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第15話 尾野の悩み事

2069年3月9日、土曜日。

 尾野はバイト前に地下アーケード街へ来ていた。

 元々、尾野があまり来なかった場所だけに知らないことも多い。


 だからこそ、尾野にとっては新鮮な楽しさがあった。それに加えて、西田への交渉材料が手に入ることも大きい。

 ゲームセンターへ行き、イベントをしているか確認するとしていなかった。

 まばらな客がシミュレーター以外のゲームで遊んでいる。


 しかし、尾野が暇つぶしで店をひとまわりしている間にシミュレーターには誰かが乗っていたようだ。

 シミュレーターの映像が流れていて、近くにはイベントの前回勝者はキニケッソ99が300体になると書かれてあった。


「今度はライメイで練習になるな」


 掲示を見て、楽しそうに笑った尾野はカサドールよりも機体性能の高いライメイであれば、可能だと判断した。

 シミュレーターの映像に目を向けると、ライドウ五式だった。

 機体色は青色で遠距離武器を持っており、撃破数は100体を過ぎている。


 しばらく見ていると、あくびをしていた尾野のARグラスにアラームが表示された。

 地下アーケード街から出て、特区の壁近い場所に並ぶファストフード店で食事をする尾野。

 休日を楽しむ若者が多くいて、それに紛れるように席へ着いた。

 昼食はBLTサンド、味の濃く辛みのあるチキンとレタスとトマトのサンドだから、CLTだろうか。


 他にもフライドポテト、アイスコーヒーを頼んだ尾野。

 商品を受け取って食べ始めると、近くに学生の集団が座った。

 整備士養成高校で見たことのない顔と髪色から、恐らくはパイロット養成高校生だろうと尾野は当たりを付ける。


 尾野が彼らの会話を聞いていると、どうやら体力錬成訓練が辛いという話や演習場での陣形練習が辛いという話ばかり。

 コーヒーを飲んで移動しようかと尾野が考えていたとき、思いもよらない話が聞こえてきた。


「そう言えばさ、整備士高校のヤツだっけ巻き込まれたの?」

「ああ、月曜日の侵攻な。確かそうだったんじゃないか」

「それ噂だろ?」

「だけど、先生が言ってたしな。巻き込まれたのろまがいるって」


 尾野は真顔で聞いていたが、のろまと聞こえた時点で眉がぴくッと動いていた。

 スマホを取り出して、操作しながら話に耳を傾ける尾野。


「状況的に仕方ないって聞いたぞ」

「ああ、あんな状況なるわけないだろ。特殊な武器の試験を学生にさせると思うか?」

「まあそっか」


 尾野は口には出していないが、内心では「その状況になったんだ」と言っていた。

 ただ、尾野自身が他所の高校の話として聞いたら、信じないのも事実だ。

 普通はありえないことが、普通に行われていたのだから。


 昼食を済ませた尾野は、バイクで30分掛けて周囲に家のない山道へ来た。

 その途中にある塀で大きく囲われた場所が、尾野のバイト先だ。

 『勝賀瀬リサイクルヤード』と看板が掲げられている。

 プレハブの事務所前にバイクを停めて、事務所へ入る尾野。


「こんにちは」

「始業はおはよう、だ。尾野」

「おはようございます。社長」

「おはよう」


 咥えたばこで尾野から社長と呼ばれている男は勝賀瀬泰士しょうがせやすしという。坊主頭に彫り深い顔立ちで無精ひげを生やした、厳つい男だ。


「社長、今日はどの仕事ですか?」

「機動甲冑の解体だ」

「何機ですか?」

「耐用年数超過のライドウ三式が2機だ。来週はカサドールが1機来るらしいけど、それは大丈夫だ」

「そのカサドールが穴だらけだったら、教えてもらえますか?」

「おう、いいぞ」

「ありがとうございます。んじゃ、着替えます」

「ああ、2人が先に待ってるから急げよ」

「はい」


 荷物を置いて、事務所でパンツ一丁になった尾野はロッカーからツナギとヘルメットを取り出した。

 他にも分厚い手袋、プロテクターのついた手袋、タオルを取り出して事務所を出て行く。


 尾野のバイトは解体の手伝いだ。

 それはローナ11であったり、車であったりする。他にもごちゃごちゃの金属鋼材の仕分けも偶にしている。


 ローナ11の解体は国指定の企業や都道府県指定の業者が行う。

 特にD種の襲撃が多い海に面した場所は、都道府県が業者の指定をする。

 この仕事はあまり儲けの多い仕事ではないから、そもそも企業は関わらない。だから勝賀瀬リサイクルヤードにも仕事が来ていた。

 尾野が機動甲冑解体場へ向かうと、2人の先輩が座って待っていた。


「おはようございます」

「おはよー、はるか」

「おはよう。よーし、ちゃっちゃと終わらすぞ2人とも」


 楽しそうに尾野をはるかと呼んだのは、小山温大こやまはるたというヤンキーにしか見えない人。

 早速仕事を始めようと動き出したのは、五百蔵楓真いもくらふうまで尾野が出会った中でも一番のイケメンだ。

 2人の後に続いて、工具を乗せた台車を押していく尾野。


 向かう先にはメンテナンス台もなく寝かせられたライドウ三式。

 名前の通り、制式機体のライドウ五式の二世代前の機体だ。

 尾野が見る限り、機体の状態は良く綺麗で展示でもされていたのだと分かる。


「小山は手、尾野は頭、俺は足だ」


 そうして始まった作業は全員が手順を覚えているから、早い。

 五百蔵は勝賀瀬から機動甲冑解体を任されているから、いつもは勝賀瀬と2人で解体をしている。


 別の場所で自動車破砕をしている小山は手が空いていると、その手伝いだ。

 尾野は勝賀瀬を書類仕事させるためのバイトで、現状上手く機能している。

 頭部の解体を進める尾野、足から腰部を進めていく五百蔵、手から胴部の小山。

 作業は工具で外せる場所を外し、ダメだった場合は切断、溶断をしていく。

 展示されていたものだからか、強引に外す必要もなく3人は外装、骨格に分けることができた。


 しかし、ここからはより細かく手、足、肘、膝、足首、手首、肩など分けて、さらに内部の油圧関係、コックピットを分離させる作業だ。

 その作業を始めようとしていると、勝賀瀬が休憩を進めてきた。手には缶コーヒーがある。


「いいペースだ」

「で、はるかは何でそんなに集中してたんだー?」

「そうなのか?」

「はい。いつも以上に集中してたので、悩みでもあるのかと」

「おい、3人とも事務所いくぞ」


 勝賀瀬の後について3人は事務所へ入っていく。

 長椅子に座った3人は対面に座る勝賀瀬を見ながら缶を開けた。


「で、尾野は悩んでることでもあるのか?」

「はい。実は――」


 尾野は経緯を説明せずに、パイロット養成高校に通うことを話した。

 経緯を話しても問題はないが、特に話す必要性はない。そう尾野は考えたのだろう。


「最初は気にしてなかったんですけど、よくよく考えるとエリートに混ざって授業を受けるのは無謀な気がして」

「珍しく弱気だな、はるか」

「尾野は考えすぎだ」

「そうだな。お前はアシガルの操縦も上手いから、問題ないだろう」

「そうですか?」


 ここには尾野の年上しかいない。

 だからこそ、尾野は悩み事があると3人に相談をしていた。


「無理ならやめればいい、後から授業を受けたいと思っても無理なら、出来るうちにしてみればいい。だろ、はるか」

「はい」

「小山の言うとおりだ。ダメならダメでいいだろう」

「はい」

「そもそも学生の授業で気負いすぎだ。テキトーにやればいいんだよ」

「はい、なんだか悩みすぎてたような気がします」

「そうだ、悩みすぎだ。飯食ってしっかり寝ろ」


 勝賀瀬の発言に尾野は勢いよく顔を上げた。

 勝賀瀬、小山、五百蔵はゆっくりと顔を見合わせて、尾野の方を向く。


「おい」

「はるか」

「尾野」


 3人からの圧に尾野は耐えきれず、誤魔化そうとするのをやめた。

 いつもの生活リズムではないことがあったのだ。


「えーと、ARグラスを最近買って、夜中まで遊んでいた所為で寝不足かも、かもしれません」


 一斉に溜め息を吐いた3人。

 それでも表情に笑顔が見えるのは、尾野を少なからず心配していたからだろう。


「それが原因だ、尾野。よく寝てよく飯を食って、体調が万全ならお前は悩むよりも行動するだろう?」

「そうですか?」

「そうだ」

「はるかにはそういうイメージある」

「俺も行動で打破していくヤツだと思う」

「結構、褒めてくれますね」


 うれしそうに笑顔を浮かべる尾野。

 3人もそれに笑顔で頷き、勝賀瀬は笑みを深める。


「良いように言った場合がそうだ。飾らず言うと、考えなしみたいな行動してるぞ」

「良いように言うだけでいいですよ、社長」

「実際、お前は急に考えなしな行動をとるから、覚えておけよ」

「はーい」


 尾野は自身の知らない面を勝賀瀬から教えられた。

 しかし、体調がすぐれていなかったから無駄に悩んでいたことしか尾野は頭に残っていない。

 考えなしの行動をとるという自覚は尾野にない、だから仕方ないことだった。


「休憩終わりだ。考えなしの尾野はアンパで細かく分けてくれ」


 安全作業用パワードスーツ、アンパと呼ばれるパワーアシスト機能が付いた外骨格だ。

 尾野の作業は部位ごとに電動工具を用いて切り分ける作業だ。


「はい」

「よし、それで尾野の仕事は終わりだ」

「わかりました」

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