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境界の咎人  作者: 丹㑚仁戻
第三章 夢喰み心に入り込む
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生に縋り付く者〈一〉

『――被害者ぶってんじゃねェよ、連続殺人犯』


 その声に東雲が振り向けば、そこには溯春の姿があった。男を追って行ったはずの彼が何故ここに――東雲の中に浮かんだ疑問は、直前の溯春の言葉のせいで隅へと追いやられた。


「連続殺人犯って……溯春さん、何言ってるんスか?」


 ホロディスプレイを閉じながら東雲が問う。怪訝を隠しもしないのは溯春の発言の意味が微塵も分からないからだ。

 しかし溯春は表情を変えないままゆっくりと東雲に目を向けて、「さっきの男は死んだ」と告げた。


「死んだって、どうして……」

「そいつが殺したからだ」

「は? 何言ってるんスか。この子は気絶してたんスよ?」

「その身体はな」


 東雲に答えながら、溯春が少女へと視線を移す。その視線を向けられた少女は未だ腕を東雲に掴まれたままだ。

 少女は困ったように苦笑いして、「意味分からないよ、お兄さん」と首を振った。


「ていうか誰だし。あなたも公務員? そういう仕事の男の人が二人して女の子に詰め寄るってどうなの?」

「そういう仕事だからな」

「キモ、意味分かんない。警察じゃないでしょ? なのに人のこと止めて人殺し呼ばわりして……何これ、あたし誘拐される感じ?」

「知り合いが死んだことはどうでもいいのか?」


 溯春の問いに少女が動きを止めた。「……大した知り合いじゃないもん」答えて、少しだけ顔を下に向ける。


「お前は大した知り合いでもないのに腕組んで歩くのか」

「それくらい普通でしょ? こんな状況でもなきゃお兄さんとも腕組めるよ。キスもしてあげよっか?」

「ならなんで俺から逃げた?」

「だってお兄さん目つき怖いじゃん」


 へらりと笑って答えた少女を見て、二人の話を聞いていた東雲が眉を顰めた。「何の話……?」訝しむようにぼそりと呟く。その声に少女は不思議そうな顔で東雲を見上げたが、すぐにはっとして溯春に向き直った。


「気付いたか? お前と俺は()()()()()()()()()()んだよ。東雲に捕まってるお前はいつ俺から逃げた?」

「っ……」

「どうせ誰にも気付かれねェって余裕こいてるからそういうことになるんだよ。だから平気で殺しの証拠を残すんだ」


 そう言って少女を睨みつけた溯春の目は冷たかった。そこに浮かぶのは犯罪への怒りや憎しみではなく、侮蔑。心底軽蔑していると言わんばかりの冷めた目線に、少女だけでなく、東雲までもが身体を強張らせる。


「さっきの男も昨日の女も、どっちも見た目は自殺だ。だがどちらともお前は関わってる。調べればこれまでの自殺者とも関わりがあることが分かるんじゃないか?」


 溯春が言葉を続ければ、少女がゴクリと唾を飲み込んだ。じっと溯春を見つめ、彼から目を逸らせずにいる。

 一方で東雲は溯春の言葉をすぐには飲み込めなかった。頭の中で反芻するも、やはりどういうことか理解ができない。


「待ってください、溯春さん。自殺なんスよね……? でもさっきこの子のこと殺人犯って言ってたじゃないスか。自殺で殺人って意味が分かりませんよ?」

「分かんねェのはお前だけだ。黙っとけ」

「黙っとけって……」


 東雲がぐっと眉根を寄せる。何か言いたげに溯春と少女を交互に見つめていたが、溯春が少女に向けて話し始める気配を察して口を噤んだ。


「普通は自殺幇助と殺人、どっちで警察に突き出されたいかって聞くところだが……良かったな、見つけたのが俺で。この場でゴーストとして処分してやるよ」


 そう溯春が話し終えた瞬間だった。「ッ、ちょっと待った溯春さん!!」東雲がぎょっとして声を上げる。すると溯春は鬱陶しそうに東雲を見て、「なんだよ、黙れっつっただろ」と不機嫌そうに返した。


「いや黙れませんよ! だってこの子はただの女の子ですよ!? もしかしたら犯罪者かもだけど……でもゴーストとして扱うのは本当に意味が分かりません!!」


 混乱が東雲の語気を強める。溯春が自殺を他殺と呼ぶことも、まるでその犯人が少女であると決めつけていることも理解できないが、それよりも生きた人間をゴーストとして扱うという言葉は何よりも受け入れられなかった。

 人間は人間なのだ、ゴーストとは違う。そしてゴーストクリーナーである溯春がゴーストとして扱うということは、他のゴーストと同じように少女を消すと言っているようなものなのだ。


 つまりは、殺人の示唆。それを言ったのが他の人間ならまだ東雲も落ち着いていられたかもしれない。

 しかし溯春は駄目だ、と東雲は焦りを感じていた。何せ彼は元レベル(フォー)の囚人。ゴーストクリーナーとして刑務所の外に出ているが、それは刑期を終えたからではないということは東雲も知っていたからだ。

 そんな人間が殺人を仄めかすなどあってはならない。最悪溯春は刑務所に戻されることになるかもしれない――それらの懸念が東雲の目に浮かぶ。

 だが、その目を向けられた溯春が顔色を変えることはなかった。


「ゴーストをゴーストとして扱って何が悪い」


 いつもと同じ、冷たく落ち着いた声で溯春が言う。


「ゴーストって……この子は生きた人間ですよ……?」


 何を言っているんだとばかりに東雲が問えば、溯春は「今はな」と返して、少女に目を向けた。


「お前、元ゴーストだろ」

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