第24話 テレミナ88 ”セオリス”
最も遠い場所にいた尾野は急いで戻っていく。
乗降場の近くではライメイが歩行状態になるため、少しもたついていた。
尾野はもたつきが解消を待ってから、乗降場へ近づいていると無線機から酷いノイズと声を聞いた。
『尾野くん!』
声が耳へ届いた直前、尾野の乗ったライメイは上空から降下してきたキニケッソ99に蹴り飛ばされる。
それを開戦の合図だという様にキニケッソ99は演習場へ降下を始めた。
演習場で動いているローナ11はライドウ五式が2機と尾野が乗るライメイ1機だけ。
「……っ! いってぇな」
頭をさすりながら、転がっていたライメイを立ち上がらせる尾野。
HMDの視界には演習場に続々と降下しているキニケッソ99。
その数は100を優に超え、数えるのも嫌になるほど降下していた。
「機体ダメージ」
尾野が呟くと視界にライメイのCGモデルが出てきた。
そのモデルは右肩が薄赤くなっており、尾野が頭を動かして見ると右肩の外装がへこんでいる。
『尾野くん!』
「こちら尾野。無事。おくれ」
『ライメイから降りられるか? おくれ』
「無理だ。降りている間に捕らえられる。おくれ」
『逃げろ』
「無理だ」
キニケッソ99の動きを見ながら、尾野は無線で話していく。
森田との無線が雑になるが、尾野の現状では仕方がない。
降下して演習場に溢れるキニケッソ99は、すべて降下を終えて総数500に近い。
演習場はクレーターを整備した場所だ。
だから地下にあり、地上にもキニケッソ99が降下し、演習場にも降下している。
上へ行くにはトンネルを通る必要がある、しかしトンネルに逃げ場はない。
整備場へ繋がる道もシャッターを開く方法を尾野は知らない。
トンネルを通らずにスラスター移動で上がるにしても、上下から群がられれば逃げ場はない。
現状の尾野は演習場で逃げ回ることしかできない。
ライメイが陣形練習のために、武器を携行していないのも理由ではある。
『逃げ回れ』
「森田。武器をどうにか持ってきてほしい。おくれ」
『了解。おわり』
尾野の声は平時と変わらず、森田は走っており息が乱れている。
無線から聞こえてくる森田の声には、周囲の雑音が混じっており、生徒が周囲にいると尾野は理解した。
2人が話しているうちに、キニケッソ99は3機のローナ11に狙いを定める。
近接武器を持つ2機のライドウ五式は尾野から遠い場所にいて、彼は手を借りることもできない。
武器が来ると尾野は信じて、演習場をキニケッソ99から逃げ回る。
どこへ行っても敵はいて、攻撃手段を持たないライメイを追いかけてきた。
しかし、カサドールよりも機体性能が高いライメイを駆る尾野だ。
ゲームセンターのシミュレーターでは200体のキニケッソ99相手にカサドールで戦闘をした。
それと比べれば、ライメイで逃げ回ることは尾野にとって簡単な部類だ。
もちろん、ジェネレーターの稼働限界とバッテリーの残容量が尾野の寿命だが。
動き回っているライメイの中で尾野は爆発音を聞く。
視線を向けるとキニケッソ99が次々と爆発をしている。
2機のライドウ五式が戦闘を始めたようだった。
キニケッソ99はダメージを負い、動けなくなると自爆する。
尾野が見る限り、近くにいすぎたため爆発が連鎖しているようだ。
逃げ回りながら、周辺地図をちらちらと尾野が確認していくと、降下杭は駐屯地付近で着陸していると分かった。
駐屯地付近には青点と大量の赤白点がいて、援護は期待できない。
「武器があれば、どうとでもなるんだけどな」
状況に反して尾野は冷静だ。だからこそ、パイロットに適性があるのだが。
逃げ回っていると、ライメイの近くにキニケッソ99が増え始めたことに気付く尾野。
なぜなのかと尾野が地図を見ていると、青点2つがほぼ重なっていた。
尾野は逃げ回りながら2機の場所を見ると、腕と脚をもがれ胴部が歪んだライドウ五式の姿がある。
演習場にいるすべてのキニケッソ99は、尾野に向かって動き始めていた。
その時、絶え間ない発砲音が尾野の耳に届く。
尾野が視線を向けた先には整備場へ繋がるシャッターから出てきたライドウ五式が、アサルトライフルを連射していた。
逃げ回っていると幻導院から通信があり、応答する尾野。
『ハハハ、はるかちゃん。武器、持ってきたよ』
ライドウ五式に乗っていたのは整備士、後村渉だった。
ただし、声には力がなく、射撃の精度も悪い。
尾野はパイロットになることを諦めたと聞かされていたことから、まさか森田ではなく後村が応戦に出てくるとは、と驚いていた。
「今から向かいます」
『頼むよ。緊張で碌に狙いも定まらないんだ』
「すぐ向かいます」
後村のライドウ五式のもとへ尾野は急ぐため、両手の操縦桿を捻った。
演習場の地面をライメイの足が削り、各部のスラスターが巨大な体を高速で推し進める。
立ちふさがるキニケッソ99の直前で急停止後、すぐにライメイがジャンプすると低空でスラスターが再度噴射された。
10メートル前後のキニケッソ99の頭上近くまでのジャンプで、通常のジャンプよりも低空だが、体にかかるGが強いため、普通はしない。
しかし、尾野は急ぐというだけで身体に負担をかけて、後村の乗るライドウ五式の所に到着した。
『背中に着けてるから、取って』
「分かりました」
ライドウ五式の背にある刀をライメイが握ると、後村が武装解除してライメイが使えるようになった。
「LACS武器装備、右手。六半刀」
音声入力で武器の登録をすると、割り当てられた操作補助により攻撃の正確性が増す。
刀でもローナ11の大きさになると、ほぼ質量で切っているとはいえ、腹の部分と刃の部分では威力は違う。その為のLACSだ。
逃げながら登録を終えた尾野は、バッテリー容量、ジェネレーター出力と稼働時間を確認した。
生き残れるか、否か。
「現状のままだと生き残れるな」
しかし、尾野の呟きを察知したようなタイミングで後村から通信が入る。
『ッ! はるかちゃん、やられた! 手と足を持ってかれた』
「脱出装置は無理ですよね」
『使えても生身じゃ危険だ。それにコックピットを歪ませて出られないようにしている』
「しばらくは、そのままでいてください」
『そうしたいけど、いま、引きずられてる』
「急ぎます」
H種は人間を捕まえ、宇宙へ拉致する。
その先兵がキニケッソ99で、移動手段が降下杭だ。
過去戻ってきた人間はいて、彼らは人間が改造されていくの見たという話だ。
改造されて戻ってきた人間はいない。
H種に連れていかれたら、ほぼ死を意味する。
その認識がある尾野は、急いでキニケッソ99を倒し始めた。
少ない移動時間中に青点を見ると、3機を集めようと移動をさせている。
尾野は集団の真ん中にいる1体を切りつけ、機能停止に追い込むと急いで飛び去った。
足元で爆発するキニケッソ99は周囲も巻き込み爆発する。
連鎖を始めた爆発は仲間の爆発に気付いて、キニケッソ99が離れたことで収まった。
このままでも生き残るのは可能だが、3機を助けることを考えると敵が多すぎて尾野だけでは手が足りない。
選択を迫られた尾野は頭を悩ませながら、ペースを落とさずキニケッソ99を倒していく。それは選択しないという諦めでもあった。
近づいてきたキニケッソ99に攻撃を仕掛けようとしていた尾野だったが、高速で移動してきた何かにキニケッソ99を蹴り飛ばされた。
蹴り飛ばしたのは、白い細身の巨大人型有人兵器テレミナ88。
「……セオリス」
こぼれた言葉通り、尾野の目の前には布がかかっていた別世界の機体。
白い流線形の機体、高機動型テレミナ88、セオリスがあった。
パイロットがいないはずの機体は動いていた。
尾野の視界に通信が来ていると強調表示が出る。
動きが止まっていた尾野は少し遅れて幻導院からの通信に応答した。
『尾野、動きが悪そうですね』
「二ツ森?」
3機のライドウ五式以外に動いているローナ11はライメイだけ、であれば幻導院からの通信はテレミナ88のセオリスからだ。
『味方機は集められているようですね。のろのろしていると私とセオリスが全て倒しますよッ!』
言い終わるとセオリスはライメイ以上の速度で敵を倒し始めた。
諦めるつもりでいた尾野の顔にほんの少し、笑顔が浮かぶ。
これからだ、と動こうとしていると無線機からノイズが聞こえて尾野は耳を傾ける。
『こちら森田。尾野、聞こえるか。おくれ』
「こちら尾野。感よし。おくれ」
『尾野、二ツ森を手助けしろ。おくれ』
「了解。その前に森田は通路を閉じろ。おくれ」
『了解。おわり』
キニケッソ99がセオリスとライメイで分散され、余裕が少しできた尾野。
整備場への道を見ると、森田がセオリスを出すためにシャッターを開けており、そこから通信をしていた。
尾野はシャッターが閉じるまで、離れたところで逃げながら森田の安全を確保する。
閉じたことを確認すると、近くの敵から倒していく。
しかし、10体ほど倒し終えたところで尾野はキニケッソ99の動きがおかしいと感じて周囲を確認していく。
原因はセオリスの動きが悪く、ただ移動をしているだけになっていたからだった。
セオリスを追うために右へ左へ移動を繰り返すキニケッソ99。
慣れない機体で戦闘は難しいという良い例が尾野の前にある。
セオリスを追う集団へ突っ込んだライメイは、1体を切りつけて戦闘不能にさせた。
爆発の連鎖が始まり、すこしだけ時間ができる。
尾野は幻導院からセオリスを指定して、通信をしていく。
「二ツ森、動きが悪そうだな。調子いいのは最初だけだったか?」
『尾野は余裕がありそうですね』
「もちろん、3機を連れて行かないようにすることが出来れば問題ないからな。動ける機体が2機なら余裕も生まれるだろ?」
『降下船がじわじわと近づいています。さあ、急ぎますよ』
「こっちのセリフだよ」
そうして2機は、演習場内にいるキニケッソ99の掃討を始めた。
慣れていないセオリスで動き回る二ツ森と十全にライメイを動かせる尾野。
1体を倒す速度は如実に差が出てくる。
尾野が2体を倒している間、二ツ森は1体をダガーで切りつけ離れていく。
『なるほど。あなたが、尾野、ですか?』




