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五 誠意

「いやあ、危なかったね。戦場くん」


 二人が帰ったあと、先生は僕の診察とシーツの交換を手際よく終わらせ、倒れ込むように椅子へと腰掛ける。

 なんだか、ドッと疲れた。


「本当にごめんね。お茶に賞味期限があるなんて、初めて知ったよ」

「こちらこそ、すいません。シーツ汚しちゃって」

「いいんだよ。学生の恋愛は命に関わるからね」


 なんという説得力だ。普段なら「そこまでじゃない」と笑うところだったが、なぜか今はちっとも笑えない。


「僕は……どうすればいいんでしょうか」


 色々なことが一区切りついて冷静になった僕は、改めて二人のことを思い出す。


 混乱していたせいで、すっかり自分のことばかりになってしまっていた。彼女たちは経緯こそわからないものの、僕に弄ばれ、ちゅうぶらりんのまま重大な答えを待たされているのだ。記憶喪失の僕よりもずっと……とまでは、言えないかもしれないが、それでも彼女たちが辛い心境に立たされているのは間違いない。


 二人は終始僕に怒っていたけど、それでも本気で、何度も僕を心配してくれた。

 二股なんてして、責任も取らずに逃げて、都合よく記憶喪失なんかになった、この僕を……。



「やっぱり、正直に話すべきなんじゃないかな」

「それはそう、ですけど」

「もちろん信じて貰えないと思うよ。ハッキリ言って、彼女たちの君への信頼は、もう地の底まで落ちているからね。

 だって二股して逃げて、今もいろいろ誤魔化そうとしてるんだもん。すでに嫌われてたっておかしくないよ」


 改めて他人から言われるとグサッとくるが、それは間違いなく事実だ。その上できちんと話せ、という先生の理屈も、十分理解ができる。

 しかし一方で、僕には別の不安もあった。



「記憶喪失なんて嘘みたいな話されたら、きっと怒って話を聞いてくれないと思うんです」

「だろうね。それぐらいのことをしたんだから、仕方ないよ」

「僕も、それは当然のことだと思ってます。

 でも、そうしたら僕は謝ることもできなくなるんじゃないかって、思うんです」

「………」

「だって、今の僕は二人に何をして、具体的にどんなことを謝ればいいのかも、わからない。

 そんな状況で二人を怒らせるような事実を言って、もう「ごめんなさい」すら聞いてくれなくなったら、僕はいよいよ人として終わりです」

「まあ、もうとっくに終わってるかもしれないけど」

「先生……」

「でも、君のそういう曲がりなりにも真っ直ぐであろうとする気持ち、嫌いじゃないよ」


 先生は洗面器に入ったタオルを絞ると、それを優しく僕の額に乗せる。冷たくて、脳が冴え渡るように気持ちよかった。



「それでも、先生は二人にしっかり話すべきだと思うな。

 このまま「わからない」で困惑し続けるのは、君も彼女たちも辛いよ。ならせめて、彼女たちの分ぐらいは、取り除いてあげるべきだ。それが誠意ってもんでしょ?」

「……なるほど」

「そりゃあ、たくさん責められるだろうし、もしかしたら修復不可能な事態になるかもしれない。

 でもね、被弾を恐れて見せる誠意なんて、そんなの初めから無いのと一緒だよ」

「………」


 先生の言葉は、驚くほど深く、そしてまっすぐに僕の心へと染み込んでいった。


 確かに僕は、ずっと被弾を恐れていた。下手を打って、自分が傷つくことだけを恐れていた。そんなの、どう考えたって誠実な人間のすることじゃない。



「……確かに、先生の言うとおりです。おかげで目が覚めました」

「うん。私はいつでもここにいるから、万が一の時には逃げ込んでくるんだよ。

 あとちゃんと病院行ってね」

「はい、ありがとうございます。

 ……二人に、話してきます」


 僕は先生に濡れたタオルを返すと、シーツを丁寧に整えて上靴を履く。

 まだ、そこまで時間は経ってない。走れば二人に追いつくはずだ。



「あ、ちょっと待って」


 保健室の扉を開けて外へ出ようとした僕に、先生が後ろから声をかけた。


「最後に混乱させるようなこと言いたくなかったんだけど……実は、ひとつだけ気になることがあって」

「気になる……?」

「うん。先生ゴシップ大好きだからさ、こう見えて生徒の恋愛事情には結構詳しいんだよね。たまに遊びに来る女子たちから聞き出したりしてさ」


 そんなことしてたのか。まあ、意外ではないけども。



「でも……聞いたことないんだよね。君があの二人と付き合ってたなんて」


「……え?」


 保健室を出る僕の足が、ピタリと止まってしまった。

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