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境界の咎人  作者: 丹㑚仁戻
第一章 砕けた星は虚空を彷徨う
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約束と自己満足の違い〈二〉

「――ねえ、倉木くん。天体観測に興味ない?」


 それは今から三週間ほど前の、ある日の休み時間のことだった。いつもと変わらない調子で問いかけてきた君津に、倉木は「天体観測?」と首を傾げた。


「そ、天体観測。今度のしし座流星群がね、一〇〇年ぶりに過去最大規模の流星嵐になるみたいなの。聞いたことない?」

「あー……なんか凄いやつ」


 そういえば君津は天文部だったな、と倉木は思い出した。一年生の頃に同じクラスになった君津とは、当時所属していた委員会の関係でクラスの替わった今でも頻繁に談笑する仲。普段はあまり部活動のことについて話すことがないため印象が薄いが、夜空に興味があるのだという話は聞いた覚えがある。

 倉木はそこまで記憶を辿ると、同時に天体観測についてのある話も思い出した。完全に素人の自分でも聞きかじったことのあるものだ。


「でもああいうのって、山の方行かないといけないんじゃないか? ほら、空気が澄んでるとかなんとかって。ここから山って結構あると思うけど」

「それは大丈夫! 折角のことだからって、流星嵐の日は気象庁が上空の湿度を下げてくれるらしいんだよね。だから裏の丘にある公園からでも見えるの」

「へえ、そんな大事(おおごと)なんだ」


 普段はどんなイベントがあってもスケジュールどおりにしか気候を管理しない気象庁まで動くとは、君津の言う流星嵐というのはよほど珍しい現象なのだろう。

 そう考えると、天体観測に興味のない倉木にも魅力的に感じられた。近場の公園で見られるということも大きい。そんな手軽に、君津のように天体観測に慣れた人間が目を輝かせる現象が見られるのだと思うと、なんだかどんどん見てみたくなってくる。


「ねえ、どう? 国まで動いてくれる天体現象、見てみたくない?」


 そう問う君津はもう倉木の気持ちに気付いているようだった。少しだけ悪巧みするような笑い方なのは、自分の思惑通りにいきそうだからだろう。倉木はまんまとやられたなと思いながら、「いいよ。見に行こうか」と君津に頷いてみせた。その時だった。


「――何、お前らっていつ付き合ったの?」


 通りかかった三城が首を捻る。何のことだろうと思いながら倉木が「付き合ってないけど?」と返せば、三城は怪訝な顔で「夜一緒に出かけるのに?」と問いを重ねた。


「ンなのお前、告白したようなモンじゃ……あー、ごめんなんでもない、忘れて」


 三城が突然発言を撤回する。その視線の先には怒ったような君津の顔があったが、三城の方を向いている倉木からは見えない。

 だから倉木は三城の行動を不思議に思いつつも、足早に去っていく彼を引き止めることはしなかった。



 § § §



 それから一週間後の放課後。倉木は君津と公園に来ていた。学校の近くにある、丘の上の公園だ。


「下見なんてする必要ある? 適当にそこらへんに座ったんじゃ大変なの?」


 倉木が不思議そうに君津の背中に尋ねる。今日ここに来たいと言ったのは彼女だ。

 下見をしたいとは聞いているが、何が必要なのか倉木にはさっぱり分からない。やはり望遠鏡などを使うにはそれなりの準備が必要なのだろうか――倉木がなけなしの知識を掻き集めて考えていると、「まあ、それもあるんだけど……」と前を歩く君津が振り返った。


「三城くんの話、覚えてる?」

「三城?」

「……覚えてないよねぇ」


 きょとんと返した倉木に、君津が困ったように眉尻を下げる。躊躇うように視線を彷徨わせ、小さく何度も口を動かす。何か言いたげなその様子に倉木が待っていると、たっぷりと時間をかけた後、君津が意を決したように口を開いた。


「告白のつもりだったの。天体観測に誘ったの」

「なんの?」

「倉木くんが好きだって」


 君津が倉木を見つめる。真剣な眼差しに、倉木の心臓が跳ねる。


「倉木くん、わたしと付き合ってください」


 震える声で言って、君津は大きく頭を下げた。君津の長い髪がふわりと揺れる。いつも綺麗に整えられているそれが、体勢と勢いのせいで僅かに崩れる。

 君津らしくないその姿を見ながら、倉木は「……ごめん」と小さく答えた。


「それは、どっちの?」


 ゆっくりと君津が顔を上げる。仲間はずれになった髪の束が、彼女の表情を少しだけ隠す。


「……両方。気付かなかったのと……告白の、返事」


 倉木が答えれば、目隠しの下で君津の顔が歪んだ。


「君津さんが嫌いってわけじゃなくて! その、考えたことなかったから……」

「……今後も考えられそうにない?」

「……うん」


 沈黙が訪れた。まだ暑さを残す日差しがジリリの首筋を焼くのに、どちらもその場から動くことはない。

 君津の長い睫毛が、彼女の目元に影を作る。地面を見つめていた目が瞼に隠される。ふるふると震えたそれが再び開かれた時、君津は「そっか」と言って髪を手ぐしで整えた。


「ごめんね、困らせて」

「…………」


 倉木は何も返せなかった。いつもの姿に戻っていく君津の髪を見ながら考えるも、かけるべき言葉が見つからない。

 そんな倉木に君津は困った顔をすると、「じゃあ、あの……天体観測の話もナシで!」と笑ってみせた。


「ほら、こんな感じで付き合わせるのも悪いしさ。ああ、下見もいらなくなっちゃったね。時間取ってもらったのにごめんね? あとは……そう! わたし先帰るね!」

「あっ……」


 元気に、しかし早口で。まるでこれ以上ここにはいたくないと言わんばかりの彼女に、倉木はやはり何も言うことができなかった。

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