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第26話 鑑賞会

 □


 二ツ森ソフィアは大下、竹浪と江刺家に駐屯地の会議室へ案内される。

 会議室には数人の軍人が座っており、その中に彼女の父親がいた。


「父さん」

「ソフィア、座りなさい」

「うん」


 ソフィアが促されて座ったのは、父親の二ツ森燗楽ふたつがもりかんがくの正面。

 第十四旅団隷下即応大隊の大隊長がソフィアの父親だ。


「戦闘したそうだな」

「うん」

「はあぁ。運が良いのか悪いのか、セオリスの乗り手になったと聞いたよ」

「運が悪いの?」

「良いとは言えないけど、ライドウ五式よりセオリスの方が性能は高いから良い」

「それなら良くない?」

「親としては戦闘する状況になってしまったことを良いとは言えないよ」

「そう」

「聞いているとは思うけど、セオリスの乗り手になって軍へ入る契約書にサインをしてもらう」

「うん」

「この2つにサインをしなさい」


 ソフィアは契約書とタブレットを渡された。

 どちらも同じ内容で、テレミナ88の乗り手になったことで強制的に軍へ入ることが書かれている。

 ソフィアがサインをすると、燗楽は確認をして会議室にいる軍人へ回す。

 全員が確認をして燗楽のもとへ返って来ると、軍人たちは出て行った。

 会議室に残ったのは、大下、竹浪、江刺家、二ツ森親子だ。


「3人とも、家族だけにしてくれないか?」

「大隊長は娘さんが心配なんですよね?」

「ああ」


 待っていた答えが返ってきて、江刺家の普段から崩さない笑みが深くなる。

 少しの間があり、燗楽が続きを促そうとした時、江刺家は話し出した。


「実は、大隊長の娘さんと同い年で腕の良いパイロットがいるんです」

「そんな都合の良いことがあるのか?」

「はい。都合は良いのですが、悪いこともありまして」


 もったいぶる江刺家に燗楽は腕を組んで見せる。

 燗楽の心情を理解した江刺家は、すぐに話し出した。


「都合の悪いことは、その者が整備士志望ということです」

「整備士?」


 江刺家の言葉が誰を示しているのか理解したのはソフィアだった。


「尾野、ですか?」

「はい、ソフィアさん」

「説明しろ、江刺家」

「はい。整備士養成高校の生徒が巻き込まれたという報告を覚えていますか?」

「覚えている。竹浪がカサドールを大破させたから、ライメイを送る許可も出したはずだ」


 話に出されたことへ竹浪は驚きつつも、頷いた。

 燗楽にも話していないことがある江刺家は、竹浪へ話が逸れないよう続ける。


「その整備士志望の学生には週に1回はパイロットの授業を受けてもらっています。今日がその日で彼も巻き込まれました」

「戦闘をしたのか?」

「そのようです。戦闘ログを手に入れてますから、見ませんか大隊長?」

「いいだろう」


 燗楽が返事をすると、竹浪と大下が動き出す。

 扉の施錠を確認し、大下はタブレットを壁面液晶に繋いだ。

 竹浪が会議室を暗くすると、液晶には戦闘ログが表示される。

 ライメイの全周囲カメラ、機体ダメージと武器状況、パイロットの各種ログの比率を調整した大下。


「ライメイが蹴り飛ばされたところから再生します」


 燗楽は手を挙げて、了解を示すとログの再生が始まった。

 最初は逃げ回るだけだ。

 しかし、燗楽の想像と違っており、声を上げた。


「心拍数が低いな」

「はい。見ての通り回避走行、スラスター移動をしていますが、どの操作も正確です」

「おっ、さらに心拍が低くなったな」

「ライドウが武器を持ってきてくれたようですね」


 ライメイの前方視界では地面を滑るように移動して、目の前にキニケッソ99が出てきた。

 直前で停止をすると、低空ジャンプをしてスラスター移動していく。


「これは、学生か?」

「はい。整備士志望ですから、より驚きますよね」


 ライメイが武器を取って動き出すと、武器を持ってきたライドウ五式が倒れる。

 引きずられていくのを見ながら、ライメイはキニケッソ99を戦闘不能に追い込み爆発させた。


「セオリスも来たな」


 ライメイの前に来たキニケッソ99を蹴り飛ばしたセオリスは、演習場の敵を倒し始める。


「セオリスのログはないのか?」

「セオリスから拒否されています」


 大下の答えに頷いた燗楽だったが、スピーカーから機械音声が5人に届いた。


『ソフィア次第で戦闘ログの提供はします』

「セオリス?」

『はい』

「ログを渡してください」

『分かりました。大下のタブレットに転送します』


 燗楽以外はセオリスのしたことに驚きながらも、戦闘ログを見ることを続ける。

 大下はセオリスから送られたログを隣に並べた。

 2分割された画面にライメイとセオリスの戦闘ログが同時進行で流れていく。


「ライメイは85、セオリスは150。ソフィアは普通だな」

『やはりセオリスの乗り手として相応しいのは尾野ですね』

「セオリス。私では不満ですか?」

『いえ、相応しいだけで私は不満です』

「え? 乗りこなせない乗り手がいいんですか?」

『いえ、私にとってはプロセスが重要です。初めから乗りこなせると私は限界があるとして必要とされません。だから不満です』

「テレミナ88はホントに複雑だな」


 燗楽の言葉には疲労が滲んでいた。

 大隊長という立場だからこそ、即応大隊には他にもテレミナ88がいる。

 そのどれもが人間的な思考と性格をしているのだ。


「セオリス、学生はテレミナ88に興味ないようだぞ」

『それは不満です』


 戦闘が終わるまでログを見ていた5人。

 再生が終了すると、部屋を元の状況に戻した。


「確かに良いパイロットだ。凄まじい強心臓を持っているな」


 燗楽は感想を口にすると、腕組を解いて椅子に背を預けた。

 江刺家、竹浪、大下は起立して言葉を待っている。


「それで、どういう話があるんだ?」

「現状、整備士志望ですが見てもらった通り、パイロットの適性はとてもあります」

「そうだな。竹浪よりも動きがいい」

「はい。ですから、セオリスに乗るソフィアさんをサポートできるくらい腕のあるパイロットが近くにいる方が良いと思いませんか?」

「そうだが……」

「学生の頃から共にいれば、動きや思考の癖が分かるでしょうから、早い方が良いでしょう」

「それで、どうしたいんだ?」


 江刺家の話に頷きながらも、眉間に手をやった燗楽。

 言わんとすることも分かるし、そう上手くいく話でもないことが燗楽にも分かっている。


「パイロットになってもらいます」

「どうやって、整備士志望なんだろう?」

「ですから、整備士としても活動できるパイロットになってもらいます」

「具体案は?」


 案次第では話が変わることから、燗楽は椅子に座り直した。

 状況が変わりだしたことを理解した江刺家は、笑顔に余裕を取り戻す。


「整備士になりたい、と本人は言っていますから、それを叶えた上でパイロットになってもらうのが理想です。孤児ですから、お金に関する支援でどうにかなってくれるといいんですが」

「無理なのか?」

「そういうのを嫌がりそうな感じがあったので、他の方法を考える必要はありそうです」

「うーん、そうか」

「そこまでしなくても」


 話が大事になっていることから心配になったソフィアは割って入った。

 しかし、燗楽は気にせず悩まし気な表情だ。


「ソフィアさん、親は子を心配するものですから、させてあげればいいんですよ」

「そうですか」

「他により確実な案はないか?」

「あります。実現できませんが」

「言ってみろ」


 ソフィアを無視した燗楽の質問に答えたのは、竹浪だった。

 実現できないと前置きするが、促されて竹浪は話を続ける。


「学生に専用の機体をあげればパイロットをしてくれると思います」

「それは確かに。すぐに実現するのは無理だな」

「はい。しかし、パイロットになることも進路のひとつだと捉えてくれれば、可能性が高まると考えます」

「竹浪の言うことも一理あるかと。ソフィアさんと同じ2年生ですから、3年は猶予があります」

「具体的な話は今度しよう。他の方法も考えつつだがな」


 燗楽はそう言うとタブレットを取り出して、操作していく。

 話が終わったと理解した江刺家は燗楽に近づいて、タブレットを見た。

 タブレットには近くの観光地が表示されており、燗楽は悩まし気な表情だ。


「また、ツーリングですか?」

「久しぶりの一人休日だからな」

「ソフィアさんいますけど、家には帰らないんですか?」

「ツーリング行ってから帰るよ。ソフィア、母さんに言っといてくれ」

「うん」

「ソフィアさんはそろそろ帰った方が良いでしょう」

「そうだな。江刺家、頼んだぞ」

「はい」


 江刺家は頼まれたが、仕事が残っているからと竹浪と大下にソフィアを送らせた。

 駐屯地内にあった乗用車で送られ、長時間の沈黙からソフィアは話題を提供する。


「尾野はパイロットとしてすごいんですか?」

「すごいですね」

「あれは、おかしい」


 大下に続いて、竹浪が答えて続けた。


「ソフィア嬢も分かってると思うが、戦闘中に心拍の変動が少ないのはおかしい」

「はい」

「病気かと思って調査もしたが、そんなことも無かったから、あれはただの強心臓だ」


 後部座席の竹浪は呆れたような声で尾野の異常性をソフィアに伝えてくる。

 ソフィアは異常性を理解はしていたが、軍人からの言葉で再認識した。


「セオリスを使っても、尾野には勝てないでしょうか?」

「おっ、学生をパイロットに引きずり込む気か?」

「シミュレーターで勝てば興味を持たせるくらいはできると思いますが」

「悪くないな」

「聞きたかったんですけど、どうして尾野をパイロットにしたいんですか?」


 一瞬の沈黙が暗い車内を満たした。

 今までの軽い雰囲気がなくなり、ひりつくような感覚をソフィアは覚える。


「2年くらい前から大規模侵攻の頻度が増えただろう?」

「はい」

「捕まえられ、殺された人もいるけど軍は、パイロットと整備士の数が足らない」

「内陸国から人が派遣されていると聞きますが?」

「国防を任せられるならいいが、共通の敵がいるとはいえ外部の人間だからな」

「そうですか」

「数が足らないから軍は学生の内から唾つけておくんだよ。ま、それ以上に優秀な奴を遊ばせておくのはどうかと思ってな」

「そうなんですけど、尾野くんはあまり自分の優秀さを自覚してないですよね?」


 大下は竹浪の言葉と尾野の認識が違うことに気付いていた。

 竹浪自身もそれを分かっている。


「学生は他人よりも上手いとは思っているだろうが、どの程度まで上手いか理解してないだろう」

「パイロットに興味がないことも影響してそうですね」

「ローナ11オタクだから、そうかもな」


 ソフィアは現状のままでは尾野をパイロットには出来ない、と考えていた。

 その考えを見透かしてか、竹浪は「でも」と続ける。


「輸送車で聞いたと思うけど、学生は必要とされないものに魅力を感じないらしい。だから、勧誘し続ければ実を結ぶかもしれない」

「尾野くんの全てにおける基準かどうかは分からないですけど、悪くはないかもしれませんね。小隊長も言っていましたが、3年ありますからまだまだ可能性はありそうですね」

「乗り気じゃないか、大下」

「強い新人がいれば、もしもの時に助けてもらえるかもしれませんからね」

「そうだな、ソフィア嬢もどうにかパイロットに興味を持たせてくれ」

「はい」


 ソフィアがパイロット養成高校に着くと、周囲は暗く夕食の時間も過ぎていた。

 門の前で止まった車から降りたソフィアは、降りてきた竹浪に頭を下げる。


「ありがとうございました」

「ソフィア嬢、ついさっき連絡をもらったんだが、セオリスをそのうち学校に運び込むらしい」

「いいんですか?」

「セオリスのパイロットは他にいないからな。データ取るために動かしてもらうこともあるだろうから、準備しといてくれ」

「はい」

「じゃあな。互いに尾野をパイロットにするため頑張るぞ」

「はい。お休みなさい」


 パイロットに興味のない尾野をパイロットにしようとする軍人と学生。

 尾野にとって残念なことは、全員が乗り気なことだ。

 彼の知らないところで包囲網が狭まっていくのだった。

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