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第11話 最悪の状態


 ビーッ、ビーッ、ビーッとこれまでのサイレンとは違う、ローナ11の機体トラブルが起きた時に鳴るアラームが尾野の耳に届いた。

 視界に強調表示されている警告を尾野が確認すると、バッテリー異常とかかれてある。

 急いでHMDを外すと、シート前にあるコンソールから状態を確認していく。


「……タイミング悪いな」

『おい、学生。射撃したんだろ、どうした?』


 幻導院からの通信に応答しなかったため、音声をカサドールへ一方的に送ってきているのが尾野の耳に届いた。

 HMDを着けた尾野は、応答して現状を報告し始めた。


「カサドールのバッテリーが故障しました。確認したところ駆動用と予備が充電不可です」

『容量と電圧は?』

「そもそも認識していないみたいです。カサドールの方か、バッテリーか、どちらにしてもジェネレーターだけで動いてます」

『移動はできないのか?』

「回避走行で動けると思いますけど、緊急回避用のコンデンサが生きていればですね」

『こっちも急ぐから、どうにかして生き延びてくれ』

「はい」


 話している間にも尾野は試行錯誤を繰り返していた。

 コンソールから強引にバッテリーへの充電を指示するも認識していないため、エラーがでる。

 尾野が問題だと思っているプラズマ推進ハンドライフルを見てみると、そちらも充電が出来なくなっていた。


 現状、カサドールはジェネレーター出力だけで動いている。

 しかし、尾野が歩行ペダルを踏むだけでカサドールは停止してしまう。

 急な動作をしてしまうとそれだけで、負荷によって止まる。

 今、それをしてしまえばカサドールを認識して、動き始めているアネモネに尾野は対処できない。

 止まってしまえば脱出装置を使うしかなくなり、使えば尾野は人間サイズで移動するだけになる。そうなれば無残に殺されるだけだ。

 生き残る道はカサドールで移動することだけ。


「ゆっくりだ」


 そう呟きながら尾野は左手の武器をカサドールから手放させる。

 操作靴を使って足を開き、マスタースレーブでカサドールに腰を落とさせた尾野。


「コンデンサ、生きててくれ」


 HMDの後方視界を見ながら、尾野は操縦桿のスロットルを捻った。

 視線で移動方向を指示すると、コンデンサは生きておりカサドールは緊急回避で移動していく。

 しかし、それを連続して行える訳ではない。

 バッテリーからの電力供給がない場合、緊急回避で使用するスラスターに備えられたコンデンサへ充電をする必要がある。


 充電はカサドールでおよそ5秒。動くことなく止まっていなければならない。

 5秒待つと尾野の視界前方にいたアネモネは、じわじわと近づいている。

 カサドールが再度緊急回避で移動をした。

 武器試験場から試運転場へ入っていくと、アネモネはカサドールを追いかける。

 別の道で試運転場前まで一直線の道はあるが、現状は一直線の道を使うとすぐにカサドールは追いつかれる。


「視界にジェネレーター出力を出しといて、姿勢制御に必要のない油圧ラインを閉鎖して」


 5秒ごとに動き、5秒以内にコンソールを操作して、電力消費を抑えようとする尾野。

 カサドールはジェネレーター出力で油圧ポンプが動いている。

 駆動用バッテリーでも別の油圧ポンプを動かしているが、複数個所の連続可働をひとつのポンプで行うことは出来ない。


 尾野にとっては残念なことに、今はひとつのポンプしか動かない状況だ。

 だから必要のないラインを閉鎖して圧力の損失を減らしていく。姿勢制御で複数個所可動しても、動かせるようにするためだ。

 カサドールが回避走行エリアから障害物エリアに入った時、アネモネとの距離は200メートルほどになった。


 しかし、まとまって動いていない。

 尾野はその状態を見て、笑みを浮かべた。


「まだ生きられる」


 障害物を避けて、5秒ごとに動いていくカサドール。

 尾野は視界に表示される周辺地図とカサドールの進行方向を交互に見ていた。

 10体のアネモネ、その最後尾は武器試験場におり、最も近い個体は障害物に当たって止まっている。

 10メートル前後の生き物が転んでいるから、恐ろしいはずだが尾野に恐怖はない。

 周辺の障害物がすべてカサドール基準で大きく思えないのと、視界が高くてアネモネは小さく見えているからだ。


 カサドールが障害物エリアから狭路エリアに入った。

 周辺地図を見ると転んだアネモネが近づいているのを確認した尾野。

 そこで尾野は迎撃する計画を立てた。


 歩行走行狭路エリアには二つの角がある。カサドールは角でゆっくりと刀を構えた。

 右手で握り、左手で柄尻を押さえた姿勢にゆっくりと移行したカサドール。

 周辺地図を見た尾野は赤黒点が段々と狭路エリアに近づいてきたこと、他の赤黒点が遠いこと、青点は特区付近にいないことを確認し終えた。


 危機的状況にいるにもかかわらず尾野の顔に悲壮感はない。

 表情のない顔で対応していくだけだ。


 前方の映像を見ながら、ジッと尾野が待機していると触手の生えた手が狭路を囲む壁を掴んだ。

 頭部のない体が出てくるとカサドールに向かって進み始める。

 尾野はそれでも表情を変化させず、腕部固定トリガーを引き、左右のスロットルを捻った。


 スラスターが噴射して、カサドールは緊急回避の最高速でアネモネに体当たりする。

 まずは刀が、その後にカサドールがアネモネに当たった。

 心臓を貫かれたアネモネはぐったりと倒れ、5秒待った尾野は後方に緊急回避をして刀を抜く。


「ダメージなし。逃げつつ、追い付かれそうなら倒しながらだな」


 尾野は走行エリア前でも1体を倒して、残りは8体。

 このままであれば、上手く逃げられると思っていたが、不運は尾野に付き纏う。

 視界に表示されていたジェネレーター出力が逃げ始めた当初よりも、下がっていたのだ。

 出力の低下からコンデンサへの充電時間を多めに見積もり、7秒ごとで動くことにした尾野。

 赤黒点が近づいてきて、走行エリアでさらに1体を倒して歩行エリアへ入った。

 その時、幻導院に連絡が入る。


『学生、こっちは終わった。今から向かう5分くらいだ。保つか?』

「ジェネレーター出力が落ちてます。出来るだけ急いでください」

『わかった』


 歩行エリアで尾野は迎え撃つ予定だ。

 少しだけ早く近づく1体の後ろには6体が密集している。

 歩行エリアを抜けたら、試運転場の外に出る。そうなれば、整備場を突っ切って、寮まで戻り地下道へ向かうだけだ。


 カサドールよりも少しだけ広い歩行エリアなら、カサドールを障害物にして逃げられると尾野は考えた。

 周辺地図を見て、敵の場所、味方の場所を確認した尾野。

 歩行エリアの角から出てきた1体に突進して、倒し終えると7秒後に後方へ緊急回避する。

 密集する6体の赤黒点が移動しているのを見ながら、尾野はカサドールをゆっくりと動かし始めた。


 操作靴をゆっくりと動かしながら、片足ずつ開かせる。

 それが終わると、刀を正面に突きつけるように腕を移動させていく。

 さらに、コンソールを使って全ての油圧ラインを閉鎖して、関節を固定させる。


「こちら尾野です」

『学生。今、向かってる』

「このままだと捕まえられるので、一か八か、カサドールを障害物として脱出します」

『もうすぐ着くが、無理そうなら急いで逃げろ』

「脱出します」

『ん? ああ、分かった。死ぬ気で逃げろ』


 尾野は通信を終えると、急いでシートベルトの確認をして周辺地図を見た。

 5つの青点が空を突っ切って向かっているが、到着前に赤黒点がカサドールへたどり着く。

 脱出前に尾野はジェネレーター出力を確認すると、半分以下になっていた。


「なんだよ、これ」


 その結果を見て呆れ顔になりながら、シートの間に挟まっている金具を尾野は思いきり引っ張った。

 それから1秒もしない内に、バンッという音と共にカサドールの胸部と頭部が飛んだ。

 頭上の視界が開けて、尾野は光が差し込んだと認識した直後、空へ飛んでいく。

 シートベルトが体に食い込み、上昇推力に負けないように姿勢を維持させる。


 尾野の誤算は脱出装置だった。

 空に打ち上がったシートはぐんぐん高度を上げていく。

 しかし、上がり切って降下をはじめてもパラシュートが開かない。


 急いでもうひとつの金具を尾野は引っ張ると、頭上で揺らめいていたパラシュートが開く。

 安心しながら降下をしていく尾野だったが、通常よりも低空で開いたため速度が速い。減速していくも通常のように着地出来ないと尾野は判断した。


 急いでシートベルトを外して、着地に備えるとイヤホンからノイズが聞こえてくる。

 それを無視した尾野は、地面に足が付くと同時に訓練でしていた五点着地でどうにか着地した。


 着地した場所はカサドールに近い、そのため急いで試運転場前から整備場へ向かって走る。少し離れて尾野が背後を確認すると、カサドールを乗り越えたアネモネがまだ遠い尾野目がけて手を伸ばしているところだった。

 急がなければ、逃げられない。走り始めた尾野の耳にノイズが聞こえてくる。


『――学生、後ろ見てろ』

「はい?」


 イヤホンを通して尾野の耳に聞こえてきた声は、大下の上官だと言っていた声だった。

 尾野が整備場前で背後を見ると、アネモネ6体が近づいているところだ。

 しかし、連続した発砲音が響きアネモネ6体、とカサドールが穴だらけになる。


『どうだ、学生』


 アネモネに襲われる状況でも無表情で対応していた尾野の顔は、怒りと呆れでしかめられた。

 視線は大破したカサドールに固定されている。


「こちら練習機、今しがた大破したところだ。おくれ」

『おい、学生。俺は射撃が苦手なんだよ』

「ノーコンはLACSに優ると? 通信おわり」

『なに言ってる。そこにいろよ』

「はい。おくれ」

『はいはい。おわり』


 尾野は大きな溜息を吐きながら、向かってくる5機のライドウ五式を見て、穴だらけになっているカサドールを見た。

 アネモネの体液が飛び散っており、汚れながらも立ったまま穴だらけのカサドール。尾野にとっては初めて整備をした機体で、約1年、彼はいやいやながらも試運転してきた機体だ。


 尾野は結末が残念だと思いながらも、アネモネとギリギリの状況で戦闘をして尾野を生かした機体だ。愛着がないわけではない。4班の班員たちもそうだろう。

 ネックサポーターと咽喉マイクを外した尾野は近づいているライドウ五式を見て、


「軍人が当てる判断をしたんだ。理由があったんだろうけど。ちげぇよな」


 尾野の中で心当たりはひとつしかない。

 強引にねじ込まれた武器試験、プラズマ推進ハンドライフルだ。

 尾野の思考は校庭に着地したライドウ五式の音で止められた。

 音はガスタービンエンジンの騒音だったが、それもすぐに収まってジェネレーターだけの駆動に切り替えた。

 ミリタリーグリーンで統一された機体の内、2機が片膝座りになりコックピットから人が出てきた。

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