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第22話 整備士と整備士志望


 20人ほど乗れる電車には2人しか乗らず、そのまま動き出した。

 動き出すと整備場を眺める尾野。


「はるかちゃんは、どの程度の整備をしたことがあるんだ?」

「カサドールは授業程度で、ライメイは組みつけ、バイトでライドウ五式や三式の解体をしています」

「へー、そういうバイトもあるんだ」

「はい」

「この演習場にはライメイが20機、ライドウ五式が10機常備している。それ以外にはいま訓練している第三機動火器小隊のライドウ五式が10機。加えて、あれだ」


 後村が指差したのは、布のかかった機体だった。

 メンテナンス台に寝かせられているが、布がかけられておりシルエットも分かりづらい機体。


「あれは?」

「あれは、テレミナ88だよ」

「どうして演習場に?」

「色々あってね。今は見えないけど、これ」


 尾野は後村からスマホを見せられた。

 写真には布が除けられたテレミナ88がある。

 細い胴体に手足、カサドールよりもライメイの方がかっこいい、と言っていた尾野だが、写真のテレミナ88は彼の想像以上だった。


 全身が白く、シルエットは過去の戦闘機のように流線形。

 空力を考えて作られているようなテレミナ88だった。


「かっこいいですね!」

「これは高機動型テレミナ88、セオリスという」

「そうですか」

「かっこいい見た目以外には特に思う所はない?」

「え、はい。故障しても修復材料を与えれば、勝手に直るじゃないですか。整備し甲斐のない機械に魅力はないですね」

「ハハハハ、確かに整備士の商売あがったりだもんな」


 尾野のリアクションに戸惑っていた後村だが、理由を聞くと笑い出した。

 笑顔の後村に、セオリスの疑問を聞くことにした尾野。


「セオリスにパイロットはいないんですか?」

「なりたいと言っても、なれないのがテレミナ88の乗り手だ」

「扱いが難しいんですか?」

「そういう言い方も出来るかな。これ以上は言えないよ」

「いえ、あまり興味はないので大丈夫です」


 あまりの物言いに後村は尾野を見たが、何も気付かず車窓に張り付いている。

 その様子からテレミナ88への興味の薄さが窺えた。


「いま、整備場ではライドウ五式が6機整備中だ」

「どういう整備ですか?」

「ガスタービンエンジンの故障が2機、油圧ラインの点検、補修が4機だ」

「常備している機体ですか?」

「いや、演習に来ている小隊の機体だ」

「後村さんはその小隊の人なんですか?」

「違うよ。ここの整備場の人だ」

「小隊の整備士はいないんですか?」

「いるけど、急ぎじゃないから暇な演習場の整備士がすることになったんだ」

「色々あるんですね。常備している機体はどこにあるんですか?」

「格納庫にしまってある」


 後村が答えると電車は停まり、整備場に着いた。

 電車を降りて整備場に入っていくと、休憩室と書かれた場所に尾野は案内される。

 休憩時間で仕事をしている人はおらず、室内の喫煙所でタバコを吸う人が数人いた。


「隊長、パイロット学生ですか?」

「いや、整備士学生だ」

「スーツ着てますけど」

「諸事情だ」

「そうすか」


 ツナギを来た男は話を終えると、休憩室から出て行った。

 尾野は男を見送りながら、後村へ質問する。


「休憩中で人が少ないんですか? 挨拶のときも6人しかいませんでしたけど」

「演習場の整備士は6人だ。どの作業も一気に終わらせる必要はないからね」

「そうなんですね。あの、質問いいですか?」

「うん」

「コストの最もかからない武器は何ですか?」

「珍しいことを聞くなあ」

「自分は近接金属武器だと思ってるんですけど、実際はどうなのかと思って聞きたかったんです」


 尾野の質問に珍妙な顔をしながらも、後村は答え始める。

 休憩室内にいた2人の整備士も後村の話に耳を傾けた。


「エネルギー武器かな」

「ヒートダガーとかですか?」

「いや。より純粋なエネルギー武器だから、導電鞭とか。次にヒートダガーとパイルバンカー、プラズマ推進ライフルかな」


 プラズマ推進と名前が出ると尾野は無表情になった。

 後村の返答が意外であったことは間違いない。


「近接武器じゃないんですね」

「あれは確かにコストはかからないけど、ダメになると部品交換で対応できないんだ」

「ああ。そういうことですか」

「そう、部品交換だけで済むものと、武器そのものを交換するものってことだ。といってもエネルギー武器の部品は結構高価だから、純粋にコストを見るとトントンかもね」


 整備場内にチャイムが鳴ると、休憩をしていた整備士たちは外へ出て行く。

 後村は尾野の隣にいて、休憩室内に誰もいないことを確認した。


「そうか、廃棄やリサイクルの頻度が少ないと搬入、搬出の手間も減る」

「はるかちゃん?」

「はい」


 考え込んでいた尾野が顔を上げると、後村は頭を搔いていた。

 後村は少し言いづらそうにしながら、尾野へ質問する。


「はるかちゃんは、一度実戦をしたって聞いたけど、本当?」

「はい。どうして知ってるんですか?」

「母から聞いたよ。寮では君のいないところで話が出ているみたいだね」

「そうでしたか」

「戦闘してみて、どうだったか聞いてみたかったんだ」


 尾野は後村からの質問に不思議そうな顔をしながら、首を傾げた。

 その様子に後村は苦笑いを浮かべる。


「戦闘してみてですか? 案外どうにかなりましたね」

「ハハ、すごいな、はるかちゃん」

「ありがとうございます」

「いや、実は俺、パイロット学生だったんだけど、実習で戦闘を経験して無理であきらめたんだ。だから軍に入ってから整備の方に進んだ」

「そうですか」

「はるかちゃんには、実戦を熟せる適性があるんだね」


 諦めたことへ未練を感じさせない明るい話し方が、尾野にどうにもならなかったことなのだと感じさせた。

 実習の戦闘で一体、何が無理だったのか。尾野は疑問を口にせず、頷く。


「そうみたい、ですね。でも整備がしたいので」

「そうか。よし、これから整備するけど勝手に触らない、近付きすぎないこと、分かった」

「はい、分かりました」


 休憩室の近くで6人が整備をしている様子を眺める尾野。

 3人ずつ分かれて、ガスタービンエンジンを外すグループ、油圧ラインの点検を担当するグループに分かれている。

 ガスタービンエンジンは交換するのか、大きな治具が用意されていた。


 尾野が4班でしていた油圧ラインの点検、ジェネレーターの交換、バッテリー交換。どの作業もひとつひとつ確認しながら作業していた。

 しかし、軍の整備士は互いがすることを理解しているからか、チェックシートを持ってダブルチェックをするのも早い。

 尾野自身は把握しきれていない作業もあるから、確認しながらの作業になる。

 しかし、グループの仕事を全て把握しておけば、ここまで早くなるということを尾野は知れた。


「これ見たら、俺の腕は悪いな」


 圧倒された尾野が眺めているうちに、ガスタービンエンジンは治具に載せられ別のガスタービンエンジンが機体に載せられている。

 油圧ラインの点検も交換するラインを確認し、一部オイルが抜けるためメンテナンス台を動かしていく。

 メンテナンス台を動かし終えると、6人は集まってから休憩室へ入っていった。


「はるかちゃん、ひと段落したから休憩だ」

「はい」


 休憩室へ入ろうとしていた尾野だったが、スマホが振動していることに気付いた。

 スマホには森田からのメッセージが来ており、時刻は15時10分だ。


「後村さん、呼ばれたので戻ります」

「分かった。頑張ってね」

「はい。ありがとうございました」


 電車に乗った尾野は、森田以外にもメッセージが送られていたことに気付く。

 相手は西田と藤林だった。

 西田から『元気か?』と来ており、『元気で暇してたら、食堂のおばちゃんの息子が整備士してた』と西田へ送るも返事はない。


 藤林からは『ライメイ実機乗ったか?』と来ており、『これから乗る』と尾野は返事しておいた。

 どちらも昼休憩中に送ってきており、尾野が大盛りの食事に絶望していた時だ。

 藤林からはすぐに返事が来て『実機に乗ると悪いことが起こってんだから、気を付けろよ』と書かれていた。

 尾野は『気を付けるけど、怖いこと言うな』と笑顔になりながら返事をしていると、電車が停まった。


 乗り場に降り立った尾野の前には、二ツ森がいる。

 意外だったため一瞬、尾野の動きが止まった。


「尾野」

「うん?」

「薄ら笑いしてませんでした?」

「いやな言い方するな。同じ班の奴からの連絡で笑ってたんだ」

「はあ、そうですか」


 聞いておきながら興味のないことが分かる返事を返されて、尾野は頭を押さえる。

 二ツ森はそんな尾野を一瞥すると、背を向け歩き始めた。


「行きますよ」

「乗降場ってとこか?」

「はい、付いてきて下さい」


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