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第19話 パイロット養成高校2年 二ツ森ソフィア

 □


 2069年3月15日、金曜日。

 1時限目が終わり、二ツふたつがもりソフィアは森田から頼まれ、正門で人を待っていた。

 整備士養成高校から授業を受けに来るという生徒で名前は、おのはるかと彼女は聞いている。

 女性だと思っていたが、バイクの音が聞こえてきてソフィアが目を向けると男だった。


 ソフィアは父が乗っているバイクよりも排気量が低いと考えていると、ヘルメットを取った顔がゲームセンターで見た顔だと気が付いた。

 3月9日、ソフィアは北向ミラの勧めでカサドールを使って無傷で倒したという記録を見に行っている。

 ついでにライドウ五式で記録に挑戦をしていたが、ソフィアは達成できていない。

 その時のことを思い出して、ソフィアはとげとげしく尾野に対応したが、まるで気にしていないように彼女には見えた。


 2時限目が始まる前に、シミュレーター棟へ入る。

 整備士志望が授業を受けに来ることを睨みつける視線をソフィアは感じながら、列に並ぶ。

 尾野は視線に込められた悪意を逆撫でするように、整備士志望だと自己紹介する。

 ソフィアはあまり気にならなかったが、それは理由を知っているからだ。


 知らなければ、他の生徒と同じだっただろう。

 授業が始まり、一度はシミュレーターへ入っていくが、生徒たちは外に出た。

 森田は状況に頭を押さえながら、聞こえるように呼び掛ける。


「尾野くんが数戦終えたら、授業に戻ってください」


 生徒たちは返事をしていると、森田が壁面液晶に尾野が乗るシミュレーターの映像を出した。

 最初は何も映していなかったが、ローナ11選択画面になって映像が見えるようになる。

 映っていたのは練習機カサドール。

 シミュレーター棟が機械の音ではなく人の声で騒がしくなる。


「二ツ森」

「北向、どうしたの?」

「あれ、あれが私の見たカサドール」


 黄土色で胸部に『4』と書かれたカサドール。

 ソフィアは先週の土曜日にミラから聞いていた。

 無傷でキニケッソ99を200体倒したという話だ。


「尾野くんはシミュレーターでもカサドールしか使ったことがないらしいです」


 ざわつく生徒たちに森田が事情を話すと、少しは静かになった。

 模擬戦が始まるということで、生徒のうち数人がシミュレーターへ乗り込んだ。

 始まった模擬戦は、誰の目で見ても普通ではなかった。


 カサドールがライドウ五式を動きで翻弄し、垂直降下ミサイルをハンドガンで撃ち落とす。

 1試合目が終わると、生徒たちは急いでシミュレーターへ乗り込んだ。

 ソフィアも尾野と戦闘をしていたが、ラストスタンドというパイロット養成高校の特別メニューが強制的に始まることで中断された。


 彼女にとっては運が良いのか、ラストスタンドの最後の相手が尾野だった。

 遠距離から腕と脚を持っていったが、そんな状況でも向かってくる。

 ハンドガンをエネルギーシールドで受け、刀をヒートダガーで受け止めるソフィア。

 アサルトライフルを向けると倒れ込むが、すぐに飛び上がって刀とダガーを上から刺された。


 焦ったように操縦桿を動かすも、ソフィアの視界には動かせないと表示される。

 腕が使えない状態で立ち上がるにはスラスターで推力を得て、起き上がる必要があった。

 しかし、起き上がれたとしても彼女には対抗手段が蹴りしかない。


 操作靴を使って、マスタースレイブで足を動かそうとしていると、カサドールからハンドガンを向けられた。

 ソフィアは急いでエネルギーシールドを使って防御する。

 這いずってきたカサドールが頭部に銃を向けたため、下を向いて緊急回避をした。銃弾を避けたが、彼女は対抗手段が思いつかない。


 武器を持つ方が強いから、勝てない。ソフィアの思考は解決策を探り続ける。

 しかし、相手は容赦がなかった。

 空へ飛び上がったカサドールが残った脚を伸ばして、急速降下してくる。


 緊急回避をするも、間に合わずにコックピットを踏みつぶした。

 寝ていた状態のコックピットが起き上がって、ソフィアは停止スイッチを押す。

 シミュレーターから出ると、ここにいるパイロット志望50人が整備士志望1人に負けたという事実がソフィアに怒りを感じさせる。


 相手はカサドール、こちらはライドウ五式。

 勝てないはずのない模擬戦とラストスタンド。

 ソフィアの試合は油断が勝ちを与えているからこそ、苛立ちが大きい。

 さらに、彼女は尾野が相手へ容赦なく攻撃していたことも苛立つ要因だった。


 シミュレーターから出てきた尾野を見て、ソフィアは怒りを顔に表した。

 まるで疲れたように見えない、出会った時と同じ顔の尾野。

 ソフィアは自分が尾野から見えていない、見られていない、相手にされていない、そう感じて会釈していた尾野の肩を押した。

 眼中にない。ソフィアはそう感じてしまい、彼女の自尊心を大きく傷つけた。


「倒れた相手に攻撃し続けていたのは、どういう了見ですか?」


 この言葉を発した時点で彼女はまるで理のない発言だと気付いていた。

 子供の癇癪くらい酷い、わがままのようなものだと。


「相手に投降を促さないんですか?」

「で、あれば降参するのを待つことができたでしょう」


 ソフィアは自分がどんな顔をしているのか、知りたくなかった。

 尾野が顔色ひとつ変えずに見ている自分はどんなに醜い相手に見えるか。


「ボタンひとつを動かすのに、待つ必要はないですよね」


 しかし、ソフィアはこの一言にカチンと来てしまった。

 どんなに慣れようと、ひと呼吸置かないと出来ない人はいる。

 ソフィアではないが、生徒にもいた。

 人の不出来に配慮できないその考え、彼女も同じことをした過去がある。

 森田の言葉を無視してソフィアは尾野の行く手を遮った。


「先ほどの発言は馬鹿にしているんですか?」

「なんでそうなるんだよ。もういいだろ、授業が終わるって森田先生も言ってんだから」

「質問に答えなさい」


 森田からの言葉に嬉しそうに笑っていた尾野に対して、ソフィアは腹が立ってしまう。他人への配慮を考えていたソフィアだったが、尾野の眼中に彼女はおらず、森田しか見えていないようだ。

 ソフィアはイライラが止まらなくなって、手が出てしまった。

 しかし、尾野は虫が飛んできたかのように避け、蹴りすらも見えていたのか出掛かりを止められる。

 ソフィアの行動の所為もあるだろうが、尾野は半笑いで馬鹿にしてきた。


「まあ、馬鹿にした整備士志望のパイロットに50人で勝ちを拾うことも出来ないから、笑えないよな。未来のパイロットがこれってなぁッ!」

「仕方ないだろ。投降を待てだの、何を言ってんだ。ローナ11相手にするってことは人を殺すってわけだろ。戦意喪失してない相手にトドメさして何が悪いんだ。シミュレーターでくらい容赦なく戦えよ」

「馬鹿にしてるわけがないって言ってるだろ。カサドール相手に負ける奴らなんて、馬鹿にする対象にもならねぇよッ!」


 尾野の煽りはソフィア以外にも生徒たち、森田に影響を与える。

 森田によって尾野はすぐに帰らされた。

 残った生徒たちは尾野の煽りに対して口々に文句を言い合っていたが、すぐに閉口することになる。


「注目!」


 森田のひと声で生徒たちは静まり返り、視線を移す。


「皆さんは事実、尾野くんに負けました。文句は言わずに練習して模擬戦で倒してください! わかった?」

「はい」


 授業を終えてシミュレーター棟から生徒たちが出て行くと、先ほどの煽りを忘れているような楽しそうな顔をした尾野が現れる。

 森田と少し話をしてスマホを取り出した尾野は笑いながら、帰っていった。

 その日の21時、部屋でソフィアは父に連絡していた。

 この時間に連絡するのが、彼女の日課だ。


「父さん、今日、模擬戦の授業で負けたんだ」

『おお、ソフィアを負かした子がいるのか?』

「うん、でもほぼ動けない私に向かって、降伏を促すことすらしなかったんだよ」

『そうか』

「それに、その人は降伏するくらい時間はかからない。シミュレーターでくらい容赦なく戦え、とか言ってさ」

『そうだな。容赦なく戦う必要は残念ながらある。対人戦なら猶更だ』

「そうなんだ」

『そう、だから容赦なく戦う必要ないのが一番いいかもしれないけど、出来ないとやらないは別だから、その手段をとる覚悟は必要かもね』

「そっか」

『あ、ゴメン、仕事だ』

「うん、バイバイ」


 ソフィアは軍にいる父からの言葉を反芻していた。

 彼女の考えでは必要のないものだったが、パイロットをしていた父からの言葉に受け入れるほかない。


「はあ。次の授業も私が案内か」


 憂鬱な気持ちを抑えられないソフィアは枕に顔をうずめた。

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