真夜中の秘密
ある日の夜、東雲は一人で街を歩いていた。いつも隣にいる溯春はいない。今はゴーストクリーナーとしての勤務時間外、彼は自宅にいるはずだ。
もしくは、〝パパ〟探し。しかしそれはないと東雲は知っていた。他でもない自分も今、その痕跡を追っているからだ。
「……薄いなぁ」
辿るのは、あの少女のニオイ。名前は文入眞空だと、伝手を使って調べて分かっている。ただ彼女に関する情報はほとんどなかった。一年以上前に家出しているが、一緒に暮らしていた母親は形だけの保護者だったらしく、当時まだ十七歳だった彼女の捜索願すら出していなかったのだ。
だから少女の、文入の行動範囲がまるで分からない。そのため東雲にできるのはニオイを追うことだけだった。
先日別れた公園から辿り、途切れたら周囲を探して、そして見つけてはまた追いかける。
だがこの行動を始めたのがここ数日ということもあり、文入の捜索は難航していた。時折自殺のニュースが入ればそこへ向かうが、今のところ文入の仕業と思えるものは見つかっていない。
「溯春さんよりも早く見つけなきゃ」
闇夜を睨み、呟く。東雲は自分を鼓舞するように大きく息を吸うと、再び捜索をし始めた。
§ § §
「――何寝てんだよ」
「あでっ」
突然頭を襲った衝撃に、東雲は小さな悲鳴を上げた。そのまま開いた目で辺りを見渡せば、ここが管理局にある自分達のオフィスだということが分かった。
窓から差し込む光、背中に触れる慣れた感触――どうやら自分はソファで居眠りしていたらしい。東雲はそこまで把握すると、欠伸を噛み殺しながら起き上がった。
「最近寝すぎだろ。たるんでるんじゃねェか?」
「……ちょっと睡眠不足なだけですぅ」
そう言い訳するも、確かにここのところ居眠りが増えているのは東雲も感じていた。仮に眠らずとも、溯春の目敏さなら自分の眠気に気付いているかもしれない。と思ったが、そもそも溯春は自分に興味もないような気がして、東雲はなんとも言えない気持ちになった。
「また今日も案件ねェのか?」
「ッあります!」
溯春の問いに大きな声で返事をする。自信満々にホロディスプレイを出し、同じ内容が溯春の方にも表示されるように操作した。
「ほら、これ――」
見てくださいよ――その言葉は最後まで言えなかった。東雲のホロディスプレイが着信を知らせたからだ。
そこに表示された名前は朱禰。これは出ないわけにはいかないと、東雲はスピーカーになるように着信に応じた。
「はい、東雲です」
〈東雲くん? 君が持っていった案件だけど、こっちに返してくれない?〉
開口一番、朱禰から告げられたのは想定外の言葉。「え?」訳も分からず東雲が聞き返せば、朱禰は〈他の人に回すつもりだったんだよ〉と補足した。
「他の人って……でもこれ、おれらの担当地区っスよ?」
〈うん、でも――〉
「やりますよ」
朱禰を遮ったのは溯春だった。既に東雲から共有されていた資料を見ていた彼は、「支部長の懸念は分かってます」と続けた。
「これだったら下手に他の奴にやらすより、俺が行った方がいいでしょう」
〈駄目だよ。確かにそうかもしれないけど、でも逆に余計ややこしくなるかもしれないだろう〉
朱禰と溯春の会話に、当事者であるはずの東雲は全くついていけなかった。慌てて資料を見てみるも、朱禰の懸念とやらも、溯春が自分がやるべきだという理由も読み取ることができない。
「深夜にできるよう先方にかけ合ってみます。それでも駄目ですか?」
〈いや……〉
「なら決まりで。ま、軽く変装もしていきますんで」
溯春が言えば、朱禰がそれ以上食い下がることはなかった。〈分かったよ、こっちからも連絡は入れておく〉溜息と共に返ってきたのは溯春の提案を受け入れる言葉。それを最後に通話は終了したが、やはり東雲の顔は不思議そうに顰められたままだ。
「一体何なんスか……」
む、と東雲の口がへの字を描く。「知らなくていい」溯春に言われて、東雲は更に眉間に力を入れた。
「そーやってまた溯春さんと支部長にしか分からない話して……」
「知らなくていい」
「おれが持ってきた案件っスよ」
「俺が言わなきゃ回収されてただろ」
「それはそうっスけど……」
「なんだかなぁ……」東雲がソファの背もたれにもたれかかる。そんな彼を見て溯春は「寝るなら今のうちに寝とけ」と言うと、オフィスから出ようとした。
「どこ行くんスか? 深夜になるんだったら時間あるのは分かりますけど」
「支度」
「支度ぅ? あ、変装!」
東雲は通話の内容を思い出すと、ガバッと身を乗り出した。
「そういや変装してくって言ってましたよね! どんな格好するんスか?」
「着替えるだけだよ。お前も私服用意しとけ」
「それだけぇ? 私服系でいいならおれがプロデュースしましょうか!?」
「いらん」
溯春はそれだけ言うと、振り返ることもなくオフィスを後にした。




