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第六話 傷付けてごめん

 螢と絶縁した俺の言動が学校中に知れ渡った結果、

クラスの中の空気。それが新たに獲得した俺の地位だった。

現に俺が今勉強していて、半径3m以内に人間は存在しない。

謎のパーソナルスペースを確保できた喜びより、

元々認知すらされていなかった人間が、クラス全員に

故意に避けられてる事の衝撃で、勉強どころの話ではなかった。


 ここにいたら、頭がどうかしてしまう。

教室中の刺すような視線を感じつつ、放課後の余韻に浸る間もなく

かといってその日は家にも帰りたい気分ではなかったから、

真っ直ぐに学校の図書室へと向かった。


 梅雨も近づき、湿度も高まりつつあるこの季節。

そんな外界の不快な要素を排斥し、半永久的な静寂を確保した

完璧なテリトリーそれが図書室だ。


 いつもは自習室で勉強するのだが、その日は無性に本を読みたい

気分だったから、古臭い紙の匂いのする文庫本コーナーへ足を運び、

俺が最近推している今を時めく人気作家、円栄作まどかえいさく氏の

コーナーを拝見させていただいた。

人気作はあらかた読んだから、処女作あたりにも触れてみたい。

しかしそれらのマイナー小説は生憎取り扱われていないらしい。

いや。でもよく見ると一冊だけ知らないタイトルがある。


『植人』


 面白そうだし、これで良いか....

手を伸ばし、その本に触れようとした時だった。


「あ....」


 全く同じタイミングで、同じ本を取ろうとした女性がいたらしく、

俺の手と向こうの手がぶつかった。


「ご、ごめんなさい!」

「いえいえ..こちらこそ」


「あの..円作品好きなんですか?」

「え?あぁ、最近読む本の中だと一番かな」


 これが俺と、読書少女。

霜月鶲しもつきひたきとの出会いだった。


「いやぁ!まさかこの学校に栄作ファンが二人もいるなんて!

私と同じ趣味を持つ人がいるなんて身に余る光栄だよ!」

「二人!?この学校には、栄作先生のあの難解な文章を

理解できる頭脳を持った奴がもう一人いるのか??」


「私もなんだけど..」

「ごめん!つい興奮して!!

君も読むんだったよね?この植人って奴?」


「うん!!これで読むのは4回目なんだけどね..

知能を持った植物と人間のハーフ『植人』が

人類から迫害を受けながらもそれにめげずに成長していく。

そんな不屈の精神を持つ

人間像を非現実的な概念でキャラクターの個性として

落とし込むその発想に深い感銘を受けてね。

それでね、特に好きなシーンが主人公の『植人』

が死の間際に言う言葉なんだけど......」


 ネタバレとは、実に罪深いものだ。

読者に先の展開を考えるという作業を失わせ、

ただ情報を与えられるだけのロボットに変えてしまう。

情報を得られて満足という人も最近は多いが、

そこに辿り着くまでの過程が重要だと俺は思う。

例えば、最近流行りのDIYやコロナ禍は良く転売騒動に

なったプラモデル。ああいった類のものは俺は昔から好まない。

何が出来上がるか。それが初めから分かっているからだ。

読書も読むという一点においては受動的だが、

先を推測するという点においては能動的であり、

俺はその能動を楽しんでいた。そして、それを奪われた。

いかに彼女のしたことが罪深いかよく分かっただろう。


「鶲。君の熱い話を聞けて嬉しいんだけどさ。

俺はこの『植人』を初めて読むんだ。

今君のせいで主人公が最後に死ぬという

恐らく物語の一番の山場であろう場面の情報を得てしまった。

同じ読書好きとしてこれがいかに罪深い事かよく分かるはずだ?」

「うわぁびっくり仰天!まさか栄作好きを公言する上で

『植人』を未修得だったとは思わなかったんだ許してくれ!」


 こいつ!ネタバレをした事は許しての一言で片付けて、

俺に栄作先生のにわかファンのレッテルを着せようとしてないか?

折角同じ作家についての知識を共有できる同士が現れたと思ったのだが、

こいつはダメだ。話す感じ、あまり頭も良くなさそうだし。


「もういいよ。お詫びにその『植人』って奴俺にも読ませてよ」

「勿論!後で感想聞かせてよ!!」


 それは絶対にしない。という言葉を飲み込み、

あいも変わらず人気のない荒廃した図書室を後にした。


 『植人』


 冒頭部分は彼女のネタバレ通りだった。植物と人間のハーフが

主人公で、学校に通うもクラスメートからはいじめられ、

社会に出ても同僚からはいじめられる。

迫害を受け続け精神的に参ってしまいそうなものだが、

彼は決して弱音を吐かなかった。耐え忍び続けた。

そうして彼から芽生えたのが人々を魅了する一輪の花。

彼は自分がこの花を咲かせるために生まれたのだと確信し、

舞い落ちる花びらと共に、その命は散った。


 くだらねー。それが初見の感想だった。


 俺の好きな栄作作品は、生まれも育ちも最悪な主人公が、

人生と世界に絶望し破滅的な行動をとって最後は死ぬと言ったものだ。

少なくともこんな、根性と気合いで頑張り続ければ

きっといつか報われますよみたいな子供騙しのような作品を書く人ではない。

報われない奴はいつまで経っても報われないという、

現代社会に皮肉を込めたような作品が好きだった。

気になったので、『植人』がいつ連載されたのかを調べた所、

案の定今から10年ほど前だった。

そしてその瞬間、俺は円栄作という人間を理解した気がした。

辛い現実。報われない現実。変わったのは作品ではなく

作者の人間性であると。


 ピラっ


 その時だった。本の貸し出しの記録用紙が部屋の床に落下した。

今日の日付と、借りた人の名前が記されているそれには、

この本を過去に借りた人の名前も分かる。

全く。これを借りるような物好きが早々現れるものか....


[2022/4/29 夏空螢]


 そこにあったのは、俺の良く知る女性の名前だった。

絶好し、二度と関わらないと誓った女性の名前だった。


「どう?『植人』、面白かった?」

「一つ教えろ!お前が言っていた栄作ファンの

俺以外の一人。夏空螢って名前じゃないか??」


「え、うんそうだけど。何で知って..」

「なぁ!螢はこの本読んだ時に、何て言ってた?

どのシーンで感動して、どのシーンが退屈だったか?」


「き、急にどうしたのさ??

でも、主人公がヒロインに恋に落ちるシーン。

そこが好きだって言ってたよ....

って!どこに行くんだよ!!」


 授業が終わってすぐ図書室に来たからまだ螢は教室に

残ってる可能性が高い。


『おい!お前何するつもりだ!!』


 ガラっ


 相変わらず、このクラスの生徒全員が俺に敵意のこもった視線を向ける。

でも俺は今そんなモブ連中に興味はない。

 

 クソ、ここにもいないのか....


 不思議な感覚だった。16年も生きて誰かをここまで探すというのは

初めての経験だった。日はまだ斜めから鬱陶しいくらいにさしている。

校舎を出て、校門を出て、俺は走り続けた。

アスファルトの硬い感触。道ゆく生徒の集団。

無駄に待機時間が長くて、退屈でいつも俺をイライラさせる信号機。

その日は青で、俺は走り続けた。

ここから先の道は、俺の通学路ではない。

螢のためにと、雑炊の材料を調達したスーパーが見えてきた。

螢。何で今、俺は君の事を追いかけているのか分からない。

でも昨日読んだあの本の感想を、共有したい。

俺にとってはくだらなくても、君があれに何を感じたのかを知りたい。


『お前。何をしているんだ?』


 俺は、螢を....


 斜陽。黄色と紫の空のコントラスト。

俺の頬は日に照らされずちょうど影になり、

そこが青く染まっていた。

ポツリとその地に佇む俺は、その場のものでは無い

明かな異質の存在である事は明白であった。

 

 俺、何しようと....。


『さぁな?家に帰ったらどうだ??』


 そうだ。俺は寄り道を食いたくなったから

ここにいるんだ。誰にでも、見慣れた風景に

飽きることはある。そんな空虚な日常にほんの

少しスパイスを加えたくて、俺はここにいるんだ。


 あるのは己の目的のみ。





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