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第20話 不思議な話


 2069年3月22日、金曜日。時刻は6時55分。

 尾野はパイロット養成高校の正門前でバイクのエンジンを掛けたまま、固まっていた。

 今日は週に1回の授業で、集合時間は朝7時のはずだった。


 しかし、尾野の考えを否定するように正門は閉じられている。

 スマホを取り出した尾野は森田からのメッセージを見ながら、誰もいない正門で昨日のことを思い返し始めた。


 森田からのメッセージは水曜日の夜にあった。

 尾野が気付いたのは木曜日の朝の事だ。

 その日は1時限目から整備で2時限目に入った尾野は、ライメイのコックピットに座って、搭乗口を開けたままボーっとしていた。


「何してんだ尾野。来月には合同授業始まるんだぞ」

「ああ。森田先生から明日の授業で連絡が来てな」

「ああ。お前はそれで他の班のオイル交換を手伝わなくていいんだって聞いたけど」

「1日授業らしいからな」

「1日中エリートたちといるとは辛いな」

「授業がさ、特区の端にある演習場でするらしいんだ」

「いいなぁ、オイル交換休めて」


 西田の言い草に尾野は腹を立てるも、オイル交換には参加しない。

 13メートルあるローナ11のオイル交換は忙しいというよりも、とても面倒くさいものだ。

 だから、そう言われても尾野には言い返すことができない。


「でな、陣形練習をするみたいなんだ、実機で」

「へー、機体は?」

「ライメイとは聞いてる」

「いいじゃねぇか」

「でもなぁ、前回の授業で盛大に向こうの奴らを煽ったから、行くのが嫌なんだよな」

「それは、ただの自業自得だよ」


 2人が話していると、藤林が尾野へ文句を言ってきた。

 ボーっとコックピットで虚空を見つめる尾野は、うわ言のように「だよな」と呟く。


「で、尾野。OSの更新とLACSの確認は終わったのかよ?」

「もちろん。だからボーっとしてんだ」

「やることは馬鹿みたいに多いんだよ。明日は1日いないんだから、仕事しろ」

「班長、知ってたのか?」

「熊野から聞いたよ。朝一だろ、どこ行くんだ?」

「特区端の演習場」

「クレーター演習場かよ。てか、1日授業ってのは交換条件に反してるんじゃねぇのかよ?」

「俺もそれに文句言ったんだけどな、実際に授業を受けるのは2時限分くらいだからって」

「ズルい解釈されたんだな。でも、どうしてそんな授業になったんだよ?」

「向こうの森田先生は別の授業にする気だったらしいけど、竹浪っていう軍の人がちょうど1週間後だからって、すすめてきたらしい。ライメイに乗るらしいから良いだろってな」

「まあ、尾野にとってはうれしくないだろうけどよ。良い機会だからライメイの扱いに慣れてこいよ」

「りょうかーい、班長」


 授業を終えて、部屋へ戻った尾野はネットで陣形に関する内容を調べていた。

 調べてみると思いのほか少なかったことから、尾野は知っている人に聞くべきだと森田へメッセージを送る。


 内容は『明日の授業で使う陣形について教えてください。食事の返事待ってます』というものだった。

 尾野は森田とメッセージを試しで送り合って以降、その日の内に煽ったことの謝罪をしている。その後は森田を食事へ誘い、授業の連絡以外にメッセージは送られていない。


 恋愛に明るくない尾野は食事の場を設けて、森田の事を知ろうと考えていた。

 メッセージを送ってから5分程経つと、返信があった。

 内容は授業で使う陣形は二列縦隊、横隊、方円の3つ、それらに移動が加わるだけだから覚えて欲しいとのことだ。


 授業の内容が分かったことに安堵した尾野だったが、強く求めていた答えは帰ってこない。

 押し続けることしかできない尾野は、食事の連絡を催促するメッセージを送る。

 すると、すぐに返事があった。


『明日は午前7時に集合、バスで演習場へ移動して10時頃には2班ごとに陣形練習開始。12時の食事は演習場内の施設で食べ、17時頃終了予定です』


 返事を見て、尾野は確かに食事の話をしているから、これ以外に返事をする気がないと受け取った。


「そもそも、ダメで元々だ。問題視されないかぎり押せるという話でもあるな。いや、文句を言われたら、ダメだから……」


 その日、寝るまで尾野はどういうスタンスで森田へアタックするかを考えていた。

 翌朝、6時20分。

 準備を終えた尾野は制服に着替えて、食堂へ来ていた。


「おはよう。おばちゃん」

「おはよう、はるかちゃん。ホントに早起きしたのね」

「もちろん」

「ほら、これ」

「ありがとう」


 食堂のおばちゃんに挨拶をした尾野は、朝食を受け取った。

 今作っている料理ではなく、昨日の残りをアレンジしたものだ。

 いつもの朝食よりも量が少ないが、尾野はそれに目を瞑った。


 誰もいない食堂で朝食を食べる尾野は、スマホにメッセージが来ていないかと確認する。

 もちろん、通知はなにもない。

 スマホでニュースを見ながら尾野は食事をしていると、日本海側でD種の襲撃があったと書かれている。


 ここ2年でバリアントの襲撃頻度が増加しており、尾野の見ている記事によるとジャーナリストの考えでは、このまま増えると来年以降は養成高校が3年制になると書かれてある。

 養成高校が出来た当初は3年制でパイロットも整備士も卒業して、軍へ入った。

 しかし、4年前からバリアントの襲撃頻度が減少していたことで5年制に変わっている。


「俺は5年通うつもりなんだけどな」


 食事を終えた尾野は、荷物の再確認をしていく。

 リュックの中にはパイロットスーツ、手袋、ブーツ、借りたネックサポーター、水筒2つ、タオル、着替え。

 確認を終えた尾野は食堂のおばちゃんに挨拶をして、バイクでパイロット養成高校へ向かって行った。


 そうしてパイロット養成高校へ着いたのは6時55分。

 正門は開いておらず、人気の無い状況に尾野はバイクへ跨ったまま固まっていた。

 中型自動二輪車の2気筒エンジンがアイドリングしており、静かな場所ではよく響いている。


 尾野は寝起きの頭で状況が理解できていなかったが、一先ずエンジンを切る。

 スマホを取り出して、森田へ連絡しようとしていると耳に声が届いて尾野は動きを止め、ヘルメットを外した。

 周囲を見ると、校内から疲れ切ったような森田が走りながら尾野へ手を振っていた。


「おはようございます。森田先生」

「おはよう、尾野くん」

「それで、何かあったんですよね?」


 手を広げて周囲を見回す尾野の動きに、苦笑いが隠せない森田。


「はい。実習担当の西舘先生が集合時間にゆとりを持っていた元の時間から、1時間遅らせました」

「昨日の事ですよね?」

「はい、授業を担当する西舘先生が体調不良で私に代わったんです。そこで今日の朝、発覚しました」


 尾野はこれ見よがしに大きく溜め息を吐いて見せる。

 それを森田は疲れたような笑顔で見ながら、頷いた。


「その先生のことは後から聞きます。森田先生は朝食済ませましたか?」

「いえ、生徒と同じ時間に食べようかと」

「今から、仕事はありますか?」

「ありません。バスの誘導も生徒の点呼も他の先生がしてくれるそうです」

「じゃあ、今から朝食を食べに行きましょう!」


 尾野の言葉を聞いた森田は、何を言われているか分からないと言いたげに首を傾げた。

 その様子に笑う尾野はヘルメットを被りなおす。


「森田先生、ヘルメットはありますか?」

「はい、授業でも使いますから」

「それなら早く持ってきてください。ほら、急いで」


 寝ぼけているのか、尾野に急かされた森田は校舎へ戻っていく。

 帰って来た時にはヘルメットを抱えており、尾野はそれを見て満足そうに頷く。


「はい、リュック背負ってください」

「はい、って尾野くん本気ですか?」

「本気ですよ。森田先生、謝罪も兼ねて朝食を一緒しましょう、という事です」

「BLTにしてください」

「りょうかーい」


 渋々リュックを背負った森田だったが、口では朝食の指定までする。

 行動と言葉が矛盾した森田を乗せて、尾野はバイクを走らせた。

 特区内はコンビニとガソリンスタンド、他には養成高校と軍事施設しかない。

 だから、特区は広く更地ばかりだ。


 見渡す限り車両のいない道路、信号機の数が少ないことを知っている尾野はスピードに身を任せてアクセル捻った。

 6時55分頃に出発した2人が特区と民間居住区の境に着いたのは、7時10分。それから2分と経たずにファストフード店へ着いた。

 尾野は駐車場にバイクを停めて、ヘルメットを外していると背中を叩かれる。


「どうしました森田先生?」

「飛ばしすぎ。どう考えても法定速度以上は出ていたでしょう?」

「特区内は安全に運転できる速度規定ですから、周囲の環境で速度の規定が変化します」

「それでも、飛ばしすぎ」

「はい、ごめんなさい」


 思いのほか尾野の聞き分けよいことで、それ以上言うことなく森田は店へ入っていった。

 後を追って尾野が入ると、客は全くおらず森田が注文している。

 森田の注文を聞いていた尾野は、どうやら常人よりも注文が多いのでは感じた。

 尾野の順番になり、ホットコーヒー、エビたまごからしマヨサンド、ポテトを頼むと、支払い中に出てきた。

 テーブル席で商品を待つ森田の対面に座った尾野は、聞きたかった質問をしていく。


「それで森田さん、西舘さんとはどういう人なんですか?」

「あの人は、整備士を下に見ている人ですね。だから今回の実習も尾野くんが待ちぼうけするような時間にしたんでしょうけど、体調不良になるとは。いい迷惑です」


 森田から出てきた「いい迷惑」という言葉に尾野は驚いていた。

 分かりやすくマイナスなことを言う人だと、尾野は思っていなかったからだ。


「森田さんも『いい迷惑』とか言うんですね」

「言いますよ。本当は今日休みの予定だったんですよ。電話で起こされたと思ったら、体調不良だから代わるように言われて、しかも尾野くんへ連絡した時間とは違いますし」


 森田の視線が下がり、一点を見つめながら声がしりすぼみになっていく。

 尾野はそれを見て、随分といい迷惑だったんだと納得した。


「お、お疲れ様です」


 尾野の言葉を疲れた顔で聞いた森田は呼ばれて商品を取りに行った。

 帰ってきた森田が持つトレーは2つある。

 思わず二度見した尾野はトレーに載る商品を数える。

 サンドが5個、ポテトは2つ、ドリンクは大きいサイズだ。


「結構……食べるんですね」

「軍人はもっと食べますよ」

「森田さんは軍属なんですか?」

「はい、怪我をして高校の指導員になりました。さ、食べましょう」

「はい、いただきます」


 食べ始めると、間を見て尾野は話しかけようとしていたが、逆に森田から話しかけられた。


「尾野くんはパイロットになる気はないんですか?」

「はい、パイロットになる気はありませんし、整備士の方が楽しいです。それに戦いをしたとは思わないんです」


 尾野が苦笑いしながら返答すると、森田は食事をしていた手を止める。

 森田は尾野の方を向いていたが、うつろな目は尾野以外を見ていた。


「パイロットでも戦いをしたいとは思わないんですよ」

「大体の人はそうだと思いますけど、避けられないことだと分かってパイロットになるんですよね?」

「そうですけど、体感してみないと分からないこともあるんですよ」


 しみじみと呟く言葉に尾野は実感がこもっていると感じ、話題を変えていく。


「そうですか。ちょっと聞きたかったんですけど、森田さんは辛いものが好きなんですか?」

「はい。他では食べないんですけど。そういえば、ここでは食べますね」


 森田の前にあるサンド5個のうち3個は辛味の強いものだ。

 まるで味を感じていないかのように、おいしそうに頬張る森田。

 尾野は驚きのあまり食事の手を止めてジッと見ていると、1つのサンドを食べ終えた森田が質問をしてきた。


「パイロットになる気はないのに、カサドールでライドウ五式を倒せてしまうんですか?」

「あれは相手の問題です。面制圧していればカサドールはもっと早く倒せましたし、そもそも近接戦もライドウ五式の方が強いですから、練習不足でしょう?」

「生徒たちも頑張っているんです。でも近接戦は遠距離からの切り替えが難しいので不得手な生徒が多いかもしれませんね」


 話がひと段落したのか、2人は示し合わせたように食事に集中する。

 尾野は森田よりも食事を終えるのが遅く、時刻は7時40分。

 駐車場でリュックサックを渡した尾野に森田は授業の話をし始めた。


「授業の説明は二ツ森さんに任せていますから、聞いておいてください」

「はい」

「あと、尾野くん、指導員が言うことではないと思いますけど、安全に、なおかつ飛ばして帰ってください」

「分かってますよ!」


 後ろに森田が乗ったことを確認すると、尾野はアクセルを捻った。


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