リラ
「もう! いつもいつも言ってますけどね、団長様は回復薬の消費が早すぎるんですよ! 回復薬だって万能じゃないんですから、いい加減無茶な討伐は辞めてくださらないと困ります!」
「悪い悪い。でも城の調薬師の回復薬は本当に効くからなー、頼りにしてるぜ」
「──っ! 団長様が怪我したら困る人だってたくさんいるんですからね!」
「すまんすまん。この埋め合わせは必ずするから、な?」
郊外の魔物討伐任務に出ていた騎士団長がやっと帰って来たと思ったら、案の定これである。同僚の調薬師達もいつものことかと僅かに呆れ顔を見せ、すぐさま元の作業に視線を戻した。
いまだに「お使いかい? 偉いねぇ」などと商店街で声をかけられるほど小柄で童顔な私に対し、騎士団長は見上げるほど大きな体躯をしている。背は高いし、筋肉だって分厚くて。腕は太いし、背中だって広い。そんな彼は私がこうして苦言を呈する度にその凛々しい眉をへにょりと下げて、すっきりと短く整えた黒髪をぽりぽりと掻き恥ずかしそうに笑う。
こんなに逞しく、強い人なのに。私に合わせて膝を折り、「な?」と笑うその顔がなんとも情け無くて──大好きなのだ。
この人に怪我をして欲しくなくて、私の元に帰って来て欲しくて、危ないことはして欲しくなくて、でも心から騎士の仕事に誇りを持っている彼の力になりたくて。自分でも言葉にできないぐちゃぐちゃの思いを調薬釜にぶち込んで、ぐるぐるぐるぐると混ぜて出来た薬を今日も私は小さな瓶に流し込む。
「まーた団長様に言わなかったのか? お前、団長様の薬の担当になってから全然休めてないだろう」
「課長……良いんです、好きでやってることですし。あっ、言わないで下さいよ?! 他の業務に支障をきたさなければ問題ないって約束してくれましたよね?!」
「うーん、まあお前が良いならいいけどな。無理だけはするなよ」
「はぁい」
二年前に前騎士団長様が引退し、そしてテオドール様が新たな騎士団長として任命された。団長様は平民出身の叩き上げで、驚くべき早さで出世を果たしたことから周囲との軋轢なども多かったらしい。その確かな実力で信奉を集めているのも事実だけれど、二年経っても未だ他の団員達とは若干の距離があるようだ。
私たちが調薬する回復薬は、はっきり言って高級品だ。街中にある薬屋で売っている回復薬は風邪やら腰痛やらには効くけれど、魔物にやられた大怪我を瞬時に治すような効果はない。逆に言うとそれが作れるからこそ私たちは王家に雇われて安くない給料を貰い、騎士団のためにせっせと調薬しているというわけだ。
だからだろう。平民出身で、またそれまで大きな怪我など負うことなく団長の座に収まったテオドール様は、回復薬の飲み方を知らない。
ひと瓶飲めば瀕死の大怪我でも瞬時に治るその薬だけれど、やはり自然の摂理からは外れたものだ。一定時間内に飲める量には限度があって、それを超えると体調に異常をきたすうえ効果も薄まってしまう。
風邪ならひと瓶で快癒するし、騎士団で見習いから経験を積んできた者たちだってその飲み方は先輩たちから教えられて身に付いている。
恐るべき強さで今の立場までのし上がって来た団長様に、回復薬の飲み方など指導する人も、今更それができる人も周囲にいなかったのだ。
あまりにも団長様が異常な回復薬の飲み方をなさるから、はじめは意味がわからなかった。聞き取りをするために顔を合わせ、その逞しい身体と凛々しいご尊顔につい見惚れ、しどろもどろになってしまった私に団長様はニカっと笑った。「調薬師ってのはすげぇよな、おかげで思う存分戦えるんだ。俺たちを守ってくれてありがとな!」と。その後まだ小さいのに偉いななどと付け足された言葉は忘れられない。いや、心から忘れたいのだが。子供扱いだろうと、あの大きな手で頭をポンポンと撫でられるとふにゃふにゃになってしまう自分の体質が恨めしい……!
本来なら今からでも、回復薬の飲み方を教えるべきだということは分かっている。これがあるからと慢心して討伐に向かっているのだとしたら、団長様の身も他の団員たちも危険だからだ。なのに私たちがそう出来ないのは、団長様が常に全力を尽くして任務に赴いているのを知っているからで。彼が怪我を負うのは、いつだって他の方法がなく、別の誰かを守るためなのだ。
で、あるならば──調薬師としての私が出来ることは何だろうかと考えて。私は日々睡眠時間を削りながら、使用上限を超えないようにひと瓶ひと瓶配合を変えた、団長様専用の特製回復薬を研究開発しているのである。
他の人たちが飲めば、おそらく私の回復薬は効果のぼんやりした中途半端なものになるはずだ。最も効果的に薬草を配合するレシピだと、あっという間に使用上限を超えてしまうから。そうならないために効果の似た薬草を代用したり、分量を調整したりして、連続使用しても効果が落ちないように気を付けている。ならば全ての回復薬をそうすれば良いと思う人もいるだろうが、こんな無茶な使い方が出来るのも団長様ほど魔力が多く身体が強いからこそなのだ。どう頑張っても他の人には真似できないはずだ。
故に、私の瞳の色を模した薄紫色の特製回復薬は他の瓶と共に並んでいても団長様しか手に取らないし、他の団員たちにも当然のように周知されている。ひっそりとニヤニヤ顔で見てくるのはやめていただきたい。
何を隠そう、私の気持ちなんて団長様以外の全員に筒抜けなのだから……!
「おう、ちびっこ。またなんか疲れた顔してんじゃねぇか? しっかり寝ないと大きくなれねーぞ!」
笑って私の頭をポンポンと叩き、じゃあまたなと去っていく後ろ姿を見やる。頬がかぁっと熱を持ち、心臓がばくばくと跳ねた。
団長様の後ろを着いて行く騎士が心配気に振り返り、「ゴメン」とでも言うように軽く手を合わせて行った。私が疲れている理由を分かっているからだろう。前回の討伐では若い騎士がミスを犯し、それをカバーするために団長様が怪我をしたと聞いた。もしかすると、彼もそうして庇われたことがあるのかもしれない。
傍目に見れば、報われない思いに見えるのだろう。どう考えても子ども扱いをされていて、ひとりの女性として見てもらえる様子はない。
それでも団長様が自分を盾にするような戦い方をする限り、私は回復薬の研究をやめられないのだろう。
効果の薄れない新薬を。どんなに瀕死の怪我をしたとしても、絶対この世に引き留められる回復薬を。それが出来れば私はようやく、この思いを諦めることが出来るのかもしれない。
私しか彼の命を守れない今の状況だからこそ、彼は私の頭からちっとも離れてくれないのだから。
恋でなくても良い。使命感や執着であの人の命を救えるのなら、いくらだって差し出そう。