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境界の咎人  作者: 丹㑚仁戻
第一章 砕けた星は虚空を彷徨う
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昼と夜の間

 夕焼けの綺麗な日のことだった。濃紺と橙と、それから少しだけ薄紫の混じった空が視界いっぱいに広がる。ところどころに散らばるのは薄く明るい色の雲。強い風が雲を引き伸ばし、彩度の低い空にベールのようなアクセントを付けていた。


 低い太陽は地上を照らしきらず、無数の大きな影が地面に落ちる。

 高台にある公園もまた暗かった。木々の緑や砂利の灰色はすっかり紺青に染まりつつあるのに、街灯が灯る時間にはまだ早いせいで見通しが悪い。


 だから、その少女もまたよく見えなかった。


 ブランコのすぐ近く、一人佇む少女。ストンと落ちる形のスカートは制服のものだろう。

 少女に影はない。そして、彼女の向こう側には別の遊具が見える。


 少女は透けていた。暗さ以前に、透けているからよく見えないのだ。


 風が吹く。木々を揺らす。葉のこすれ合う音と、どこからともなくカラスの鳴き声が響いてくる。

 少女はまるでそれらから切り離されたかのように動かなかった。長い髪もスカートも、風の影響を一切受けていない。ともすれば見間違いかと思ってしまうような、曖昧で、不確かな存在感。


 そんな少女を、食い入るように見つめている少年が一人。

 彼は大きな目をうんと見開いて、ただただその少女を見続けていた。



 § § §



 空中に映し出されたホロディスプレイ上を、リスト化されたニュースの見出しが流れていく。半透明のディスプレイの反対側には若い金髪男性の(しか)めっ面。キャラメルブラウンの瞳に反射した文字列は一定の速度で下から上へと移り変わり、時間の経過と共に男の眉間の皺を深くしていった。


「――見てるだけじゃ意味ねェだろ」


 突然かけられた声に男は驚くことなく視線を少し上へと向けた。ソファに座った彼を見下ろす形で立っていたのはまた別の男だ。黒髪で、同じくらいに黒く暗い瞳を持っている。

 冷たい印象を与えるその視線を受けながら、金髪の男は「そのくらい分かってますよ」と口を尖らせた。


「ちゃあんと内容も読んでますー。読んだ上でそれっぽいのがないんスよぉ」

「探し方が悪いんじゃないか? もう一時間以上そうしてるだろ」

「だって溯春(そはる)さんが見つかるまでやれって言ったから! それに探し方だって大丈夫なはずっスよ。これで前も見つけたことあるじゃないスか」

「ならなんで見つからない」

「単純にいないんじゃないんスかぁ?」


 気怠げな声で言いながら金髪の男がソファに背中を預ける。大きく仰け反った首にははっきりと喉仏が浮かび、男が息を吐き出しきってすぐにコクリと動いた。


「いないなんてことはないだろ。ゴーストっつーのは人の都合無視して好き勝手に生まれるんだから」


 疲れ切った様子の相手に構うことなく、溯春(そはる)と呼ばれた男が冷たく言い放つ。まるで休むことを咎めるような声だ。

 彼の手には湯気の立つカップがあった。金髪の男は期待するようにカップを見つめたが、溯春はそれに気付くことなく自分の口元に持っていく。コクリ、コクリと溯春の喉が動けば、そのたびに金髪男の顔がしゅんとしていった。


「おれのじゃないんだ……」

「あ?」


 怪訝な声を出す溯春に、「……なんでもないっス」と返しながら金髪男は体勢を元に戻した。


「つーか本当に見当たらないんスよね。最近は毎日毎日流星嵐と自殺のニュースばっか。流星嵐はまあ、珍しいらしいからいいんスけど。でも自殺はねぇ……失敗したら即レベル(ツー)確定だってのに」

「だからゴーストの仕業だって?」

「いや、そういうワケじゃないんスけど……」

「関係ないこと気にしてるんじゃねェ」


 言われて、しゅわ、と金髪男の顔が再び歪む。ちらりと窺うように溯春を見たが、その目は自分の方を見てすらいない。金髪男はそのことに気が付くと、ふうと顔から力を抜いた。


「っていうかそもそも自分達で探す意味あります? おれ達公務員っスよ。お上からの指示待ってりゃいいじゃないっスか」

「歩合制だぞ。クソ(おせ)ェお役所仕事待ってたら食いっぱぐれるだろうが」

「基本給だけで十分じゃないっスか?」

「犬と一緒にすンじゃねェ」


 ギロリ、溯春に睨まれて金髪男は「ひっ」と声を漏らした。眉をハの字にして気持ちを表明すれば、それを見た溯春が「はあ……」とこれみよがしに大きな溜息を吐き出した。


「とにかく見つかるまで探せ。ニュースになってないならSNSでも――」


 溯春の言葉が不自然に止まる。と同時に彼の目の前に現れたホロディスプレイには着信の文字。それ以外は金髪男の方からは見ることはできなかったが、溯春の嫌そうな表情で彼はどこからの着信か察することができた。


「統括っスか?」

「出ろ」

「溯春さん宛なのに!」

「出ろ」


 金髪男の抗議も虚しく、溯春がホロディスプレイを指で弾き飛ばす。金髪男が咄嗟にそれを受け止めれば、既に通話中になっていることに気が付いて慌てて口を開いた。


「はーい、溯春(そはる)代理東雲(しののめ)っス!」


 元気良く、しかし慌てているとは思えない声で金髪男――東雲が言う。


「すんません、溯春さん取り込み中で……ええ? えー、それ溯春さん嫌がるんじゃないかなぁ……えー?」


 通話相手と話す東雲は困ったように眉根を寄せた。

 疑問符ばかりの相槌と、ほんの少しの情報。それだけで東雲の様子を見ていた溯春はどんどん顔を顰めていって、東雲が通話を終えた頃にはうんと険しい表情になっていた。


「うわ、そんな怖い顔しないでくださいよ」

「……連中、なんだって?」


 溯春が眉間を指でほぐす。東雲はすっと背筋を伸ばすと、「調査は終わりっス」と晴れやかに言った。


「おっそいお役所仕事が回ってきましたよ」


 東雲の言葉に、溯春がほぐしたばかりの眉間に深い皺を刻んだ。

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