第13話 思わぬ話
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翌日、ホームルームで4班のカサドールが戦闘に巻き込まれて大破したことが、熊野の口から生徒たちに告げられた。
どよめきがクラスに広がるのを尾野は無表情に眺める。
「話によると軍が群がっていたアネモネをカサドールごと撃ったらしい。4班はしばらく実習が自習になるぞ」
「そうじゃないだろ」
生徒へ説明した熊野だが、聞こえてきた声にその顔が引きつる。
藤林が声を上げ、熊野を顎で示した。
「どういうことだ、藤林」
「知ってるよセンセイ。失くした時のためにネックサポーターには位置情報を追跡できるようにしてあるんだ」
「それを人に貸すなよ」
熊野の指摘に教室の藤林以外が頷く。
貸してもらった尾野ですら、深く頷いていた。
「位置情報の確認をしたところ、尾野は変則的な軌道で動いていた、逃げられなかったんだよ」
その言葉で教室にいる生徒の視線が尾野へ向かうも、尾野の視線は熊野へ向いている。
西田はその状態でスマホを取り出して、メッセージを送った。相手は尾野だ。
メッセージが送られたことに気付いた尾野はARグラスを掛け、熊野に気付かれないように、スマホと同期してメッセージを確認する。
西田からは『ホントか?』と届いており、尾野は『ホントだ』と返す。
2人がやり取りしている間に、藤林への返答を悩んでいた熊野は小さく溜め息を吐いた。
「で、どうなんだ熊野センセイよぉ?」
「そう熱くなるな、藤林」
熊野は腕時計を確認して、しばらく黙った。
しかし、無言の教室でしびれを切らした藤林が立ち上がる。
それと同時に、ホームルーム終了のチャイムが鳴った。
「よし、詳しくは尾野に聞け。4班は自習、それ以外は試運転後の整備だ、急げ」
熊野が去ると、尾野の席に生徒が集まって来る。
当人は全く気にした様子もなく、ARグラスを掛けたままボーっとしていた。
「尾野、戦闘したのか?」
尾野へ問いかけてきたのは吉岡だった。
学年で一番大きく鍛えられた体の男が来ると、他の生徒たちは少し引いた場所で答えを待っている。
「してねぇよ。変則的な軌道で逃げてたんだ」
「なんだ」
大男が分かりやすく、肩を落としたことで周囲の熱も引く。
授業のために4班以外が教室から出ると、尾野の席へ藤林が近づいていった。
ARグラスを掛けて、一点を見つめていた尾野は近づかれても無視しており、肩に手を置かれたことで振り向いた。
「で、詳しく話せよ」
「班長」
「戦闘したのは分かってるんだよ」
「やっぱりか」
近くにいた吉岡も笑いながら、空いていた席に座った。
藤林も座ると、班員たちも尾野の近くに座っていく。
「で?」
「しました」
チャイムが鳴った。1時限目開始のチャイムだ。
自習になった4班はそのまま尾野への質問を継続する。
「戦闘はどうだったよ?」
「戦闘らしいことはしてない」
「どういうことだ?」
「あの武器を撃った後から、バッテリーが故障してな」
「はあ⁉」
「班長、怖い」
吉岡がそう溢すと藤林は「悪い」と言い、咳ばらいをした。
班員たちは藤林が気まずそうに咳払いすることが珍しく、少し弛緩した空気が流れる。
「それで?」
「試運転場を緊急回避で移動しながら、逃げたな」
「逃げた? 時々、戻ってたろ」
「ホントに追跡してんのか」
「で、あれは何してたんだ?」
「緊急回避で刀を構えて、体当たりしてたな」
「他人事みたいな言い方するなよ」
「実機で戦闘して、どうだった?」
吉岡の質問に尾野はしばらく悩んでいたが、答えはでなかったのか、しかめ面のまま答えた。
「シミュレーターとあんまり変わらかったな」
「さすがに、ふかしてるだろ尾野」
「そう言われたってな班長」
答えに尾野自身釈然としていないのか、しかめ面のままだ。
それでも仕方なく尾野は納得のいかない答えを返す。
「シミュレーターと実機はHMDに表示される映像が一緒だよな。場所が違うくらいだ。あとは匂いと音だな」
「それは暴論だよ」
「班長もシミュレーターに乗って、何千体と戦闘してみたら分かる」
「いや、尾野の言わんとすることは分かるんだ」
4班において、尾野の次にローナ11を動かせる吉岡は話に同意できる部分があるようだ。
他の班員は尾野よりも吉岡からの言葉で頷いている。
「で、吉岡。納得できない部分は?」
「班長。普通は自分が実機に乗れば緊張するだろ」
「まあな」
「実機に乗っている自分、という意識が邪魔して、シミュレーターと実機が一緒なんて言わないと俺は思うんだ」
「なるほど。尾野、反論」
「反論ね? 練習回数が足りてないんだと思うな」
「具体的に」
「シミュレーターの出来はいいんだから、実機だと思えるくらい乗ればいい。パイロットスーツ着て乗ってもいいんだからな」
「なるほど。吉岡も練習するようにしてくれよ」
「わかった。尾野がそこまで言うならやってみる」
そこで一先ずは尾野の戦闘に関する話は終わった。
続いて始まった話は、次に来るカサドールの話だ。
カサドールはローナ11の中で最も安価で、最初期のもの。
パイロット養成高校はライメイという高性能の日本製練習機を置いているが、整備を主眼に置いた整備士養成高校ではカサドールだ。
基本的に必要な物だけついていて、それ以上が欲しければカスタムパーツをつける。
4班のカサドールは3つのパーツをつけていたが、すべてコックピット関連パーツだ。来年のパーツひとつ目は尾野がコックピットダンパーにしようとしていたから、目に見えて分かる性能の変化はなかっただろう。
「4班、注目!」
藤林の呼びかけで、班員たちは姿勢を正して注目する。
視線を集めた藤林の顔は、にやりと歪んでいた。
「次のカサドールが来た時のパーツを先に決めるよ」
「班長、俺に決定権がないってことは、吉岡が乗ってくれるってことでいいんだな? いいんだよな?」
先ほどまでの険しい顔から一転、明るい顔になった尾野。
しかし、尾野以外はその状況になることがないと知っている。
「違う。どうせ次来るのも中古のカサドールなんだ。今までのパーツも一緒に要求して、増やしてやろうってわけだよ」
「んな上手いこといくかぁ?」
「ダメならいいよ。でも少しは変わったカサドールを整備したいんだよ」
「変わったって、班長はどのパーツがいいんだ?」
「バケツ頭を変えたい」
カサドールはあまりかっこいい見た目をしていない。
それは各部の造形が角ばっているのもあるが、頭部がどう見てもバケツなのもある。
藤林の言葉に班員たちは深く頷いた。
「他は?」
「俺はサブアームが欲しい」
西田の提案に班員たちは『うおぉぉ!』と歓声を上げる。
ただ尾野は真顔で聞いていた。
試運転者としては面倒な手順を増やしたくないのだ。
「俺は軽外装にしたい」
吉岡の提案にも班員たちは頷くが、尾野は真顔のまま。
外装が変われば、操縦感覚が変わるからだ。
「尾野は?」
「コックピットダンパー、脱出装置を頭固定型にする、あとバッテリーの変更だな」
「多いよ尾野」
藤林からそう言われた尾野は、立ち上がって胸の前で拳を握りしめる。
誰を見るでもなく、前を向いた尾野は覚悟を決めたように話し出した。
「カサドールは内壁が共振して、耳鳴りがする。脱出装置の上昇推力で首が筋肉痛だ。バッテリーが故障した所為で、面倒ごとが起きた。だから俺の言うパーツにしてくれ」
「まあ、いいけど。脱出装置使ったのか?」
「ああ」
「そんなギリギリだったのかよ」
藤林は頭を抱えながら言うが、尾野はあっけらかんとした顔で頷いた。
尾野にとってカサドールはこれからのことで、昨日のことは昨日の事だ。
終わったことを気にしていないように見えた。
「どういう状況で使ったんだよ?」
「アネモネに追いつかれる可能性が出たから、歩行エリアにカサドールで蓋をして使った」
「それでよく逃げられたもんだよ」
「いや、無理だった」
「はあ⁉」
「班長、怖ぇよ」
「逃げられなかったなら、どうやったんだよ?」
「国防軍が来て、アネモネをカサドールごと穴だらけにしたな」
「ああ、熊野の言ってたことは事実だったってわけかよ」
「そういうことだな」
尾野が答えると、教室のスピーカーから放送前のチャイムが鳴った。
最初は聞き取れなかったが、二度目で全員の顔が尾野の方を向く。
『1年4班、尾野晴佳。至急、校長室まで来るように』
「呼ばれてんぞ、尾野」
「昨日の事かな」
「だろうよ。さっさと済ませてこい」
「りょうかーい、班長」
尾野は教室から出ると、3階にある校長室へ向かった。
1階の教室から階段を上がっていると、駐車場にミリタリーグリーンの軍用車両が見える。
尾野は昨日の今日で軍人が来たことに驚きながらも、階段を上がっていく。
すると、校長室の前にはノーネクタイスーツ姿の体格の良い軍人がいた。
「おのはるよし、さんですか?」
「いえ、おのはるか、です」
「すみません」
男は軽く会釈をして、校長室の扉をノックして、尾野が来たことを告げた。
中から返事があり、入室を促されると男は扉を開ける。
尾野は「失礼します」と入っていくと、そこには校長と軍人がいた。
「来たな、尾野くん」
「初めまして、尾野晴佳です」
「初めまして、尾野くん。日本国防衛軍第十四旅団即応大隊、第一機動小隊で小隊長をしている江刺家宗介と申します」
「さ、まずは掛けましょう」
尾野と江刺家は校長から座るように促された。
向かい合わせのソファに江刺家と校長、対面に尾野で座る。
「今回、校長先生に君を呼び出してもらったのは、謝罪と感謝に加えて勧誘するためだ」
首を傾げた尾野だったが、どうにか頷いて先を促した。
釈然としていない尾野を見て、江刺家も説明を続けていく。
「軍属ではない君に戦闘をさせる結果になったこと、済まなかった。昨日はライドウ五式の多くが整備をしていて、動かせない部隊が多かった」
部隊を動かせないくらい機体を整備していたというのは、尾野の中ではありえない事だった。最低限、稼働できる数を残していると考えているからだ。
分かりやすい整備不良でも起きていたのか、と眉間に皺が寄る尾野。
「ただ戦闘と誘導をしてくれたことによって、他の一般市民に被害はなかった。ありがとう」
「はい」
尾野の対面にいる軍人は黒髪短髪の同じ世界の地球人的特徴だが、とてもにこやかで目元まで笑っている。
その容貌に尾野は恐怖を感じ始めていた。
「そこでだ。感謝のしるしとして第二機動分隊長が破壊してしまったカサドールに代わる機体を学校へ寄贈することにした」
「どういう機体ですか?」




