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第21話 クレーター演習場


 2人がパイロット養成高校に戻ってきたのは7時50分。

 生徒は校内に停められたバスの近くに並んでいる。

 森田を降ろした尾野は駐車場へバイクを停めて戻ってきた。


 駐車場へ向かった、ほんの数分の内に尾野の見る限り生徒は集合しており、彼を待っている状態だ。

 急いで並んだ尾野だったが、隣にいた二ツ森に場所を指定される。


「尾野は後列の端」

「おう」


 尾野が並び終えると、先頭から番号を言っていく。


「点呼!」

「1年50名、追加1名、総員50名。番号、いち!」


 二ツ森は25、尾野は51だった。

 言い終えると、先頭側からバスに乗り込んでいき、尾野は最後に乗り込む。

 尾野の席はバスの補助席、知らない人の間に挟まれる。


 出来るだけ左右を見ずに補助席を出した尾野は、シートベルトを締めた。

 尾野はリュックサックを膝に置き、抱きかかえて目を閉じる。

 バスが動き始めると、尾野は右側から頭をノックされ顔を向けた。


「なんだ?」

「尾野、パイロットになる気はないんですか?」


 右隣の席にいたのは二ツ森。

 尾野は森田からも同じ質問が来たこと、煽ったことを気にしていないかのような二ツ森の質問に驚いた。


「ない。死にたくないからな」

「パイロットは死ぬと?」

「違う、普通に生きてるより死ぬ確率が高いだろ。だからだ」

「なるほど」

「森田先生から、二ツ森に授業の事を聞くようにって言われたんだけど、教えてくれるか?」

「はい」


 尾野は二ツ森から、授業は5人1班で陣形練習をすること、3つの陣形を覚えて動くこと。尾野の班は二ツ森と同じ10班だということ、陣形練習をするのは16時頃だということを聞いた。

 「分かった」と尾野は返事をして、リュックを抱えて寝る体勢に入る。

 しかし、すぐに左側から頭をノックされて尾野は面倒くさそうに目を向けた。

 左隣にいたのは銀髪の女生徒。

 尾野には冷たく見える女生徒の目だったが、実際は眠たげに半眼なだけだ。


「パイロットにならないの?」

「え、はい」


 驚きつつも尾野が答えると、右側にいる二ツ森が紹介を始めた。


「尾野、隣にいる銀髪の子は北向ミラです」

「おはよう、尾野晴佳と言います」

「私も言ってなかったですね、二ツ森ソフィアです」


 見た目から尾野は分かっていたが、2人は別世界における地球人の血を継いでいた。

 尾野は思わず後ろを見て、座っている生徒たちの髪色を見ていく。

 赤と銀はほぼおらず、少数の黒、過半の緑と青。黄、桃、紫、橙が多い。


「どうかしました?」

「いや、やっぱりパイロット志望は別地球人が多いんだな」

「そうですね。戦闘に関する適性が高いというのは私たちの特性ですからね」

「尾野はパイロットになれば、すぐに成績は上位だけど、パイロットにならないの?」

「やりたいことじゃないので」

「ふーん、なら無理か。それなら整備士としての腕はいかほど?」

「班で作業するから分からないけど、悪くはないと思う」

「へー、整備士は4班制だけだっけ?」

「そうだけど」

「尾野は何班?」

「4班」

「じゃあ、合同授業は4班にする」


 北向は話を終えると、スマホを触り始めた。

 自分の用件を終えたら会話も終えるようだと尾野は二ツ森を見る。

 尾野の顔には少なくない驚きが見えていた。


「そういえば尾野、ライメイがあるんでしたか?」

「ライメイの交換条件で授業を受けてんだからな」

「そういう話でしたね。私も4班にします」


 話を終えた尾野は今度こそ、リュックを抱えて眠り始めた。



 二ツ森に声を掛けられ、尾野が起こされたのは10時のことだった。

 起きた尾野はバスが薄暗いトンネルの中を走っていることに気付く。

 特区の端にある演習場は、宇宙にいるH種の降下船が墜落した場所を整備して作られた。

 降下杭と呼ばれ、地面に突き刺さるような形状をしている降下船が墜落した場所は地下に深い。


 尾野たちが乗ったバスは、演習場の外周を下っていた。

 しばらく進んでいると、下り坂から平坦な道になり、片側二車線のトンネル内でバスが停まる。


「降りて二列横隊で点呼」


 森田が号令すると、尾野は急いで立ち上がりバスを降りた。

 点呼を終えた生徒たちは二列横隊のままでいると、バスはどこかへ進んでいく。

 これからどうなるのかと、尾野が待っていると森田は反対車線のトンネル内壁にある扉へ近づいた。


「二列横隊のまま、ロビー内で待機」


 森田の号令で開いた扉へ入っていく生徒。

 尾野も流れに乗って入ると、簡素で大きなロビーに出る。

 ベンチがいくつも並び、トンネルへ続く扉以外には2つしか扉のない場所だった。

 森田は受付を済ませると、二列横隊で並ぶ生徒たちに向き直る。


「1班から4班は更衣室で着替え、5班から10班は着替えを待ってから整備場へあいさつに行きます。ロビーでは静かに待機するように。あと、尾野くんは10班です」

「はい」


 尾野の返事を確認すると、森田はロビーの奥にある扉へ入っていった。

 1班から4班は続いて扉の奥へ行き、5班から10班は待機。

 尾野は二ツ森に扉を指差しながら、話しかける。


「二ツ森、あの奥には何があるんだ?」

「食堂、更衣室、地下道があります。整備場もそこから向かいます」

「陣形練習しているときは、他の班はここで待機か?」

「いえ、演習場を見る場所があるので、そこで待機になります」


 5分ほどして森田が扉を開け、5班から10班を呼んだ。

 着替えて合流した1班から4班と二列横隊になり、扉の奥を進んでいく。

 最後尾の尾野が扉から奥へ行くと、長い廊下が続いていた。

 トイレ、更衣室、休憩室、食堂、観覧場と書かれている所を通りすぎ、分かれ道で右へ曲がる。


 すると『整備場行き』と書かれた小さな電車乗り場へ出た。

 先頭から電車に乗っていき、20人ほどが乗り込むと電車は動き出す。

 尾野が電車の乗ることができたのは5分後の事だ。


 電車が動き出して乗り場から離れると、車窓から整備場の様子が見えることに気付いた尾野は窓に張り付く。

 布がかけられた機体、メンテナンス台に載って並べられている15機のライメイ。他にもライドウ5式が6機メンテナンス台で横たわっている。


「これから挨拶に向かうんですよ」

「知ってるよ。二ツ森はこの演習場によく来るのか?」

「5回目です。陣形練習以外ではここに来たことありません」


 話を聞きながらも尾野は整備士養成高校の整備場と大きさを比べていた。

 整備士養成高校の整備場、2年生用の整備場と比べた場合、5倍以上の広さを持っている。

 校内全ての整備場を合わせれば、養成高校の整備場の方が大きい。


 整備場側の乗り場に到着すると、再度二列横隊に並びなおして整備場へ入っていく。

 森田が1人の整備士に挨拶すると、整備士が集まって挨拶を始めた。

 整備士の数は5人だけだ。


「よろしくお願いします」


 挨拶を終えると、1班から3班がライメイに乗りこみ、4班は乗降場へ移動。5班から10班は演習場を見る場所へと移動を始めた。

 尾野はロビー行きの電車に乗り、ロビーまでの途中にある観覧場と書かれた扉に入っていく。


 扉の先には階段があり、上がっていくと尾野の体感で5階くらいの高さだ。

 上りきった階段の先の扉へ入ると、階段状の観覧席があった。

 学生以外には誰もおらず、分厚いガラスで覆われた観覧場。


 尾野は最前列へ向かって演習場を見下ろすと、広大な演習場の部分は四角形だ。

 バスで移動していた道は円形のため、尾野の想像とは違っていた。

 視線の先にはライドウ五式が2機小さく見え、広さがよく分かる。

 降下杭が墜落した場所を整備しただけの演習場だが、降下杭そのものの大きさは異常だ。


 尾野がライドウ五式の訓練を見ていると、観覧場の正面にある金属製の大扉が動き始めた。

 扉が開くと、15機のライメイが歩行で出てくる。陣形練習のため、武器は持っていない。

 演習場の真ん中に10機が並び、5機はライドウ五式とは逆の方向で練習を始めた。

 尾野はしばらく陣形練習を見ていたが、練習内容が分かってからは見ることをやめた。

 すると、尾野の隣に二ツ森が座る。


「尾野、ライメイはシミュレーターで動かしたんですか?」


 二ツ森は尾野がカサドールしか乗ったことないという話から、授業が出来るのか心配で聞いている。


「もちろん、ある程度慣れた」

「どの程度、ですか?」

「機体性能が高いから、カサドールよりも動けてる気がするな」

「な、なるほど」

「うん? そういや聞きたかったんだけど、パイロット学生はいろんな実機に乗るのか?」

「複数種類の実機ということですか?」

「そういうこと」

「カサドール、フライコーア、ライメイ、ハクドウ、ライドウ三式、ライドウ五式ですね」

「練習機が4機、制式採用機が2機か。乗りすぎだろ」

「機体の違いを掴むために授業で乗りました」

「そうか」


 尾野はチラリと隣にいる二ツ森の顔を窺い、考え込むようにこめかみを押さえる。

 悩むような顔をしていた尾野だったが、吹っ切れた顔で二ツ森の方を見た。


「そういえば、俺が随分と煽ったけど、それからどうなった?」


 聞くと、二ツ森は驚いた表情で尾野を見ている。

 その表情は尾野以外が見ると「お前が言うか?」と語っているのは分かる顔だ。

 答えを渋るような二ツ森に代わって、近くにいた北向が割って説明していく。


「ものすごい嫌われてるよ」

「そうか」

「でも、先生が実際負けたんだから、模擬戦でリベンジしろって」

「え、森田先生が?」

「うん」


 尾野は森田の事だと分かった途端、笑顔になった。

 誰の目にも分かる笑顔で、北向と二ツ森はその顔を見て怪訝な顔をする。

 気付かない尾野は笑いながら、


「整備士を馬鹿にするパイロットがいないなら、別に俺を馬鹿にしてもいいぞ」


 と、調子のよいことを言っている。


「尾野を馬鹿にする人はいるかもだけど、整備士を馬鹿にするパイロットはいない」

「先輩がビンタされたとは聞いてるぞ」

「あー、そういう先輩もいたけど退学になったって」

「ならよかった。そうじゃない場合はクラスの奴らに、整備士志望の俺に負けた奴らだって煽ってやろうと思ってたからな」

「出来るならやめてください」

「冗談だ」


 結局、1時間ほど尾野はベンチに座って見ているだけだった。


 12時前には陣形練習が終わり、生徒たちは集まると食堂へ向かう。

 食堂はメニューが決まっていて、トレーに決まった料理が載せられていく。

 尾野は最後尾で並んでいると、パイロット学生たちのトレーに大盛りの料理が載せられていくのを見た。


 食べ盛りとはいえ、整備士の授業を受けている軍属でもない整備士学生の尾野。

 軍属ではないとはいえ、食べ盛りで訓練に精を出しているパイロット学生たち。

 尾野は食事量は特に多くない。

 列が進み、尾野のトレーに食事が載せられる順番になる。


「少なめでお願いします」

「なに言ってんの、学生はしっかり食べるように」


 無情にも希望を砕かれた尾野のトレーには、他の生徒たちよりも少し多めに食事が盛られている。

 絶望しながら尾野は着席した。


「いただきます」


 号令と共に食事が始まると、尾野は長机に並ぶ学生たちをそうっと窺う。

 男子は豪快に食事をし、女子もそれに負けない速度で食事を進める。

 量の多い食事を見て、溜め息をひとつ、尾野は食事を始めた。

 昼休憩の時間は1時間、尾野が頑張って食べていると、馴染みある汚れの付いたツナギの軍人が歩いてきた。


 もちろん、軍事施設でいる人に尾野は馴染みがない。

 しかし、オイル汚れのツナギに尾野は馴染みがある。近づいてきたのは整備士だった。


「整備士学生の制服。もしかして君が、はるかちゃん?」

「はい。尾野晴佳です」


 食事の手を止めた尾野は、整備士の慣れている「はるか」呼びに答えた。

 尾野をはるか、と呼ぶのは少数だ。

 バイト先の先輩である小山と食堂のおばちゃん2人だけ。

 どちらの関係者なのか、と尾野が考えていると自己紹介がてら教えてくれる。


後村渉あとむらわたるだ。整備士高校の寮で食事を作っているのは、母だよ」

「はじめまして、尾野晴佳です。今朝も寮の食事を頂きました。お世話になってます」

「ハハハハ、今朝方に母から電話があってね。もしかしたら来るんじゃないかってことで」

「そうでしたか」

「整備士志望なんだし、整備場の案内と見学でもしないかと思ってね」

「先生に相談してみます」

「分かった。食堂にいるから、結果が分かったら教えてもらえる?」

「分かりました」


 後村が去った後、尾野は出来る限り素早く食事を終わらせた。

 もちろん、パイロット学生は全員が食べ終えてから数分経っている。

 食事を終えた尾野が森田の所へ向かうと、食後のコーヒーを飲んでいるところだった。


「森田先生。整備士の後村さんから整備場の案内と見学をしてもらえるそうなんですけど、行ってもいいですか?」

「10班が陣形練習する前のライメイ練習まではいいです。15時頃には連絡しますから、気にしておいてください」

「わかりました」

「あと、パイロットスーツに着替えてから行ってください」

「はい」


 返事をした尾野は、後村に許可が出たことを伝えると更衣室へ入った。

 ロッカーに荷物を入れて、オレンジ色のパイロットスーツを着る。

 持っていくのはスマホとネックサポーター、手袋、水筒だけだ。

 尾野が更衣室を出ると、後村が待っていた。


「よし、行くか」

「はい」

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