇りが心を裂いた。

力があっても、愛の種を壊すならば何の意味があるのか?」


その言葉は神殿の間を風のように響き渡った。

子どもたちは泣き、老人たちは震えた。


「憎しみの地に、トウモロコシは育たぬ。

傲慢に満ちた心には、大地も枯れてしまう。

忘れるな、善意をもって命を与える者は、世界の記憶に永遠に生きるのだ。」


そして神は両手を広げた。

手から落ちた黄金のトウモロコシの粒が、乾いた土に沈んでいった。

人々の目の前で、それらは芽を出し、力強い茎となり、実を結んだ。


その奇跡に、メシカの人々は涙を流した。

シトラリは跪き、魂が光で満たされた。


「今日より、敵はなく、皆が兄弟となる。

風はすべての者に等しく吹く。」


時が流れた。

雨は戻り、川は満ち、野は緑に染まった。

メシカの人々は食を隣人の部族と分かち合い、かつての敵は同じ火を囲んだ。


シトラリ・イツコアトルの名は、団結の象徴となった。

神殿ではその物語が神の教えとして語られ、

子どもたちは彼の言葉を口にして育った。


「太陽は、選ばれた者のためでなく、太陽を見上げるすべての者に輝く。」


やがて老いたシトラリは、ある朝、他とは異なる夜明けを見たという。

一筋の光の蛇が空を横切り、風が吹き、声が聞こえた。


—「ありがとう、太陽の子よ。善意は再び花開いた。」


彼は微笑み、目を閉じ、風に抱かれて旅立った。


それ以来、トウモロコシの穂が太陽に向かって開くとき、村人たちはこう言う:


「シトラリは羽毛ある神と共に戻った。

愛こそ、決して枯れぬ種であることを思い出させに。」


終わり —

メキシコ文化を少しだけ反映したこの物語をお読みいただき、ありがとうございます。ご意見・ご質問は大歓迎です。メキシコよりご挨拶申し上げます。

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― 新着の感想 ―
メキシコ·ユカタン半島といえば、マヤ文明。 残念ながら少なくとも私のまわりでは古事記を除けばギリシャ神話·聖書だったら誰でも知っているし、北欧ケルトは···厨二に足踏み入れた事のあるものなら知ってい…
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