第2話 操縦する理由
『そういやさ、プラズマ推進ハンドライフルって班長知ってたか?』
「俺もそれ聞きたかった」
データ確認していたのを止めて、尾野はシートにダラリと体を預けた。
データの書かれた紙を丸めてみる事すらしないのはまだまだ確認があるから、いつ終わるのか考えると嫌になったようにも見える。
『知ってたけど、軍では使う人がいないオモシロ兵器だってことくらいだよ。それより西田はプラモが好きなのか?』
「班長、知らなかったのか?」
『興味ないから知らないよ。そもそも実機の整備をしてるのに必要かよ?』
尾野でも人の趣味には口出ししないのに、藤林は必要性すら疑問視していた。
その言葉に電話口から大きく息を吸うような音を尾野は聞いた。
『ッ班長! ローナ11は13メートルあるんだぞ。実機は全てを視界に収められないだろ。そんなこと言えば、班長だってバイク免許必要ないだろ!』
バイク免許という言葉にうるさそうに顔をしかめていた尾野は目を見開いた。
彼自身も彼女の免許取得話を聞いていたからだ。
「そう言えば、免許取ったんだ班長。どういうバイク買うんだ?」
『一緒に免許とった五戸と相談中だよ。尾野はどういう基準で選んだ?』
「まずは見た目、次に試乗すること、最後は用途と金額だな」
『試乗はした方がいいのか?』
「もちろん。想像してたより動きが遅かったり、アクセル操作が難しかったり、いろいろあるから試してみた方が良いな」
実際、尾野が乗っているバイクはアクセル操作がし辛い方だから、藤林や五戸に乗ってみろと言いづらいバイクだ。
『よし、休憩終わり。尾野、帰るまでに出て来てなかったら電話するよ』
「頼む班長。じゃ」
『ああ』
電話を終えると、すぐに作業を再開する尾野。
しかしすぐに確認しているデータとLACS上のデータには普通であればないような差異が見受けられた。
例えば銃身の肉厚が違うこと、データよりも少し薄いのだ。
ハンドライフルの充電容量が更新されたのか少ないこと。
明らかにデータ上の武器よりもコストカットが見受けられた。
しばらくしてデータの修正と確認、武器の登録を終えて、尾野はスピーカーボタンを押して注意を呼び掛けた
「コックピット開けるからな」
『全員近くにいないから、開けろよ』
尾野が頭上にあるハンドルを引っ張ってから回すと、少しして搭乗口が開いていく。
外に出ると整備場の窓は暗いオレンジ色で、自然光だけではバイクの整備が出来ない時間になっていた。
「班長、帰ってなかったのか?」
「いや、片付け後の確認してたんだよ」
「そうか。もう放課後?」
「まだ。もうすぐ熊野先生が来て、今日の報告して終わり」
「他の班もまだ作業してるんだな」
「うちの班よりもすることは少ないけど、馬鹿みたいなカスタムしてるからだよ」
「だな」
1班の赤色のカサドールは外装を追加している重い機体。
2班の青色のカサドールは油圧ポンプを交換し、携行重量を増やして多くの武器を積んだ機体。
3班は緑色のカサドールで外装の形を変えて、見た目がカサドールではない機体だ。
「尾野、放課後まではかからなかったか」
「はい」
「熊野センセイ、報告」
「ああ」
チャイムが鳴ると同時にやってきた熊野は、尾野を見て安心していたが、藤林から呼ばれるとビクッと背筋が伸びている。
藤林が報告を終えるまで、尾野はその場で待っていることにした。
その顔は怯えたゴリラ顔を心配しているのが分かっただろう。
「尾野はデータの修正、確認と脱出装置内側の点検」
「熊野先生、データの修正なんですけど、実データとLACSのデータに差異がありました」
「多少はあるだろう」
「銃身の肉厚、充電容量の減少、グリップの形状も違いました」
「ホントか?」
「はい、実データにLACSのデータを書いてますから、確認しておいてください」
「分かった。確認してみる。じゃ、気を付けて帰れよ」
「寮は校内にあるけどよ」
「熊野先生、さよなら」
藤林が熊野の言葉にツッコむと笑顔で手を振り始めていたゴリラ顔は引き攣った。
立場としては逆なのに、尾野の目には藤林の方が強く見える。
尾野はまず寮へ戻ると、急いで風呂に入る。
17時には出てきて、夕食時間になる18時には寮の食堂で待機して班員を待つ。
寮の食堂で1年4班の男子8人が揃って、手を合わせた。
「いただきます」
食事を始めると尾野だけが箸をとって食べ始め、7人は黙ってそれを見ていた。
何を言いたいのか尾野は分かっているが、出来るだけ無視して食事を続ける。
しかし、それを許さないように微動だにしない14の目。
「尾野」
「西田。杏仁豆腐、もらうぞ」
「ああ。尾野、次のパーツはCPUだよな」
「いやいや、脚部ダンパーだろ」
「姿勢制御用のスラスターだよな?」
「油圧ポンプ一択だろ」
「カメラだ」
「バッテリー更新」
「70mmハンドガンだよね」
「はぁ……そんなに希望があるなら、試運転者をかわってくれ」
7人が言っているのは年に3回ある新規パーツの支給を何にするかという事だ。
4班は試運転者を尾野に頼みこんで全員で押し付けているから、パーツの決定権は尾野にある。
尾野にとっては期間がある限り続いている恒例行事のようなものだ。
「無理だから、尾野に頼んでんだぞ」
「胸張って言う事じゃねぇだろ西田。パイロット志望だったろうに」
「シミュレーターが無理だった奴に実機が乗れるわけないだろ」
「そうか。それなら各自プレゼンしてくれ。よかったら採用するからな」
そう言って食事を再開した尾野。
食事に手も付けず、席を立って話を始めたのは古里浬だ。
班の中では人間関係調整役みたいなことをしていると尾野は思っている。
「俺はカメラにするべきだと思う。理由としてカサドールのカメラは交換してないからだ。4班の手元に来て1年だぞ、カメラの数は50個あるんだから最低でも水平用のメインカメラ8個は変えた方がいい」
メインカメラは水平の8個、上下の8個あってHMDの動きに対応した映像を映し出す役割を担っている。
他にもカサドールの体中にカメラが付いており、メインカメラが損壊した場合の代わりになるように42個付けられている。
多すぎると尾野は思っているが、足りなくなる状況があればそれはパイロットの死を意味するから、整備の手間は度外視だ。
実際、練習機で50個。制式採用機体はもっと多く、継続戦闘能力と生存能力を高められている。
実際の軍人が減らしていないことからも、有用性はあるということだ。
古里のプレゼンが終わると、班員達が続々とプレゼンをしていった。
次のパーツは心の中で決まっているから、尾野はプレゼンを聞き流している。
食事を終えても、しばらく腕を組んで眉を寄せていた尾野。
見た目からはしっかり話を聞いた風を醸し出していた。
「全員微妙なプレゼンだったから、コックピットダンパーにするからな」
「尾野、前もコックピット関係だったろ」
「カサドールはコックピット内壁が共振してうるさいんだよな」
「試運転者の特権か」
「うるせぇ。欲しいパーツがあるなら試運転かわってくれ」
尾野が立ち上がると、誰も声を上げることはなかった。