第16話 悪い話
土日のバイトを終え、2069年3月11日、月曜日。
その日、ホームルームが終わった直後の尾野に残念な知らせが入った。
「尾野、金曜日に向こうで授業だ」
「え、先生。金曜日って?」
「分かってる。ライメイが来る日だ」
「何時限目までに向かえばいいんですか?」
「2時限目だから、1時限目の終わり頃に行けば間に合うだろう」
「ああぁぁ。よかった」
「ま、整備は出来ないけど」
「先生、それは言わないでください」
笑いながら去っていく熊野を恨めしそうに見送る尾野。
大きな溜め息を吐きながらも尾野は少し安心していた。自分たちの扱うライメイをすぐに見ることができることを。
普通であればカサドールしか扱えないのに、ライメイを使ってより詳しく整備を覚えることができる。
普通はありえないことが、起こっていた。
そこに既視感を少なからず覚えたが、武器試験の様に悪い方向に作用はしないと考える尾野。
プラズマ推進ハンドライフルはそもそも武器としてはお粗末なもので、その試験を学生にさせるというのも通常はありえない。
それに比べれば、尾野たち4班の機体がカサドールからライメイになるのは、ありえない話ではない。
ただ、残念なことに尾野は、ありえない武器試験と試運転中の襲撃を一度に受けたのだ。だから、ありえないことは往々にして起こるのだった。
2069年3月15日、金曜日。
1時限目が整備場で始まるため、クラスメイトがツナギに着替える中、一足先にライメイと対面しに来た尾野。
2時限目からパイロット養成高校へ行く尾野、1時限目は見学だ。
整備場の4班のメンテナンス台にはシートがかかっており、安全を確認した尾野ははがしていく。
最初に見えたのは頭部だった。
バケツ頭とは違い、人間のような頭をしている。
口元は面頬のような形でデザイン性だけに力を入れたのではないかと尾野は考えていたが、他の部分を見ていくとカサドールとはまるで違う造形に圧倒された。
外装は曲面と曲線が多く、より人間的に見える。
尾野は筋肉質な機械という印象を感じていた。
先に見ていると整備場の扉が開いて、クラスメイトが入って来る。
ライメイの方へ向かっていたが、チャイムが鳴ったため班のメンテナンス台へ移動していく。
始まった授業で他の班は機体の整備、4班はライメイの外装を外して黄土色に塗装することだった。
尾野は班員が外装を外したところから、内部を見ていく。
脚部や腰部には二足歩行を可能とするためのセンサが大量にあり、センサの情報を反映して動かす油圧システムもある。
重機の延長線上にあるカサドールとは、構造も違う。
班員たちによって続々と外部装甲が外されていき、内部を見ていく尾野。
しかし、その時間もすぐに終わってしまう。
「尾野、時間だ」
「俺、10分しか見てません。先生」
「はいはい、40分は見てたから」
整備場の時計を見ると、時刻は9時55分。
1時限目は10時に終わるから、尾野に残された時間は無い。
「分かりました。行ってきます」
「行ってこい。くれぐれも迷惑かけないように、向こうの先生の言う事を聞くように。持ち物はスマホと財布だけでいいからな、無駄な物持ち込むなよ」
「はーい」
尾野は溜め息を吐きつつも荷物を背負った。
その様子に気付いた西田は手を振っていたため、尾野も振りかえす。
「尾野、シミュレーターなんだろボコボコにしてこい」
「模擬戦するかもわかんねぇよ」
「尾野、エリート養成高校のガキに実力を分からせてやれよ」
「班長、俺が分からせられちまうよ」
「軽口叩けてるんだから、問題ないよ。行ってこい」
「ああ、行ってくるな」
尾野はバイクに乗って、パイロット養成高校へと向かった。
特区の建造物はごく少数だから、行き先に迷うことはほとんどない。
周囲を見渡せば、目的地が見えるからだ。
砂の浮いた舗装路を進んでいると、パイロット養成高校がはっきりと見えてくる。
正門には派手な赤い髪色の生徒が腕を組んでいた。
彫りが深く、オッドアイという日本人離れした見た目だ。
しかめ面なのは3月の初旬で少し肌寒いからだと、決めつけた尾野は正門前でエンジンを切ってバイクを降りる。
しかし、近くで見ると肌寒さではなく、尾野への嫌悪感を隠さない表情で迎えられた。
ジッと尾野を見つめる視線は、なにかを思案するように左上を向く。
「尾野ですか?」
「はい、尾野晴佳です」
「守衛室で入校許可証を貰ってください。その後、駐車場へ案内します」
「はい」
正門を入ってすぐの場所にある守衛室で尾野は入校許可を貰い、何も言わずに歩き始めた女生徒をバイクを押しながら追いかけた。
女生徒は赤毛ではなく赤色の髪をしていて、別世界の地球人の特徴をもっている。
パイロットの適性が高い人は別世界の人の方が多いと尾野は聞いていた。
それになにより容姿が段違いにいいとも言われていて、そちらの方が話題だ。
女生徒に付いて行くと、屋内駐車場へ着いた。
駐車場に車はまばらだが、どの車も高級車と呼ばれる部類だ。
命の危険がある職業だから給料が高いのだろう、尾野はそう納得して高級車から離れた場所にバイクを停めた。
「本当にパイロットの授業を受けに来たんですね」
「はい」
口調から不機嫌を感じ取った尾野は、女生徒の顔を見ないようにヘルメットをロックにかけ、手袋を突っ込んだ。校内であれば、盗まれる心配もないだろう。
「どうして整備士志望のあなたが受けたんですか?」
「受けることでカサドールではなく、ライメイを整備できるようになるからです」
「一応、理由はあるんですね?」
「はい」
「尾野も不本意ということですね?」
「はい」
「で、あればお互い関わらないようにしましょう」
「お願いします」
赤髪の女生徒と問題をどうにか終えた尾野は、後についてシミュレーターの授業をする場所へ向かっていた。
「今日、尾野はシミュレーター棟で2、3時限目の授業、模擬戦闘をしてもらいます」
「はい」
それ以降、一言も話すことなく2人はパイロット養成高校のシミュレーター棟へ着いた。
整備士養成高校のシミュレーター棟は1学年4つの20個あればよかったが、パイロット養成高校は授業をするパイロット分必要だから、建物が大きい。
尾野は1学年が何人いるのだろうかと、女生徒の後に続いてシミュレーター棟へ入った。
中は整備士養成高校とは違い、シミュレーターがむき出しで並んでいる。
20個以上並んでいることは間違いなく、尾野はその量に圧倒された。
2人が入ると同時にチャイムが鳴り、生徒たちは一斉に並び始める。
赤髪の女生徒は気にすることなく、並んでいる生徒たちの正面にいる女性へ呼び掛けた。
「森田先生、連れてきました」
「ありがとう、二ツ森さん。尾野くんはこっちへ」
「……は、はい!」
尾野は赤髪女生徒が二ツ森という名前だと知ったことよりも、大きな衝撃を受けていた。先生にしては、若い森田に対してだ。
尾野は、自身の鼓動がいつもより早いことに衝撃を受ける。
シミュレーターに乗っている時よりは低いはずだが、妙に鼓動が大きく強い、その感覚に戸惑う尾野。
急いで隣に並ぶと、尾野がどういう経緯で来たのかを森田は説明し始めた。
「国防軍の方から皆さんの良い刺激になるとのことで、授業に参加します。自己紹介を」
「はい。整備士養成高校の尾野晴佳、整備士志望です。お願いします」
「はい、みんなはいつも通りに模擬戦をしていてください。尾野くんは付いてきてください」
「はい」
二ツ森含めたパイロット学生から尾野は睨みつけられていたが、視線を奪う森田がいて気付くことはない。
尾野と森田はシミュレーター棟の手前にあるシミュレーターへ来た。
他の生徒は決められたシミュレーターがあり、森田と尾野が離れるとシミュレーターに乗り込んだ。
「まずはデータ登録をして、登録を終えたら他機体模擬戦闘モードから1対1を選択して待機してください」
「はい。あの尾野晴佳と申します」
「はい」
「名前を教えてもらえますか、先生?」
「あ、ごめんなさい。森田琴葉です」
「ありがとうございます、先生」
尾野の申し出に笑顔で答えた森田。
しかし、何気なくした質問に対する尾野の答えで、笑顔が引き攣ってしまう。
「尾野くんは、どういう機体構成なんですか?」
「近距離武器のカサドールです」
「えっ、はい?」
「カサドールです」
笑顔の尾野と笑顔が引き攣る森田。
尾野は森田が引き攣った笑顔なことも気付いていない。
「基本的にパイロット学生はライドウ五式なんだけど、変えられますか?」
「無理ですね。ライドウ五式で動かしたことないので」
「それなら仕方ないですね。できるならライドウ五式を動かせるようになってください」
「はい」
「授業は2時限分を通してします。模擬戦闘が一度終わると2分間の休憩がありますから、お手洗いは個人のタイミングで行ってください」
「はい」
「3時限目の最後にパイロット養成高校の特別メニューに切り替えますから、気を付けてください」
「これを着けてください。あと、なにかあれば緊急停止してください」
「はい、分かりました」
尾野は電源が入ったシミュレーターへ乗り込むと、渡されたネックサポーターを着け、笑顔のままスマホを嵌めこんだ。
名前を聞けたことがうれしかったのだろう。気分が上がりっぱなしの尾野は、データの登録をしていく。
ゲームセンターにある簡易シミュレーターとは違い、不特定多数の利用ではなく決められた人の使用を想定されている。
だから、使用者のデータを登録する必要がある。
基本的なデータはスマホに入っているから、その使用許可とデータ内容の確認だけで済む。
尾野は確認を終え、機体データの読み込みを始めた。
尾野のスマホ内に保存されたローナ11のデータがシミュレーターに読み込まれ、2機表示される。
今はない黄土色のカサドールと何の設定もされていないライメイ。
迷わずカサドールを選択した尾野は、武器選択に移った。
左手に70ミリハンドガン、肩は予備の70ミリハンドガンを持たせる。
右手には六半刀、肩は汎用エネルギーシールド。右腰にダガーを装備させた。
武器選択を終えると、シミュレーター側の試運転が始まるため、シートベルトと操作靴、HMDをつけた尾野。
シミュレーターが上下前後左右に動き、今度は回転をしていく。
それが終わると、森田の指示通りに他機体戦闘モードから1対1を選択して待機する。
しばらく待機を続けた尾野は、どうやら設定に時間がかかった所為で他の人は戦闘中なのかもしれないと考えた。
そう考えていると、視界が特区のような建造物の少ない場所に変わる。
尾野は視界の遠く離れた場所にライドウ五式を捉えた。
視界には線が走り、15秒のカウントダウンが始まる。
視線操作で望遠にして見ていくと、右手にセミオートライフル、肩に垂直降下四連ミサイル。左手にミニガン、肩に汎用エネルギーシールドだ。
尾野が待っていると、スピーカーからノイズの後に声が聞こえてきた。
『おい、整備士』
「通信できる?」
『んなことも知らないで、ここに来たのか?』
コックピット内に不機嫌そうな男の声が響く。
尾野は視線操作で幻導院のように通信に応答するも、それすらも馬鹿にされた。
「はい」
『ライドウ五式相手にカサドールなんか乗ってきやがって、舐めすぎだろ』
「仕方ないんです。ライドウ五式は乗ったことないですから」
『じゃあ、授業を受けに来るんじゃねぇよ!』
「いや、それも――」
『うるせぇ、すぐに黙らせてやるよッ!』




