第18話 煽り煽られ
市街地戦というのを尾野はしたことがない。
そもそもシミュレーターでの戦闘も対ローナ11を想定してしたことはない。
どういう風に戦闘するのか分からない尾野は、カウントがゼロになると急いで近くの建物の陰に入った。
隠れることも想定されており、13メートル以上の高さを持つ建物が多い。
しばらく身を潜めていると、発砲音が尾野の耳に届いてくる。
随分と遠くから響いているようだ。
しばらくは安全だろう、と動こうとしなかった尾野だが、すぐ近くからも発砲音が聞こえてきた。
近くで発砲音が増え始めると、尾野は隠れていた建物から動き始める。
最も近い戦闘音の場所へ向かっていると、戦闘している2機のライドウ五式が建物の隙間から見えた。
どちらも遠距離武器しか持っていない。
尾野はニヤリと笑みを浮かべて、背後を取った1機にスラスター移動で突貫する。
排気口に目がけてカサドールが機体ごと刀を突きこまれた。
スピードと重量によりカサドールが本来貫くのは難しい排気口を貫通し、1機撃破する。
撃破された機体は分かりやすいよう空間に警告表示が出ている。
戦闘していた1機が倒されたライドウ五式は、驚きつつもカサドールにライフルを向けた。
しかしカサドールは緊急回避で建物の陰に入り、射撃をさせない。
逃げた尾野は、建物の陰から刀を投げ、腰のダガーを右手で持たせた。
刀はライドウ五式の背後に落下して、注意を引くと尾野はダガーで襲い掛かる。
ライドウ五式の背後から襲い掛かったカサドールは、右肩へダガーを突き立てた。
刀では分厚すぎて攻撃できない弱点だが、ダガーほど細ければ問題ない。
関節は曲げ伸ばしで隙間が出来る箇所に可動する装甲がある。
尾野はその装甲の隙間目がけてダガーを突き立てた。
内部には油圧システムがあり攻撃が入ると、ライドウ五式は右腕が使えなくなった。
抵抗するライドウ五式だったが、カサドールは腰の付け根にハンドガンを向けて何度も発砲していく。
腰部はバランスをとるために可動する場所が多く、外装である程度は見えないが背後は隙間が多い。
何度も発砲しているとライドウ五式が倒れ込んだ。
それでも空間に警告表示は出ない。
尾野は投げていた刀を拾って排気口に何度も突きこむと、ようやく警告表示が出た。
勢いがあれば一撃で排気口を貫けるようだが、ない場合は耐久力勝負となるようだ。
ダガーを回収しようとカサドールが左手を伸ばす。
尾野はそこで周囲から音がしなくなったことに気が付いた。
妙な静けさに警戒心を持った尾野は、コックピット内で周囲を見回す。
HMDの視界が移り変わっていき、カサドールの左側の遠くの方にライドウ五式が見えた。
他のライドウ五式とは違う、特徴的な迷彩が施された敵は左手で長物を構えて、カサドールの方を向いている。
急いで緊急回避をした尾野だったが、一足、いや一腕遅かった。
レールガンの発射体によって、カサドールの左腕が地面に転がる。
同じ機体に左腕を再度持っていかれた尾野は、建物の陰に入ってひと息つく。
「左腕油圧ライン閉鎖。左操縦桿射撃ボタンへ汎用エネルギーシールドをアサイン」
動かないまま、周囲の状況を探ると戦闘音はまだ聞こえてくる。
周辺地図に表示された人数も『12/51』となっているが、まだいるようだった。
「左肩武器と右肩武器を変更」
尾野が音声入力をすると、カサドールの肩武器を2本のアームが交換し始める。
通常はリロード動作を担当するアームだが、時間を掛ければ武器の交換も可能だ。
これにより尾野は左肩に汎用エネルギーシールド、右手に刀、右肩にハンドガンを持っている状態になった。
建物の陰で武器が交換されるのを待つ尾野は周辺地図を見つめていた。
この地図には戦闘をする、発砲する、視認すると敵機情報が表示される。
尾野が見ていると、一点から動かず射撃して機体を減らす敵がいた。
左腕を持って行ったライドウ五式がいた場所と一致している。
武器の交換が終わり、発射音がなくなるまで待っていると『4/51』と表示されているのが見えて、移動をしていく。
尾野は把握している敵機の位置から機体がいなかった場所へ回り道をして、腕を吹き飛ばしたライドウ五式の方に向かっていた。
たまに聞こえる発射音から位置を確認しながらゆっくりと。
ライドウ五式がいたのは電波塔で誰からも見られる目立つ場所だ。
出来るだけ見られないように移動していた尾野だったが、周辺地図に書かれた残存数が2人になった時点でスラスター移動に切り替えた。
地面を滑るように移動して電波塔へ向かっていくと、建物の陰が一瞬光る。
尾野が気付いた頃には、カサドールはバランスを崩して、地面をヘッドスライディングしていく。
滑りながら尾野は状態を確認し、右足を持っていかれたことを理解した。
「はあ。右脚油圧ライン閉鎖」
建物に激突しながら、カサドールが停止する。
尾野は周辺地図を見て、ライドウ五式の場所に当たりを付けた。
「当てすぎだろ。どうやったら勝てるんだろうな」
パイロットではない尾野は授業に思い入れも無い。
だから倒れてもいいと考えていたが、藤林の言葉が尾野の頭の中で繰り返されていた。
『尾野、エリート養成高校のガキに実力を分からせてやれよ』
エリート養成高校と揶揄していた藤林を思い出して、今までにない獰猛な笑みがこぼれる尾野。
深呼吸すると、その顔のまま操縦桿を握る。
右腰のダガーを抜いて、左腕の断面に突きこんだ。
刀を肩に戻し、右手にハンドガンを装備する。
「やってやる。ぜってぇ勝つからな!」
さっきよりも笑みが深く、やる気になった尾野。
カサドールは膝立ち状態から一瞬片足立ちになると、スラスター移動を始める。
重量が減って今までよりも動きが良いカサドールは、建物の陰に潜むライドウ五式の発射を察知していたように避け始めた。
ライドウ五式は距離を取って、射撃を続けるがカサドールは冷静に緊急回避を挟んで避けていく。そのままハンドガンを撃ちながら、距離を縮めていく。
ライドウ五式は距離が近くなるとレールガンからアサルトライフルに変えて、カサドールを迎撃し始めた。
エネルギーシールドを互いに展開し、威力が落ちた弾は互いの外装を何度も叩いた。
シミュレーターのコックピットには衝撃音が響き渡り、尾野は顔を顰めながらも近づいたことによりライドウ五式が刀の間合いに入る。
カサドールがハンドガンを上へ投げ、そのまま手を肩の刀に伸ばす。
無骨な右手が刀を握って振り下ろすも、案の定ヒートダガーで迎撃された。
鍔迫り合いの中、カサドールへアサルトライフルが向けられるも、スラスター移動をやめたカサドールは足のない右側へ倒れ込む。
銃口から逸れたカサドールは倒れながらライドウ五式へ突進し、左腕を突き出した。
左腕のダガーはエネルギーシールドに拒まれ、迫るヒートダガーで弾かれそうになる。
しかし、カサドールをジャンプすると、今度は上下反転させて急降下しながら、刀とダガーを突き込んだ。
結果、ライドウ五式の素早い迎撃によりカサドールはセンサの集積部である頭部をやられて、メインカメラを使えなくなった。
しかし、カサドールの体中にあるカメラからの情報でライドウ五式の両腕には、ダガーと刀が突き立っており使えないと分かる。
「はあぁぁ。結構疲れたな」
言葉を溢した尾野だったが、決着がついたわけでは無いと理解していた。
いつもの黒い線が視界に表示されないからだ。
投げていたハンドガンを拾い、足を動かして起き上がろうとしているライドウ五式に発砲する。
エネルギーシールドが展開されて、勢いの落とされた弾丸は装甲を叩いて鈍い音を響かせた。
カサドールは這いずって移動し、頭部の隙間に銃口を突き付け、発砲。
スラスターを使ってライドウ五式は避ける。
「手強い」
尾野の言葉と同時にカサドールは飛び上がった。
ジャンプよりも高度があり、尾野は残った左足を真っすぐ伸ばさせた。
自由落下ではなくスラスターで加速したカサドールは、ライドウ五式に重力とスラスターの加速を持って突っ込んだ。
ドンッと大口径の砲を発射したような音が響くと、尾野の視界に黒い線が走る。
勝利だ。
ライドウ五式は潰れ、カサドールは腰部まで変形している。
ギリギリの勝利で、尾野は大きく溜め息を吐きながら、疲れ切った顔に笑みを浮かべた。
『尾野くん、授業が終わるので出てきてください』
「はい」
シミュレーターから出ると、生徒たちは並んで待っていた。
尾野も急いで向かっていると、行く手を阻むように不機嫌を隠さない二ツ森と呼ばれた女生徒が出てくる。
尾野が軽く会釈して、脇を抜けようとすると肩を押された。
「なんですか?」
「倒れた相手に攻撃し続けていたのは、どういう了見ですか?」
「? 降参してなかったですよね。倒さないと授業は終わりません」
「相手に投降を促さないんですか?」
「やり方が分かりません。でも、諦めないのであれば、倒されても文句は言えないでしょう?」
「で、あれば降参するのを待つことができたでしょう」
「ボタンひとつを動かすのに、待つ必要はないですよね」
「2人とも、授業を終えますよ」
尾野は森田のもとへ向かおうとするが、二ツ森は再度行く手を阻む。
首を傾げながら、ため息を吐く尾野。
「はぁぁ。なんだ?」
「先ほどの発言は馬鹿にしているんですか?」
「なんでそうなるんだよ。もういいだろ、授業が終わるって森田先生も言ってんだから」
「質問に答えなさい」
二ツ森を無視して尾野が動き始めた。
しかし、二ツ森は尾野の顔にビンタを見舞おうと、左手を振っている。
尾野は顔を逸らして避け、二ツ森を睨みつけるが、今度は蹴りが飛んできた。
蹴りの出掛かりを足で止めた尾野は、再度質問する。
「なんだ?」
「質問に答えなさい」
「馬鹿にしてるわけないだろ。お前らが俺を馬鹿にしてても俺はしてねぇよ!」
「私たちが馬鹿にしてると?」
「そうだろ。最初のミニガン持ったライドウ五式は通信で馬鹿にしてきたぞ」
「人の考えに口を挟むことはしませんから、分かりませんが」
「まあ、馬鹿にした整備士志望のパイロットに50人で勝ちを拾うことも出来ないから、笑えないよな。未来のパイロットがこれってなぁッ!」
尾野の煽る言葉にその場で聞いていた二ツ森含めたパイロット学生たちは殺気立つ。
しかし、尾野は半笑いで煽るような態度を止めない。
「仕方ないだろ。投降を待てだの、何を言ってんだ。ローナ11相手にするってことは人を殺すってわけだろ。戦意喪失してない相手にトドメさして何が悪いんだ。シミュレーターでくらい容赦なく戦えよ」
「やはり馬鹿にしているようですね」
「馬鹿にしてるわけがないって言ってるだろ。カサドール相手に負ける奴らなんて、馬鹿にする対象にもならねぇよッ!」
「尾野くん! 今日の授業は終わりです。一足先に帰っていいです」
「わかりました、森田先生。ありがとうございました」
不機嫌に当てられて、似た態度をとっていた尾野は森田からの言葉に声色が明るくなった。
その変わりように近くにいた二ツ森は呆気に取られている。
尾野はシミュレーター棟を出て行くときに、森田へ向けて深く礼をして出て行った。
向けられる視線の厳しさなど、まるで無視している笑顔に森田は引きつった笑みを浮かべていたが、去っていく尾野の気分は上々だった。
記憶を頼りに駐車場まで向かう尾野。
するとバイクの近くに軍人が立っている。
警戒しながら近づいていくと、そこにいたのは分隊長だった。
「よう、学生」
「ノーコン分隊長さん」
「おい、竹浪っていうんだ」
「尾野です」
「知ってるよ」
「ノーコン分隊長竹浪さんは、なにしにこの高校へ来たんですか?」
「はあ、仕事だよ。で、どうだったんだ初授業は?」
尾野はついさっきのことを思い出して、大きく溜め息を吐く。
彼の脳内では藤林の言葉と、勝賀瀬の言葉がグルグルと回っていた。
急に考えなしの行動をとる、勝賀瀬の言葉を思い出した尾野は、本当の事だったな、と笑う。
「なんだよ?」
急に笑い出した尾野を変なものを見るかのような顔つきで少し引く竹浪。
授業の内容ではなく、先ほどの事を尾野は話し出した。
「実はビンタされそうになって、煽ったんです」
「お前一体なにしたんだよ?」
「模擬戦です」
「ま、パイロットを煽るのは悪手だぞ。実力で黙らせた方がいい」
「射撃に関しては竹浪ノーコン分隊長さんを黙らせられますね」
「はいはい、もういいよ。で、次の授業はなんだ?」
「わかりません」
「連絡できるようにしておいた方がいいんじゃないか?」
「はっ! たしかに、そうですね」
嬉しそうに笑みを浮かべた尾野に怪訝な表情を向ける竹浪だったが、会釈して尾野は駐車場から出て行った。
シミュレーター棟へ戻った尾野は、不機嫌な顔つきを隠さない生徒達を避けながら戸締りをしていた森田の所へ。
「先生、森田先生」
「尾野くん?」
「はい、尾野です」
「すみません」
話しかけた尾野の後ろから竹浪が森田へ話しかけた。
竹浪の仕事というのはシミュレーター棟への用事であるようだ。
「ああ、竹浪さんですね」
「はい、5分程時間を貰えますか?」
「分かりました。待ってます」
短く会話を終えた竹浪はシミュレーター棟へ入っていく。
それを見送った尾野は、森田へ理由を説明してから、ある提案をする。
「森田先生、授業の連絡を円滑にするため、メッセージIDを教えてもらえませんか?」
「そうですね。実はまだ次の授業が何になるか決められていないので、連絡手段があると助かります」
「ん? 先生が授業を決めてるんですか?」
「はい。4月以降は新入生の体力錬成訓練に参加してもらいます」
「はい?」
「さ、スマホ出してください」
「はい」
尾野は恐ろしい話を聞いたが、続く森田の言葉でスマホを取り出した。
尾野のメッセージIDから森田がメッセージを送る。
届いたメッセージは試しだと一目でわかるものだった。
『試し』
『尾野晴佳です』
感情のない文だと尾野は分かっているはずだが、にんまりとしていた。
それ以外の価値が彼にはあるようだ。
「問題ないですね」
「はい、連絡待ってます! 先生、さよなら」
「気を付けて帰ってください」
近くにいる生徒たちの視線を受けながら、尾野は帰っていく。
森田には見えなかっただろうが、生徒たちが見た顔はとても嬉しそうで煽っていたことなど忘れているように思えただろう。
実際、尾野は体力錬成訓練の話など忘れていた。
パイロット養成高校において1年生の多くが自主退学する授業。
次の授業がなんであれ、4月までは17日。
ライメイのために尾野は耐えられるのか。
「よっしゃ!」
疾走するバイクから発せられた声は誰にも届かない。
しかし、尾野の喜びに連動するようにバイクの速度は上がっていった。




