重い女
こちらは『青とポニーテール』『待ち恋のゆくえ』に登場するマリを主人公にした話となっています。
もちろん単独でも問題なく読めますが、読者様が苦手、または不快となる何かしらの要素が含まれている可能性を否定できません。ですので何でも大丈夫という場合に限り読み進められることを推奨いたします。
私は周囲を海に囲まれた島国の侯爵家の娘としてこの世に生を受けた。
それなのに、なぜ?と、思うことが多すぎたのだ。
侯爵家といえば、公爵家に次ぐ高位貴族であり、王家とも縁の深い尊い血筋の家系だ。海を越えた先にある国々では今も正しく機能しているという貴族制度。
だがこの国ではもはや貴族は元貴族化としているのだ。
私が侯爵令嬢であると名乗ってる通り、その名称自体は現存している。
だがそれだけで、実際は平民と同等の扱いなのだ。
本当ならその名称さえも完全に失くすはずであったらしいのだが、大人の事情とやらでそこまではいけなかったということらしい。
それもこれも何代か前の王家に生まれた当時の第三王子のせいである。
いや、それが切欠で貴族制度の崩壊は始まってしまったのだ。
彼は幼少期から変わった性格をしていると噂が立つほどの変人で、成人する頃には王家を出て平民として暮らしたいと宣っていたそうである。当然、王を筆頭に王家のもの全員で説得にあたり、この国の第三王子としての責務を全うせよと言い含めたそうであるが、頑なにそれらを固辞し、自身のことは今後一切どうなろうとかまう必要はないと王家からの離脱を正式に求めたという。そしてひとり、大昔から手つかずのままの辺境の地へ向かうことになったと伝えられているのだ。
当時の王たちはそれでもやはり王子が心配だったのか、離脱と辺境での暮らしを認める代わりに辺境伯として一臣下になれと命じたそうである。
そうして今現在、その超がいくつも付きそうなド田舎の土地はジョーモン辺境伯領となっている。不思議なのは、誰もがその領地のことを認識しているのに現地に赴いたことがあるものはほぼ皆無という謎現象が起きているということである。要はその土地が人が暮らしていけるような場所ではないということだけが噂によって伝えられていて、そのイメージから誰も寄り付かないだけなのだろう。
実際、王家からの登城命令以外はそこから出てくることがないので、王城内で辺境伯家の人間を見たというものさえ稀なのだ。そして十六を迎える貴族の令息令嬢は王都の高等学園に通うことが義務づけられているが、なぜかそれは平民扱いになっていて本人の自由意志に基づきどちらでもかまわないとされている。今から四十年以上前に一度だけ辺境伯家のご令嬢がひとり入園し、卒業していったとの記録が残されていると聞くが、それについての詳細はなにひとつわからないようになっていて、残念ながら我が侯爵家の力をもってしても情報を得ることはできなかった。
それはさておき、どのような方法であるかは謎だが王家だけは容易に彼らとの面会や通信が可能とのことで、そのせいで初代ジョーモン辺境伯から始まり代々の当主たちから余計な政策などの奏上を受け洗脳状態になっているのだと一部貴族の間では噂され続けているのだ。
本当に冗談でも済まされない。
高位貴族の娘として生まれてきた意味がない。
そのようなろくでもない政策が推し進められた結果、私が生まれた時にはすでに皆が平等で身分差のない自由社会などという非常に忌々しい状況に成り下がっていたのだから。
そこで私は考え閃いたのだ。
貴族制度が失われたのならば、それに代わる何かを用意すればいいと。
そう、例えば上級国民制度。
力のある者が物も人も動かす世界だ。
だからまずは王都の高等学園で自身を中心とした貴族派閥のようなものを作り上げ、そこから必要な人脈を見極め取り込んでいき、最終的には目的を果たすために一番重要となる場所に入り込んでいくのだ。
そうしていよいよ私は十六を迎え、計画の第一歩である高等学園に通い始める。
王都のタウンハウスからは通える距離ではあったが、学園寮に入りたいと希望するものが圧倒的に多いと聞き、それならばと、とりあえず学園寮には入るが嫌になったら出ていくということを了承させた。
私の家はその昔、王家の諜報活動を担うトップの役職を賜っていたという歴史があり、その血に引き継がれているのかその方面においての能力には長けている。
だから入園式ではその能力を活かし、利用できそうなものたちを見極めようと大ホールの端から端まで視線を流し感覚に集中していた。
「!!!」
ところが突然真横から何かがぶつかってきたような衝撃を受け、よろめいて床に手をついてしまう。そして驚いている間に目の前に影がさし、誰かが膝をついて手を差し伸べていた。
「大丈夫?立てそうかな?」
優しく響く低音につられるようにして顔を上げるとそこには絵にかいたようなハンサムがいた。そしてそのハンサムは私を支えるようにしてゆっくりと立たせた。私はお礼を述べるのも忘れ見惚れていたが、「じゃあ俺は行くね、ここにいるとまたぶつかられてしまうかもしれないよ、気を付けて」と、言って去って行ってしまった。
暫くして我に返り、自身にぶつかった不届きものにようやく意識が向いたが、
すでにそれらしき人物は退散してしまった後で、思わず舌打ちをしてしまいそうになったが堪え、淑女の顔で装った。
そして翌日、早朝から起き出しいつものように自身を最上級レベルに仕上げるとひとり学園へと急いだ。支度に時間をかけたために時間ギリギリではあったが間に合ったようだ。座席を確認し、着席したタイミングで講師も教壇に立った。
やはり初日ということで自己紹介からのスタートとなり、順番に名乗っていく。半分ほどが過ぎたあたりで順番が回ってきた男子生徒が席を立った。彼が教壇の講師の横に立ち前を向いた瞬間、驚いて思わず声を上げそうになってしまう。
昨日のハンサムがそこにいたのだ。そのハンサムの名はエドワード。
彼の容姿からは恐らく貴族ではないだろうという予測はついていた。
それは貴族、特に王族と高位貴族は決まった枠内での婚姻を繰り返しているため容姿の系統が同じですぐにそれだとわかってしまう顔立ちをしているからだ。
とにかく彼は平民であり、時代が時代なら私とのロマンスなど起こりようもなく、こうやって同じ場所で学ぶことさえなかったはずである。そう考えればこの忌々しい情勢にも少なからずメリットは存在するのだと気が付いた。
私が目指すのはお金も経済も人もすべてを動かせる上級国民だ。
場合によってはその夫人として隣に立つのもいいだろう。
だが今はどうしても彼のことが頭から離れない。
だからまずは彼との距離を縮めるためにお礼を言いに行くことにしたのだ。
休憩時に彼の元に歩み寄ると、そこには彼と三人の男子生徒が揃っていた。
私はその三人のことは無視して彼にだけ話しかけた。
「エドワード、昨日は私を助けてくれてありがとう‥‥」
そして背の高い彼を上目遣いで見上げ微笑んで見せた。
「‥‥‥‥」
彼はポカンとしたまま無言で私を見ていたが、数秒後に近くからやたらと大きな雑音が私の耳に入ってきた。
「あっ!もしかして昨日のホールですごい邪魔になっていて倒れた子?」
「あーそうか!そういえば確かにそんなことがあったな!」
なにかとても聞き捨てならない言葉が聞こえたような気もするが、すべて無視して彼を見つめたままその口が開くのを待った。すると僅かに間をおいた後で一つ頷くとようやくその口が開いた。
「昨日の入園式でホールの入り口付近で立ち止まっていたからぶつかられちゃった子だよね?そうかー同じクラスだったんだね。わざわざお礼を言いにきてくれてありがとう」
「いえ、そんな‥‥」
決して恥じらっているふりではなく、私にしては珍しくそれ以上言葉が続かなかったのだ。思考とは別のところにある感情がこれほど自身を愚かにしてしまうとは思いもしなかった。
恋とは本当に恐ろしく厄介なものである。
それでもどうしようもないのがその感情なわけで、その日から私はつい彼を目で追ってしまうようになっていた。だがそれだけではなく、もちろん早々にクラス内の分析も終わらせた。
そしてわかったのは、どういうわけかこのクラスは自身とは真逆の波長を持つものが多いということだった。要はお金や権力、名誉などといったものにはほとんど興味を示さない平穏を望むタイプのものが揃ってしまっているということだ。
ただ、彼らはその性質ゆえに利用されがちであるともいえるので、将来的にはいろいろと役にたってくれることだろう。
私がまず目を付けたのは伯爵令嬢でもあるリナだった。
彼女もあちら側の人間ではあったが、彼女の家は割とよく知られている王都近郊にある領地の領主であり王家にも重用されている家だと知っていたからだ。彼女は初日からジュリアという子とべったりとずっと一緒にて彼女が一人になることがなく、声を掛ける機会をずっと伺っていた。
そしてその間、二人はクラス内の皆からジュリナとまとめて呼ばれるほどに人気ものになっていた。しかもエドワード、正確には三人を含めた四人組が彼女たちを毎日のようにかまう様子に日に日に苛立ちが増していた。だから方針を変え、私は受け入れやすいようにして二人に近づき親友となって活動していくことにしたのだ。
結果的にそれはとてもうまくいき、エドワードにもついにマリと自身の名前を呼んでもらえるようになった。自身が好意を持つ相手から名前を呼ばれるというだけのことがこれほどまでに甘美であるとは知らず、彼がマリと私の名を呼ぶ度、私はそれに酔いしれた。
そして私がリナとジュリアに接触しだしたのとほぼ同時期に三人の貴族令嬢も加わり六人組として周囲からは認識されるようになっていった。ベス、サーシャ、ソフィアは三人とも領地を持たない男爵家の令嬢で本来は私やリナとは対等に扱われることなどあり得ない。だが今の時世では非常に不本意なことではあるが親友グループとして成り立ってしまうのだ。しかも驚いたことにジュリアに至っては平民である。リナが初日から平民を親友として認めていたということになるが、同じ貴族としては理解に苦しむとしか言いようがない。
だがその不本意を隠しての付き合いの中で知り得た情報は大いに役に立った。
三人の男爵令嬢たちは身の程をわきまえるという概念が皆無のある意味私に似た思想を持つ権力をこよなく愛する性質の持ち主だった。こういったタイプの人間はお金の匂いにも敏感で、相手の警戒心を解きそのすきに入り込んでいける才能を持ち合わせていることが多いのだ。そしてジュリアは平民ではあるがかなり裕福な家の娘で通信系の企業を興した父親の飛躍は凄まじく、それこそ私の求める上級国民になり得る人物だという話である。
相変わらずエドワードはずっと三人と一緒にいてリナに話しかけてくる。
そのリナと親友でいつも一緒にいる私も必然的に常に彼らにかまわれるということになるので毎日エドワードの隣で腕が触れ合う度に早鐘を打つ胸を押さえていた。彼は平民であるのにその立ち振る舞いはとても洗練されていて、容姿も相まって物語に出てくる主人公、もしくはヒーローだ。
だからリナもエドワードに好意を持っている可能性は十分にあると考えていたが、本人とジュリアからも今はそのような対象となる人はいないと聞き、言うまでもなく安堵した。ベスたち三人もこの学園内に好きな人がいるのだと打ち明けられたが別のクラスということだった。今彼の一番近くにいてチャンスをものにできる可能性があるのは私だけなのだ。
それにしても本当に彼らはよく飽きもせず私たちのグループのところに来ては話しかけてくる。四人のうちの誰かがリナに恋をしているためそういう行動に至っているという推測はできたがその誰かを特定するというところまでは及ばず、何か手立てをと思考していたある日、偶然私の近くの席でお喋りをしていた子たちの会話が耳に入り衝撃の事実を知ってしまう。
私たちグループの中ではライブラリーに興味があるのはリナだけで、彼女はいつもライブラリーに用があるときはいつもひとりで足を運んでいた。だからその時だけは別行動となり、私たちはその間のリナの行動にはまったく関与していなかったのだ。そのライブラリーでまさかのエドワードと二人、親密そうに話しをしているのを見かけたという。しかもリナの背では届きにくい高いところにあった本を彼女の真後ろから手を延ばして引き出してあげるという恋愛小説のワンシーンのようなシチュエーションにも居合わせてしまったと興奮したようにはしゃいでいた。
もしかしてエドワードはリナのことが好きなのかもしれない‥‥‥
リナも今はいないというのは嘘で、本当はエドワードのことを‥‥‥
頭の中ではグルグルとそんなことばかりを考えてしまい、モヤモヤとした何かが胸を覆いつくしていった。だが落ち着いてよく考えれば、リナは私たちを毎回ライブラリーに誘うのだ。一応は誘っておくべきだということなのかもしれないが、もしもエドワードのことが好きならば、できるだけ邪魔は排除したいはずである。それにエドワードもいつも三人とはセットのように一緒に行動していることを考えれば、二人きりだったということはないのではと思えてきた。
それに早いものでもうすぐ二年への進級を迎え、クラス替えもあるのだ。
だからしばらくは様子を見ることに決めた。
時は過ぎ、一年を無事に終え、皆で揃って二年生になった。
私はまたジュリアと同じクラスになり、同様にベスたち三人もまた一緒になれたと喜んでいた。リナだけがひとり誰とも同じクラスになれず落ち込むことになった。残念ながらエドワードとは同じクラスになれなかったが、リナとも違ったので正直ほっとしたのと同時に歓喜した。それはエドワードだけではなく、他の三人とも同じクラスになれず、結局のところ仲が良かったものとは誰一人一緒になることが叶わなかったためにひとりぼっちのスタートになる可能性が高くなったからだ。
それでももちろんそんな本心は隠して偽装した完璧な親友のままで、これまで通り六人で過ごそうと励ました。そして授業以外の時間は一年の時と同様、六人で行動し相変わらず皆の注目を浴びていた。いや、正確にはリナが視線を集めているというのが正しい。別にものすごい目立つ美人だからとかそういうことではなく、彼女独特の雰囲気がなぜかとても人を引き付けてしまうようなのだ。有名な伯爵家の令嬢であるのにも関わらず挨拶は自ら行う。そして誰にでも、本当にどんな相手にもやさしく接することができて友好的な態度を変えることがないのだ。女神か聖女にでもなったつもりなのだろうか?まったくもって不愉快という一言につきる。
そんなふうに偽装親友として一緒にいることにもそろそろ飽き始めていた頃、非常に面白いハプニングが起こった。自称リナの親友とやらが、突如として私たちの前に現れ、大事な話がしたいのだと告げてきたのだ。私はまず、その自称リナの親友の容姿からすぐにわかってしまったが、同時にこれはうまく利用できるとも考え、彼女が望むであろうストーリーに乗っかってあげることにしたのだ。
学園の空き室といういかにもお誂え向きな場所で聞かされたのは、リナが本当は私たちのことが嫌で一緒にいたくないと言っているという話だった。そして私たちの悪口なるものまで言いまくっているのだと嘘をついているとは思えないような迫真の演技でセリフがスラスラと並べ立てられていった。
更に面白かったのは、ベスたち三人の怒りようである。
女の嫉妬は恐ろしいなどとはよく言ったもので、彼女たちも都合がよかったのだろう。この機会を利用して、日頃の鬱憤払いをしようとしているのだ。とはいえ、人は信じたいものを信じる生きものである。自称リナの親友、ライアの話すことを信じたい彼女たちのことを誰も咎めることなどできはしないのだ。
そしてひとりリナを信じている偽装ではない親友ジュリアは当然不信感をあらわにした。私たちの怒りのエネルギーに押されながらも必死に説得を試みた勇気だけは褒めるべきだろう。だが私たちは所詮ライアの話の真偽などどうでもいいのであって、ただこの流れを利用するだけなのである。
リナは想像以上に手強かった。だからもう必要ではなくなった。
だがジュリアはまだまだ私にとっては必要な親友という名の駒であってもらわなくてはならない。その彼女は孤立を恐れるあまり、これまで以上に私に依存し、私たちに従いリナを孤立させるだろう。そしてもしかするとリナのお人好しに縋り、隠れてコソコソ会おうとするかもしれない。だがジュリアはリナの和に対する認識というか捉え方を見誤っている。リナは相手を尊重するが、それは決して己を抑え我慢し、相手に合わせるということではないのだ。だから恐らくうまくはいかないだろう。
そして私たちはライアの策に乗り、翌日からはえげつない無視を敢行した。
まさしくそこにはいないという扱いだ。
一度目はあまりに突然のことに思考が追い付かなかったのだろう、ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。その日の前日まではべったりと一緒にいた親友が豹変し、翌日は他人、いないもの扱いにされたのだから当然である。二度目は恐らく私たちの豹変理由を知りたかったのだろう、話し合いたくて近づいてきたところを周囲にもわかるように大げさな動作でその場から一斉に去ってやったのだ。
さすがにそこで心が折れたのか、以来、接触を図ろうとはしてこなくなった。
久しぶりにスッキリとした感覚を味わい一人を除きとても満ち足りていた。
だが予想外のことも起こった。
私たちはほぼ毎日、昼の休憩時間には学園のカフェでランチをとっていた。
同様にエドワードたち四人もそこでランチをとっていたのでクラスが変わってもその姿をみることができていたのだ。だがしばらくすると、その姿を見かけることさえなくなっていた。最初は男子生徒が多く集うという食堂にでも行っているのだろうと考えていた。だからまたそのうちカフェにも戻ってくると思い込んでいたのだ。
なぜその時、一年時の四人が行動していた意図を思い出さなかったのか呆れ果てるが、今の私たちは五人グループなのだ。彼らの目的であるリナのいないグループなど興味を失っても仕方がないことなのかもしれない。それでも一年以上の付き合いで、挨拶だけでは終わらない会えば必ず何か話をする間柄にはなっていたはずなのだ。
だから私はエドワードを探した。
授業の合間の短い休み時間は隣のクラスでもない限り会うことは難しい。
それは学園の規模が大きく、ワンフロアには各学年ごとに三クラスのみとなっているため、同学年でも階層が分かれてしまうからだ。よって昼の長い休憩時間を利用してカフェ、食堂、前庭、ライブラリーを探し歩いた。四人は足手まといなのでカフェのいつもの場所に残したまま一人で行動したが、後で彼らがカフェに訪れたかと尋ねても答えは決まって来なかったと返ってくるばかりであった。
意図的に避けられているとは思わないが、こうもまったく会えない状況というのは不自然にも感じた。だが本当に不思議なことに、エドワードどころか三人とも一度も会えずに時間だけが過ぎていってしまったのだ。
だから三年に進級する際のクラス替えにかけていたが、そううまくいくはずもなく、彼らとはまた別クラスになり私はソフィアと、そしてジュリアはベスと一緒になった。サーシャは一人別クラスになったが幼馴染だとかいう子が一緒だったと言い安堵していた。
私はエドワードに会う手立てを模索したが、思いつくのはどれも効率的ではなかった。だから昔からの基本ともいえる手段を講じることにしたのだ。
それはエドワードに手紙を書き送ること。
私がこの二年間の間に得た人脈を利用し、エドワードと同じクラスになったものに届けさせるのだ。そしてなんとも運のよいことに、彼と同じクラスになることができた駒の一人に無事その役目を果たせたとの報告を受けた三日後には彼からの返事の手紙がその駒を通じて手渡された。
私が彼に書き送った手紙の内容は、同じ学園内にいるというのにまったく会えないことへの嘆きとできれば二人きりで会いたい旨を記したものだった。それに対する彼の返信はとてもシンプルで、丁寧な手紙に対する礼と二人きりで会うことへの断りだった。
何度目を通しても、そこには確かに断りの文が綴られていた。
怒りですぐに破り捨てるという行動に出そうなものだが、どういうわけかそういうことをする気にはなれなかった。ただそこには書かれていなかった理由を知りたいと、そう思ってしまった。
後から考えればそんなことを知ったところでどうなる?という話になるのだが、その時はそういう単純な道理さえ浮かんでくることがなかったのだ。
私は机に向かいペンを手に取った。自身の立場もプライドも策略も何もかもを放り投げ、彼への思いだけを書き綴った。そして一度目と同じ方法で二度目のやり取りを終えた。
彼の手紙には一度目と同様、手紙に対する礼とやはり断りの文が綴られていた。
ただ今回はしっかりとその理由が書かれていて、さらにそれを読んだ私は怒るよりもなぜか目が覚めるように納得してしまったのだ。
【僕たちは会わない。その意味を本当は君もよくわかっているはず。合わないからすれ違う。それはもう僕たちはそれぞれ違う別の道を歩み始めたっていうことなんだと思う。今後卒業までの間にはもちろんどこかで顔を合わせたり姿を見かけたりすることはあると思うけれど、通じ合うことはないだろう。君のゆく道は君だけのもの。自由に思うように進んでいけばいいと思う。僕も自分の道を自由に思うように進んでいく。】
このようなことが書かれていて、私が告げた思いに対する感謝の言葉も添えられていたが、巷で耳にする三文小説のセリフに出てくるような『君の思いにこたえられなくてすまない』とか、『そんな僕を許してほしい』というような謝罪の言葉は一切書かれていなかった。
清々しいほどの軽い男である。そう、私とは正反対の波長を持つ男。
「本当は君もよくわかっているはず‥‥か‥‥」私は自身の愚かさに自嘲した。
ハニートラップなどに引っかかる低能なものたちを鼻で笑っていたというのに、今の私はエドワードならそれでもかまわないとさえ思っていた。
だって恋とはそういうものだ。
すべてをわかっているその上でも止めることができない感情。
それでも私は重い女でいることを止めはしない。
お金も地位も権力も欲し、手に入れるための選択をし続けるのが私なのだから。
彼は彼の選ぶ軽い方へ。
私は私の選ぶ重い方へ。
目から零れ落ち、とめどなく流れ頬を伝う何かを乱暴に手の甲で拭い続けた。
読んでいただきありがとうございました!感謝いたします。
次作として前三作すべてとこちらに登場しているエドワードを主人公にした話を執筆中です。