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境界の咎人  作者: 丹㑚仁戻
第一章 砕けた星は虚空を彷徨う
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約束と自己満足の違い〈三〉

「――その帰り道だったんです、君津さんが事故に遭ったのは」


 ことの経緯を話し終え、倉木が辛そうに眉根を寄せる。


「次の日学校で事故のこと聞いて、なんとなく上の公園に来て……そしたら、彼女がいた」


 話しながら倉木が背後の君津を見やる。箱の中に座った君津が倉木を見ることはない。彼の話を聞いているようにも見えない。物言わぬ彼女を見て倉木は一層表情を険しくすると、「……俺のせいだと思いました」と続けた。


「俺がよく分からないまま返事したから、変に期待させて、傷つけて、それで事故に……こんな、何も言わない状態に……っ……だからせめて約束は守りたくて! 本人はきっと望まないだろうから、彼女のゴーストと一緒に……」


 悲痛な面持ちで倉木が言えば、東雲が「少年……」と悲しそうな顔をした。三城もまた倉木を見つめ、時折気まずそうに視線を彷徨わせる。「ごめん、俺……」小さく呟けば、倉木は「分かってくれたならいい」と首を振った。

 そして、溯春に向き直る。


「だからお願いです。あと三日だけ待ってください。俺に君津さんとの約束を果たさせてください」


 そう言って頭を下げた倉木を見て、東雲と三城は期待するように溯春を見た。しかし――


「断る」


 きっぱりと告げた溯春に、周りの者達が目を見開く。


「約束がどうのこうのっつーのはお前の都合で、俺には一切関係がない。ったく、急に語り出しやがって」

「ちょ、溯春さん!」


 東雲が慌てて声を上げれば、溯春が「あ?」と顔を(しか)めた。


「なんだよ、お前までガキの恋愛ごっこに付き合えってか?」

「だって今の聞いたでしょう? 彼は罪悪感があって、」

「ンなモン心底どうでもいい」

「うわ……」


 溯春の返事に東雲が天を仰ぐ。「三日くらいなら待てるでしょうに……」困り果てたように東雲がぼやいたが、溯春は全く気にすることなく「《キルコマンド実行申請》」と口を動かし始めた。


〈申請確認:IDを指定してください〉

「ッ、溯春さん! ちょっとだけ待って!!」


 溯春の手に現れた半透明の大鎌、どこからともなく聞こえる機械音声。その後に続くであろう展開を予想して東雲は制止しようとしたが、溯春に聞き入れる素振りはない。


「無理。《ID検索指定:俺の目の前にいる小娘》」

〈検索完了。申請承認。コマンド実行権限を付与します〉

「――あぁぁぁ待って待って待って! 人の心ぉ!!」


 淡々と進んでいく手続きに東雲は頭を抱えた。実体を持った大鎌はゴーストを消し去るためのもの、これが振られれば全てが終わりだと顔を歪める。

 東雲はぐっと目元に力を入れると、「少年!」と倉木に呼びかけた。


「きみがその子との約束を守りたいことは分かった! でもゾンビはその子本人じゃない。思考能力もなければ、記憶だって保持できないんだよ! たとえ消えても、ゾンビでいた間にきみと過ごした記憶は本人には引き継がれない!!」

「そんな……」


 東雲の言葉に倉木が声を漏らす。だが、すぐに首を振った。「むしろちょうど良いです」自嘲するように笑う倉木に、東雲がじれったそうに歯を食いしばる。


「ちょうど良くなんかない! きみが今これだけ頑張ったことも自己満足で終わっちゃうんだよ? それに今は無害でも、いつまでもそうとは限らない。ニュースで見るでしょ? ゴーストが人を襲うって。ゾンビっていうのはゴーストとして不完全だから触れられないし、無害そうにも見えるけど、でもいつかそういうゴーストになっちゃうかもしれないんだよ! このままにしておいたら君津さん本人が目覚めないだけじゃなくて、人を襲う化け物になるんだ!」


 東雲は必死に声を張り上げた。どうか届けと願うように悲痛な面持ちで、倉木に向かって話し続ける。


「お願いだからそこをどいて! ゴーストを消す瞬間なんて見るモンじゃない。それにこれ以上おれ達の邪魔をすれば、下手すれば本当に他者に害意があると判断されてレベル(フォー)行きになる!」

「ッ……」

「レベル(フォー)だよ? いいの? 終身刑しかないんだよ!? 学校も行けなくなって、殺人犯とかテロリストとか、そういう奴らと同じように扱われるんだ! 君津さんが目を覚ました時にそれを知ったらどう思うか考えてみてよ!」


 東雲の説得に、三城もまた「倉木、もう諦めろ!」と声を上げた。


「こんなことで刑務所に行くな! お前がいくら身体張っても結局ゴーストは消されるんだよ!」


 二人の叫びを聞いて倉木がぐっと目を閉じる。瞼には何本もの皺が走り、睫毛が小刻みに震える。荒い呼吸音は東雲のいる場所まで聞こえてきた。苦悶するようなその姿に、東雲が祈るように倉木を見続ける。


 その時だ。「もういいか?」冷たい声が落ちた。東雲ははっと声の主の方を見ると、「もうちょっと待ってください!」と懇願した。


「あと少しだけ! 本人の意志でどいたって記録が残せれば……!」

「罪に問われずに済むって?」

「そうです! だから――」


 縋るように言葉を続けようとした東雲を、溯春の冷え切った眼差しが遮る。


「だから何だ。散々警告してるのにどかないのはこいつだ。もうこれ以上付き合ってやる義理はない」

「でも!」

「あのガキは既に罪を犯した。情状酌量だの何だの考えるのは俺らの仕事じゃないし、犯罪者に容赦してやる必要だってない。子供だからって躊躇(ためら)うんだったら訓練所からやり直せ」

「ッ……」


 東雲がぐっと眉間に皺を寄せる。明らかに納得していないその様子を見て、溯春は大きな溜息を吐いた。


「いいか、東雲。お前は狩猟犬で、俺はハンドラーだ。――指示に従えない犬はいらない」


 鳥肌の立つような声だった。声質はいつもと変わらないのに、聞いた者を竦み上がらせるような威圧感がある。

 その声を向けられた東雲は動けなくなっていた。全身が粟立ち、溯春の目に釘付けになる。彼の黒く暗い瞳に光はない。それが余計に恐ろしく、東雲から思考を奪う。


「最後だ、東雲。そのガキをどけろ」


 同じ声で言われれば、東雲はもう逆らうことができなかった。一足飛びに三城を通り越し、倉木の前に移動して、呆然とする彼の腹に腕を回す。倉木が自分の身に起きたことを理解しきる前に、彼を抱えた東雲はその場から飛び退いた。


 そして、代わりにそこに現れたのは溯春だった。倉木のいた場所に立つ彼が腕を動かせば、空気を切り裂く音と同時に大鎌が振られる。


「ッ、君津さん……!」


 倉木が声を上げた時にはもう遅かった。


 君津の首が胴体を離れる。宙に投げ出された首は放物線を描いて地面に落ちて、それとほぼ同時に君津の身体がノイズに包まれた。


 ほんの一瞬の出来事だった。溯春が大鎌を振ってから、ほんの一、二秒。その短い時間でゴーストはノイズと共に人の形を失って、そして消えていった。

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