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境界の咎人  作者: 丹㑚仁戻
第三章 夢喰み心に入り込む
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人ならざるモノの邂逅〈二〉

 管理局のビルを後にした溯春は、昨夜見つけたホテルへと向かった。

 最後に見た時から数時間が経っているが、室内に昨日と同じ人物がいることは既に別の建物から確認して分かっている。そのため溯春は迷うことなくホテルに入っていくと、ロビーのソファに腰を下ろした。

 溯春の座る場所からはエレベータがよく見える。ホロディスプレイを出した溯春は適当にそれを操作しているように見せつつも、エレベータから出てくる人間に気を配り続けた。


 そうして、半日が経った頃。何度となく開いては閉じていたエレベータの扉から、一人の女が出てきた。

 ホロディスプレイを見ていた溯春の目が動く。それまでは一瞬で逸らされていた視線は、女からなかなか離れない。

 溯春が見ている間にも女はロビーを通って出口へと向かっていたが、彼女に周りを気にする素振りはなった。自分が誰かに見られていることなど夢にも思っていないかのように、軽快な足取りで歩いていく。

 そして女が外へと繋がる扉に差し掛かったところで、溯春はやっと腰を上げた。


 気取られない程度の距離を空けて、女の後についていく。女はやはり、溯春には気付かない。そのまま一人で一〇分ほど街中を歩いていくと、女はカフェの中へと入っていった。

 しかし、溯春は後に続かない。店を通り過ぎ、道路を横切って反対側へ。そこまで来てやっと、カフェの方へと目を向けた。


 ガラス越しに女の姿が見える。誰かと話しているようだ。その相手の手だけは辛うじて見えるが、それ以外は溯春の位置からでは見えなかった。


「――何やってんスか、溯春さん!」


 溯春の後ろから東雲が声をかけたのは、溯春がそこで待ち始めて三〇分近く経った頃のことだった。

 しかし溯春は東雲をちらりと一瞥しただけで、驚いた様子はない。「うるさい黙れ」とだけ言うと、再び視線をカフェへと戻した。


「なんでここにいる? 仕事はどうした」


 東雲の方を見ないまま溯春が問う。すると東雲はむっと不服そうな顔をして、「それこっちの台詞なんスけど」と口を尖らせた。


「急ぎの分だけやって追いかけて来たんスよ。居場所は分かりますし」

「クソ面倒なシステムだな……」

「溯春さん、一応自分が犯罪者って忘れてません? いくら国の仕事してるからって完全に野放しじゃいけないんスよ」


 東雲はふんと鼻を鳴らすと、「ていうか何してるんです?」と続けた。


「丸一日この辺りにいますよね。朝出てったのにもう夕方っスよ」

「別に何だっていいだろ」

「おれの予想言いましょうか? 張り込みですよね。もしくはストーキング」


 挑発するように東雲が言う。「でもこの辺ゴーストの気配ないっスよ」咎めるような東雲の声に溯春は嫌そうな顔をすると、「分からないなら黙ってろ」と手で払った。


「うわ、ひっどい! 正式な案件でもないのに一般人を監視しちゃ怒られるから言ってるのに」


 東雲が不満をこぼした時、「少し黙れ」と溯春がそれまでよりも強い声で言った。その声色に東雲の動きが止まる。そして溯春の見ている先を辿れば、カフェから男女二人組が出てくるのが分かった。

 歩道を歩いていく彼らを追って溯春が動く。東雲もそれを追いかけると、必然的に二人でカフェから出てきた男女を追う格好になった。


「……あれ、親子ではないっスよね?」


 訝しげに東雲が言ったのは、男女の年齢差を思ってだろう。女は女性というよりは少女と表現すべき外見で、男の方は中年。親子と言っても差し支えのない年齢差がある。しかし少女が男に腕を絡めているあたり、あまり父と娘の関係性とは考えにくい。


「ンなのどうでもいい」

「えー……溯春さんが追いかけてるのに……」


 溯春の答えに東雲は渋い顔をしたが、しかし溯春が本当にどうでもいいと思っていそうなのは彼の横顔から察することができた。「……何やってんだろ」がっくりと項垂れて、足を動かし続ける。

 そうしてまたしばらく歩いていくと、少女と男は公園の中に入っていった。都会の中に作られた大きな公園で、夕方といえども人通りはそれなりにある。遊ぶ子供は少ないが、もう少し早い時間帯なら賑やかな声が聞こえてくることを東雲は知っていた。

 それが東雲の警戒心を些か緩めたが、目の前の男女の関係性も、隣を歩く溯春の目的も分からない以上、完全に油断するわけにはいかない。


 そう思って、東雲が背筋を正した時だった。ずっと歩いていた男女が足を止めた。

 そして、少女が男に抱きつく。


「は!? もしかしてあれパパ活とかじゃ……!?」

「黙れ」


 愕然とした東雲の前に溯春が手を伸ばす。東雲は動くなという意味だと理解してぐっとこらえたが、溯春の指の間から見えたものに「あ!」と小さな声を上げた。


 少女と男の顔が近付く。少女が男の頬に手を添えて、自分の方に引き寄せているのだ。口づけてしまいそうなくらいに近付いて、少女が男と額を合わせる。二人とも目を閉じているその様は、まるで本当に唇を合わせているかのよう。

 目の前の光景に東雲がなんとも言えない顔をしていると、不意に少女の身体がかくんと落ちた。


 そのまま少女が力なく倒れ込む。男が支えるが、少女はだらりとして動かない。


「ちょっ……!」


 東雲が慌てて一歩踏み出す。


「行くな」

「でも……!」


 自分を制止する溯春に東雲がその場で抗議していると、男は少女を近くのベンチに横たえた。

 救急通報をするのか、それとも介抱するのか――東雲が厳しい眼差しで様子を見続ける。しかし男は何もせずにその場を離れていった。


「はぁ!? 無責任すぎだろあのオッサン!」

「東雲、女を見とけ」

「え?」


 東雲が声のした方を見た時にはもう、そこに溯春の姿はなかった。珍しく小走りで男を追いかけていたからだ。

 その場に東雲と少女だけが取り残される。「いや追うのはおれの役目でしょ……」東雲は小さくぼやいたが、気絶している少女を一人にするわけにはいかないと、渋々と少女の方へと歩いていった。



 § § §



 東雲に少女を任せた溯春は男を追っていた。やはり気取られない程度に距離を取り、追いつくために早めた足も男に合わせる。

 男は街中に向かっているようだった。公園から離れれば離れるほど、背の高い建物が多くなっていく。その分往来の人々も増え、溯春は人混みを縫うようにして進んでいった。


 そのせいだろう、通行人に肩がぶつかった。「何!?」ぶつかった女性が悲鳴のような声を上げる。溯春が睨めば女性は怯んでそそくさと去っていったが、前方に目を戻した溯春は異変に気が付いた。

 それまで追いかけていた男が溯春を見ている。少しだけ驚いたように、そして不可解そうに。気付かれた――溯春が思わず顔を顰めると、男は弾かれたように身を翻して走り出した。


「クソが……!」


 恐らく男は溯春に追われているとは思っていなかっただろう。その確信を与えてしまったのは自分の反応だ――溯春が苛立ちを隠しもせず追いかけていけば、男がとあるビルに入ろうとするのが見えた。

 しかし走って入ろうとするのが不審に思われたのか、ビルに警備員に止められる。その間にも溯春が近付いていけば、男は方向を変えてまた走り出した。


「チッ!」


 溯春の口から舌打ちがこぼれる。さっさと追いついてしまいたいのに、人通りが多いせいでうまく進めない。

 ほとんど距離が縮まらないまま追いかけていくと、男が突然足を止めて溯春の方へと振り返った。


 そして、微笑む。勝ち誇ったような顔だ。


「ッ……」


 見覚えのある笑い方に、溯春が眉を顰めた瞬間だった。


 男が道路へと飛び込む。歩行者用の信号は赤。交通量の多い都会の道路にはたくさんの車が走っている。

 それらの情報を溯春が把握した時には、もう遅かった。


 ――ドンッ!


 鈍い衝突音が、溯春の鼓膜を撃ち抜いた。

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