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第8話 試運転前②


 無線機のボタンから手を放して、大きく溜息を吐いた尾野。

 彼は疲れ切ったような目で吉岡を見た。


「校内でこんなことしなくいいと思わないか?」

「試運転するのは尾野なんだから、俺は知らん」

「吉岡、俺が体調悪くなる可能性を考えてないようだな」


 楽しそうに笑みを浮かべた尾野。それを奇妙なものを見るような目で見つめる吉岡。

 しかし、不安だったのか吉岡は尋ねた。


「そうだったとして、どうなるんだ?」

「知る限り、俺の次に運転が上手いのはお前だからな。代わりは吉岡だぞ」

「登山とサイクリングして、体鍛えるか尾野?」

「お前の趣味に付き合わせるな。俺はバイクに乗るのと、部屋でLACSのアプリで遊んでるのが好きなんだ」

「知ってるよ。それより班長に伝えてこなくていいのか?」

「今から行く」


 尾野は立ち上がって脚部を点検中の班長の方へ近づいていった。

 流れを把握している班長は尾野が近づいてきたことから、どういう指示がなされたのか理解している。


「ずいぶんと早いけど、移動か?」

「そういうことだ」

「4班! 点検を終えた者からメンテ台の移動経路確保だ」


 先に終わっていた吉岡が整備場の外へ出て行き、次第に点検が終わり最終的に残ったのは尾野と藤林だけになった。

 他全員が整備場から試運転場前までのメンテナンス台の移動経路を確保しており、事故がないようにしている。


「班長、確認してくるからな」

「任せたよ」


 尾野はメンテナンス台の移動経路が確保されていることを試運転場前まで確認していく。

 整備場を出ると近くには試運転場を見るための監視棟があり、少し進んだ先に試運転場がある。


「班長、こちら尾野。経路確保。おくれ」

『尾野、こちら藤林。経路確保了解。移動開始よいか。おくれ』

「移動開始了解。おわり」


 4班のメンテナンス台を待つ尾野は、試運転場から聞こえてくる移動音を耳にした。

 その少し遠くから何度か射撃音も聞こえてくる。

 試運転場の先が、武器試験場で2班が試験中だ。

 尾野はARグラスに表示されている時間を確認すると、11時45分だった。


 あと15分で昼休憩だから、熊野も急いでいるんだろうと尾野は思った。

 これからの予定を考えていると、メンテナンス台を動かすモーター音が尾野の耳に届く。

 メンテナンス台を先頭で運転する藤林と後ろからついてくる班員たち。

 台が動きを止めると班員たちは監視棟の方へ向かい、残ったのは藤林と尾野だけだ。


「尾野、準備しとけよ」

「だな。班長これ」


 尾野はARグラスを藤林へ渡した。

 無線機にマイクを接続し、ネックサポーターを着けて、ハンズフリーモードにしてイヤホンを装着した尾野はマイクへ話しかける。


「班長、こちら尾野。感」

「『尾野、こちら藤林。感よし』」

「班長、感よし。おわり」


 無線機の確認を終えた尾野は手袋を着けて、搭乗ハンドルを半回転させる。

 頭部と胸部が開いてコックピットが露わになり、尾野はカサドールに乗り込んだ。

 計器盤とボタン類の近くの電灯しか点いていない暗いコックピット内で尾野は待つこと10分ほどで着けていたイヤホンから熊野の声が聞こえてきた。


『尾野、こちら熊野。台を起こして、電源入れろ。おくれ』

「熊野、こちら尾野。了解。班長、台を起こしてくれ。おくれ」

『尾野、こちら藤林。台を起こす。おくれ』

『了解。おわり』


 尾野はコックピット内の電灯をつけて、操作靴、シートベルトをつける。

 しばらく待っていると、再度イヤホンから声が届く。


『尾野、こちら藤林。台を起こす。おくれ』

「班長、こちら尾野。りょうかーい、おくれ」

『了解。おわり』

『2人とも緊張感ないな』

「班長、第三者が割り込んできたから、シャッフルするか? おくれ」

『尾野、こちら熊野。冗談でもやめろ。おくれ』

「先生でしょ、名乗れって耳タコくらい言ってんのは。おわり」


 笑いながら会話していた尾野は、寝ていた台が垂直に立ち上がっていくのを感じていた。

 尾野が重力を足元に感じると、イヤホンから音が聞こえてくる。


『尾野、藤林。立ち上げ、ロック完了。おくれ』

「班長、尾野。了解、電源いれる。おくれ」

『了解、おわり』

『面倒くさがってるじゃないか』

「熊野、尾野。コックピット電源だけか? おくれ」

『尾野、熊野。全てだ。戦闘可能状態で待機。おくれ』

「了解、おわり」


 尾野は大きく溜息を吐いた。

 ハンズフリーの音声入力によって、無線機の先にいる2人はそれを聞き取るが、彼らは理由を察している。

 というのも試運転をする度に同じことが起きているからだ。


「ジェネレーター起動。出力よし。駆動用、予備、コックピットバッテリー容量、電圧よし。油圧、油温よし。脱出装置よし」


 ひと区切りするものの、尾野は指差呼称しながらボタンやスイッチを操作していく。

 ボタン操作を終えるとHMDを装着する。


「戦術データリンク『幻導院』起動。IFFよし。LACSよし。フォースフィードバック確認よし。HMD動作異常なし。OSチェックプログラム起動、異常なし。システム全て異常なし」


 養成高校生は実機に乗る場合、指差呼称確認をする必要がある。もちろん軍人もだ。

 基本的に無線を着けているため、指導員が確認をしている。

 尾野は大量の項目を覚えているが、わざわざ声に出すほどじゃないだろうと考えていた。

 そう思っているのは彼がパイロット志望ではないからだ。


 溜め息から気分を変えるように深呼吸した尾野は座った状態で下を向く。

 メンテナンス台を操作していた藤林が監視棟へ向かっているのを尾野は見送る。


「周囲の確認よし」

『尾野、こちら熊野。試運転を開始しろ。おくれ』

「熊野、こちら尾野。試運転を始める。おくれ」

『了解、おわり』

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