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境界の咎人  作者: 丹㑚仁戻
第三章 夢喰み心に入り込む
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人ならざるモノの邂逅〈三〉

 溯春を見送った東雲は少女の様子を観察していた。

 顔色は良く、規則正しい呼吸をしながら目を瞑っている。薬品の匂いもしない。どう見ても眠っているだけだが、急に完全な熟睡状態になるだろうか、と首を捻った。


「…………」


 眠る少女を見ながら、東雲の眉が曇る。少女からは彼女以外のニオイがするのだ。

 一人は先程の男で間違いない。そして、もう一つ――これも男のものだった。しかし、別の人間だ。年齢は先程の男と同じくらいだが、それよりもしっかりとニオイが付いている。直接的な接触で付いたような強さはなく、どちらかと言うと長時間一緒に過ごすことで移ったニオイのようだ。

 同居家族のニオイと考えるのが妥当だが、しかし東雲の脳裏には直前に見た光景がこびりついて離れなかった。仲の良い家族はいるだろうが、あれはどう見ても――東雲が結論に至りそうになった時、少女の睫毛がふるりと震えた。


 閉じられていた瞼が開く。ぼんやりとした目は東雲を捉え、そして見開かれた。


「わっ……びっくりしたぁ」


 愛らしい声が驚きを表す。きょとんとした顔で東雲を見つめるが、寝起きに見知らぬ大男が傍にいたという状況にしては小さい反応だ。


「大丈夫? どこか悪いとこない?」


 立っていた東雲がしゃがみながら尋ねれば、少女は眉をハの字にした。


「お兄さんだれ……?」

「ああごめん、きみが倒れるの見かけたから」


 言いながら東雲が両手を上げる。「通りすがりの公務員です」ホロディスプレイ上に名刺として使っている身分証を表示して見せれば、上体を起こした少女は「ついせきかん……」とぼんやりと読み上げた。


「追跡官っていうのはゴースト関連の仕事で、とりあえず怪しいモンじゃないって分かってもらえれば。きみが突然倒れて寝ちゃったのって病気か何か? どこも打ってないと思うけど救急車呼んどく?」

「ううん、大丈夫。そういう体質だから」


 ベンチに座った少女がうんと伸びをする。「いてて……」身体を動かしながら険しい顔をした少女に、東雲が「怪我?」と尋ねる。すると少女は「……寝違えただけ?」と肩を竦めた。


「ほら、ベンチって寝心地悪いじゃん。それであっちこっち痛くなったんだと思う。もう治ったよ」

「こんな短時間で寝違え……? 平気ならまあいいけど……あ、そうだ。一緒にいた人は知り合い? 連絡取った方がいいかな?」


 東雲が探るように少女を見る。「あー……」少女は少しだけ考えるような顔をして、すぐに「大丈夫」と首を振った。


「そんな仲良いわけじゃないし。連絡しても向こうだって『ふーん』で終わると思う」


 少女の答えに東雲は眉を顰めた。「……普通の友達?」売春か何かではないかと込めて言う。しかし少女は「そんなとこ」とはぐらかすだけで、それ以上何かを言う気配はない。

 それどころかすっと立ち上がって、「あたしもう行くね」と去ろうとした。


「あ、待って! 本当に大丈夫なの?」


 引き止める東雲に少女がニッと笑みを返す。


「大丈夫だよぉ、ちょっと寝ちゃっただけだから」


 倒れた本人にそう言われてしまえば、東雲にはもう何も言うことはできない。「そっか……」気まずそうに視線を落とす。そんな彼に少女は「じゃあね」と手を振って、その場から去っていく。


「…………」


 少女の後ろ姿を見ても不調の兆しは見当たらない。東雲が諦めたようにふうと息を吐いた時、彼の目の前にホロディスプレイが現れた。溯春からの着信だ。


「あ、溯春さん。さっきの子ならもう起きましたよ。元気そうに歩いて――」

〈女を捕まえろ〉

「え?」

〈いいからさっさと捕まえろ。逃がすな〉


 厳しい溯春の声に東雲の顔つきが変わる。返事をする前に地面を蹴り、歩いていく少女の腕を掴んだ。


「きゃっ……!?」


 少女が悲鳴のような声を上げる。何の前触れもなく突然後ろから腕を掴まれたのだから当然だ。

 顔に恐怖すら浮かばせた少女は後ろを振り返り、東雲を視界に入れた。その瞬間彼女の身体の力は少しだけ抜けたが、しかしまだ警戒は解けない。


「お兄さん……!? 急にどうしたの……?」

「驚かせてごめん。おれもよく分かんないんだけど、でも行かせるわけにはいかなくて」

「は……?」


 少女が怪訝そうに眉根を寄せる。見知らぬ男の行動に警戒していた彼女は、それまでとあまり変わらない東雲の様子を見て顔から困惑を消した。そして、次に見せたのは怒り。「いや意味分かんないんだけど」それは突然驚かされたからか、それとも東雲の言葉のせいか。これまで愛想良くしていた少女はうんと目元に力を入れて、「離してよ!」と声を荒らげた。


「なんなのアンタ! ほんと意味分かんない!」

「だからごめんって!」

「ごめんじゃ意味分かんない! この変質者!」

「や、ちが……!」


 少女の言葉に東雲が狼狽える。しかし少女を捕らえる腕の力は緩まない。拘束を解こうと腕を振り回していた少女はいくらやっても無駄だと気が付くと、悔しそうに口をへの字にした。


「もう! 離してよ! 痛いってば!!」


 少女がそう叫んだ時、〈うるせェな〉と東雲のホロディスプレイから声がした。


「――被害者ぶってんじゃねェよ、連続殺人犯」


 声が重なる。一つは東雲のホロディスプレイから。そしてもう一つは、二人のすぐ近くから。

 東雲と少女が顔を向ければ、そこには溯春の姿があった。

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