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第10話 尾野への頼み

 □


 試運転場を出たカサドールは、武器試験場へ移動していた。

 コックピット内はカサドールが足を踏み出した振動、ジェネレーターの振動で小刻みに揺れている。

 揺れによって、コックピット内壁が共振してパイロットの尾野にとっても不快な音を立てていた。


「熊野、こちら尾野。先生もノイズキャンセリングを突破した騒音が聞こえてるでしょ? おくれ」

『尾野、こちら熊野。前より酷くなってないか? おくれ』

「こんなに酷いのに、班員達は性能を上げるようなパーツばっかり提案してくるんですよ。おくれ」

『先生が言っといてやる。位置に着いたなら射撃準備だ。充電を開始しろ。おくれ』

「了解。充電開始。おくれ」

『どのくらいかかる? おくれ』

「5分くらいです――」


 尾野がそう答えると同時に、コックピット内にサイレンが鳴り響く。

 HMDの視界で強調されている周辺地図を見た尾野は、大きく溜息を吐いた。

 地図には海からバリアントを示す赤で囲まれた黒点が移動していて、それが特区付近だけでなく民間居住区にも広がっている。

 尾野が視線操作で地図を広域表示させると、西日本の太平洋側が広く襲撃を受けているようだった。


『尾野! 充電と発射が終われば避難しろ。おくれ』

「熊野。充電だけでいいか。おくれ」

『発射して放電してくれ。おくれ』

「分かった。おくれ」

『見たところ近くにはいないから、落ち着いて避難しろ。おわり』


 尾野は動かせないカサドールのコックピットで溜め息を吐く。

 出力を低くしても、充電時間を延ばしても、練習機で使う武器ではないから可能な限り充電に電力を回していた。

 動けばジェネレーターは負荷によって止まり、充電も止まる。

 充電が止まれば、ジェネレーターを再始動させればいいのだが、再始動には駆動用のバッテリーを使う。

 しかし、充電に回していた駆動用のバッテリーには再始動させる電力がない。

 最悪の場合、尾野は脱出装置を使うことになる。


「まあ、そこまで急ぐわけじゃないし、いいかな」


 HMDで周辺地図を見ていた尾野は赤丸で囲まれた黒点に向かっていく、味方を示す青い点が見えていたから安心していた。

 戦術データリンク『幻導院』で動く軍機の情報を先取りしているからだ。

 一般人よりも早くに情報を入手しているからこその落ち着きが尾野にはある。

 充電状況と周辺地図を見ながら、頬杖をついていた尾野の視界に『幻導院』を使っての連絡が入った。

 強調表示に視線を合わせて、尾野は連絡を受ける。


『こちら国防軍、第十四旅団即応大隊の大下です。練習機、応答を』

「こちら練習機カサドール、尾野です」


 尾野のHMDに味方機とIFF上で判断された機体搭乗者である大下の画像が表示される。軍人らしい厳めし顔つきの男だ。


『尾野くん、逃げろ』

「逃げたいんですが、カサドールがプラズマ推進ハンドライフルの充電中で逃げられません」

『あぁ、あれ。どうしてカサドールで使うのか分からないけど、充電が終われば逃げてくれ』

「分かりました」

『地図を確認して、備えるように』

「はい」


 尾野が答えると、すぐに通話が終わった。

 大下が機体性能やプラズマ推進ハンドライフルの情報を把握していることに驚きつつも、そのおかげで話が上手く進んだことに安堵する尾野。


「パイロットって、作動点検しか出来ないんだと思ってたのにな」


 関心していた尾野だったが、特にやることもないため、ただ充電が終わるまで待つばかりだった。

 頬杖をついて周辺地図と充電状況をしばらく見ていた尾野だったが、サイレンが聞こえてきてHMDを注視する。


 整備士養成高校、パイロット養成高校というのは特区という場所にあり、その中でも試運転場や武器試験場は沿岸部にある。

 軍の演習場となると陸の真ん中にあるが、基本的に養成高校は沿岸部だ。

 今、尾野が乗るカサドールは埋立地の射撃位置に立ち、海側にある的へ武器を向けている。


 今回、襲撃をしているバリアントはD種。深海にいると言われる化け物だ。D種は赤黒点、H種は赤白点で表示される。

 尾野の視界は複数の赤黒点が、自分を示す緑点に近い場所で出現をしたのを確認した。

 すると、すぐに連絡が入ってくる。


『尾野くん、まだ充電終わらないのか?』

「はい、もう少しです」

『急いでくれ』


 尾野は的の奥にアネモネがいるのを目視した。

 充電の状況を確認しながら、待っている尾野のもとに再度連絡が入る。


『こちら大下の上官だ。学生、頼みがある』


 HMDに表示されたのは、大下よりも若い軍人の画像だった。

 名前を名乗らないことに首を傾げた尾野だったが、気にせず返事をする。


「なんですか?」

『武器の射撃するって聞いてるが、本当か?』

「はい」

『ちょうどいい、D種が見えてるだろ。逃げるなら、ソイツらを撃ってから逃げてくれ』


 大下の上官がそう言うと、カサドールに別の通信が入る。

 尾野が出ると、それは大下からだった。


『分隊長、なに言ってるんですか?』

『悪いが特区外に機体が出払っている。現状、どこも数が足りず、お前の所に急行できる機体はゼロだ。射撃のついでに数を減らしてもらえると助かる』

「わかりました。外しても文句はなしですよ?」

『分かってる』

『頼みました』


 通信が終わると同時に充電が完了した。

 尾野は周辺地図から他に襲撃がないか確認して、近くに出現したアネモネをみていく。

 数は15体。尾野はカメラ越しとはいえ、初めて対面した。

 ただシミュレーターの映像もHMD越しに見ているから、場所が違うだけだ。


「見た目はシミュレーター通りだな」


 尾野はそう溢し、アネモネが近づいてくるのを待つ間にLACSの設定を確認していく。

 ゼロイン予定の距離が700メートルで設定されている。

 通常の武器試験であれば、何発か撃って誤差修正作業をしてHMDのレティクルの真ん中に合わせるのだが、今回は出来ない。

 たった1発をうまく当てる必要がある。


「そもそも的がデカいから、大雑把でもどうにか当たるはずだよな」


 ローナ11よりも少しだけ小さい10メートル前後のアネモネ。

 LACSの設定でプラズマ推進ハンドライフル用のゼロインがなされている。

 尾野はそれを信じるしかない状況だ。


 もしもの時のために右手で刀を握らせた尾野は、ジッとアネモネが的を越えて近づいてくるのを待つ。

 沖からプカプカと浮いて現れたアネモネは、動かないカサドールを見つけて近づいていく。

 的から射撃位置までは埋立地のため、アネモネは歩いて移動を始めた。

 ジッと動きを見ていた尾野は、まとまって動く5体が重なるように少し移動をしてレティクルを合わせる。

 的よりは近いが50メートルも進んでいない5体のアネモネに向かって、尾野は射撃ボタンを押す。


「照準よし。発射」


 養成高校生らしい掛け声の後に発射された金属製の杭は、ドンッという音で射出された。

 それは尾野にとって運よくアネモネ5体を貫き、的に突き刺さる。

 しかし、運が良いのはそこまでだった。

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