表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/26

第九話 アイデンティティ

 あれは、中三の九月だった。

俺は生徒会長としての任期を終えたため、

去年の俺のように、新たな候補者たちによる

演説が体育館にて実施された。

彼らの演説が速やかにかつ澱みないよう司会

を進行するのが、俺の最後の役目だった。


「では、次の候補者■■君。お願いします」


 一年もの責務。

結局生徒の意見は反映させられなかったが、

裏方としての仕事はそれなりにやってきたと思う。


 そういえば、秋草先輩がここを卒業した日、

彼女にこんな事を言われたっけ..。


「君は生徒会長として、これからも学校を

支えていってくれよ!」

「はは....。そんな大層なものじゃないですよ」


「ふふふ。うん、知ってるよ。私もそうだったから!」

「そうですか?俺から見ると、先輩はしっかり

やってたと思いますよ!!」


「え......」

「だから!先輩は凄いって事ですよ!!」


「う..。そ、壮馬!!私、いつか画家として成功したら

自分の個展を出すつもりだから、凄いって言うんなら、

その時はちゃんと来なさいよね!!」

「勿論です!!何なら一番最初に来場しますよ!!」


「..........」


 俺はこの、先輩のハニカむような笑顔が大好きだった。

でもそれも今日でしばらく見納めだ。とくと堪能..


「テ....Ti amo.......」

「え?今なんて....」


「秘密。壮馬が私との”約束”を守ってくれたら、

その時教えてあげるから」


 そう言い残し、彼女は校門の外に広がる桜並木に向かって、

こちらに背を向け歩いていった。

徐々に小さくなっていく先輩の後ろ姿。

その姿が細い縦線になり完全に見えなくなるまで、

俺は片時も秋草から目を離さなかった。

ただ秋草がこちらを振り向く事はなかった。

多分、先輩は俺とは真逆の道を歩いていく。

あの言葉(Ti amo)の意味

あれは俺との決別を意味する別れの言葉なのだと思う。


「次の候補者△△君。お願いします」


 結局俺は、今も変わらずレールの上を歩いている。

そして再来月、俺の県内トップ高の

特待生への推薦が確定する。

これからも、俺のレールはそれる事なく続いていく。


「次の候補者....」


 俺は、勉強しか取り柄がない。


「次の候補者....」


 そこにかける情熱もなければ、やりがいもない。

それなのに、人並み以上に出来てしまう。


「次の候補者....」


 学校と親から期待されているのは、俺ではなくて、

俺の持つ学力。勉強が出来ない俺は、俺ではない。


「次の候補者...」


 俺は、勉強しか出来ない。

だから、勉強で負けるわけにはいかない!


「次の候補者!!!!」

「あの..会長??」


「え?....」

「もう演説は終わりましたよ....」


 俺にレールを外れる事は出来なかった。


「会長??何で泣いてるんですか!?」

「いや、本当に、生徒会のみんなと過ごした時間が

楽しくて、もう終わるんだなと思うと....」


 俺は今日も嘘をつく。そして明日も嘘をつく。


「壮馬!ここんとこ教えてよ!!」

「あぁ..。ここは三平方の定理を使って....」


 受験シーズンの到来により、進学が確定し精神的な安堵を

持つとともに、俺の元には様々な勉強の相談人が訪れた。

一般受験組は直前の追い込み期間真っ只中というわけだ。


「やっぱり、壮馬って頭良いよね!!」

「すげ〜!ここずっと分からなかったからマジ助かる!」

「これからも困った時は助けて!!」


 疲れた。


「○○高校生徒諸君。入学おめでとう。

本校では勉学だけでなく、部活動や行事にも

力を入れている。三年間はあっというまだ。

悔いの残らないように....」


『うるさいな。そうやって何でも中途半端にやらせようと

すんじゃねーよ。お前(校長)はただ自分の価値観から

生成された綺麗事に酔いたいだけだろ』


 俺は、普通という仮面を被るのをやめた。

人から与えられたレールの上で、”本当の自分”という

"仮面"を被り始めたのは、多分この時からだ。




 





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ