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第五話 最低な人間

この話から会話文の中に『』がよく出てきますが、

その正体が何なのかは後々明かされます。


*上げ直しついでに若干の加筆修正を加えています

『暴政を象徴する壁と これを破壊した自由愛を忘れない』 


 〜ベルリンの壁の落書き〜より


結局トータル1時間も螢の部屋にいなかったと思う。

雑炊を全て食べ終えたらまた、

彼女は浅い眠りについてしまった。

熱はないと言っていたが、

それが虚偽の申告であることは

見て明らかだったから、

彼女の額に勝手に冷○ピタをはっつけて、

食器を洗い、

螢の両親に調理器具と調味料を使わせて頂いた旨の

書き置きを残し、静かにその家を後にした。


 後にしてから、どうにも胸がざわつく。

嬉しいとか恥ずかしいとか、

色んな感情がごちゃ混ぜになった感覚がする。

螢に作った雑炊を食べてもらえたのは嬉しかった。

美味しいと喜んでくれたのも嬉しかった。

もっと色んな話をしたくても、

それが出来なくて残念だった。

他人のために何かをするのも、

存外悪い事ではないな...。


『違うな。お前は自分の事しか考えていない人間だ。

自分のためにしか生きられない人間だ。

今日雑炊を作ってやったのだって、自己満足のためだろう』


 違うよ。あれは自己満足のためなんかじゃない。

最初は俺も、何であんなことしたのか理解できなかったよ。

でもあれは、螢が心配で、心からそう思ってやったことだ。


『ふふ、知的ぶってたお前がまさかここまで堕ちるとはな。

あの女が心配?あいつは俺に勉強で勝った敵だ!

将来的に蹴落とさなければならない対象だ!』


 それは違う。螢は敵じゃない。


『じゃあ、螢はお前にとって何者だ?』


 .....。もしかしたら、少し気になってるのかm


『黙れ黙れ黙れ!お前はただ勉強をしてればいい。

机に向かって、与えられた課題をこなしておけばいい!』


 そんなのいやだよ..。

それじゃあただの機械と一緒じゃないか!

俺はそんな人生ごめんだ!!


『そうか?じゃあ何故お前は今まで、そんな人生を

選択してきたんだ』


「ただいま」

「おかえり壮ちゃん。遅かったじゃない?」


 今日は家に母がいた。

いつもはアルバイトで働いている時間なので些か疑問に感じた。そして

俺が、日がとっくに沈み街が静寂に包まれる時間になるまで帰宅しなかったのは、

一人公園でブラックコーヒーを飲みながら、

今日あった出来事の物思いに耽っていたからだ。


「ちょっと図書館で勉強してて(嘘)」

「あらそうなの?じゃあ家でもお勉強ね。

一日サボっただけであなたの人生に悪影響が出ることくらい、

もう知ってるわよね?」


「うん。夕飯まで勉強するから....」

「あっそうだ!一学期中間テスト。総合何位だった?」


 螢の喜ぶ顔が脳裏をチラつく。


「2位だった..けど?」

「そうなの〜。一位は誰??」


「夏空螢。あっそうだ!俺最近その子と!..」

「何で嘘をつくの!!」


「え??何を??」

「あなた今日。その夏空螢って子の家に遊びに行ったんでしょ!!」


 どういう事だ?さっき行ってきたばかりなのに、

何故情報が漏れているんだ!


「ふふふ。実は今日保護者会があったのよ。

本田茜さんのお母さんに色々聞かせてもらったわ。

その螢って子が風邪で学校を休んだって知ったら、

壮ちゃん血相抱えて教室を飛び出してったって!!

どういう事?説明しなさい!!」

「い、いやぁただ前に俺がひいてた風邪をうつしちゃってさ。

螢から看病に来てくれってラインが来たから行っただけだよ」


「まぁ!!信じられないその螢って子!

息子を家に呼びつけて誑かすなんて許せない!

今すぐその子と通話繋げなさい!親に抗議してやる!!」

「そ..そこまでしなくていいよ!!

元を糺せば俺のせいだし誑かされてもないから」


「良いから寄越しなさい!!さぁ早く!」


 ダメだ。こうなったら母はもう止まらない。


「早く!」

「ごめん。出来ない....」


「どうして?壮ちゃんはいつも母の言いつけを

守る優しい子でしょう?あなたは被害者なの」

「うるさい....」


「え??」

「うるさい!!何でそんな事しなくちゃいけないんだよ!

螢は....初めて出来た俺の”友達”なんだ!!」


「はぁ!?何よそれ?目を覚ましなさい!その螢って子は、

壮ちゃんを良いように使ってるだけの女なのよ!

あなたの事を友達だなんて思ってない」

「思ってる!!螢は俺の友達だ!!!」


 バチん!


 その瞬間。俺の右頬に痺れるような痛みと衝撃が走った。

感情が昂り自制が効かなくなった母に幾度となく

くらわされてきたそれは、俺の思考を一瞬奪うには充分だった。


「どんなに友達だって言い張っても私は認めません。

良いからスマホを貸しなさい」

「....分かったよ」


 そして母は手慣れた手つきで俺のスマホのロックを解除し、

ラインを開いた。


「螢のアカウント持ってるんでしょ?

ブロックしなさい。私の見てる前で」

「うん....」


 この時の俺は何も感じず、

言われた事を実行するただのパペットだった。


 その日俺は、螢とのつながりを絶った。


「よく出来たわ!さすが壮ちゃん!

やっぱり自慢の息子ね!!

今日の夕飯はハンバーグだから楽しみにね!」



『やっぱり俺の言った通りだったろ?

螢はただの敵。お前は母さんの言う通り、勉強さえしてればいい。

それさえこなせば、母さんは喜んでくれるから』


 そうだね。大学受験という本来の目的を忘れていたよ。

やっぱり人と関わるのは百害あって一利なしだ。


『うんうん。分かればいいんだ。

俺はお前。お前の事は俺が一番よく知っているからな。

だから安心しろ!お前が道を踏み外しそうになったら、

また俺が助けてやるからな』




「壮馬おはよー!!昨日は本当にありがとう!!

お陰様で1日で回復したよ!あっそうだ。壮馬のラインの

トーク画面が昨日の夜から使えないんだけど

機種変更でもした?新しいアカウント教えてよ!!」

「......」


「ねぇ?何で無視するの?」

「うるさい」


「え???」

「俺の勉強の邪魔をするな。

後お前のラインは昨日ブロ削しといた。

知り合いにゴミを増やしたくなかったからな」


「な..じ、冗談よね?友達でしょ?私たち?」

「友達がどういう定義づけなのかは知らないけど、

少なくとも俺は一度もそういう風には思ってなかったよ。

目障りだから消えろ」


「.........何で!酷いよ!!

じゃあ何で今までは普通に話してくれたのよ!?

昨日風邪で迷惑かけちゃったから??

もう急に家に誘ったりなんかしないから!

「はぁ..。頭が少しは回る女だと思っていたのに、

至極残念極まりないよ..。俺はただ、

君が話しかけてきたから、それに対処してただけ。

そして、君が俺にもたらしたものは利益ではなく、

時間の浪費だった。ここまで言ったら分かるよね。

君が俺にとっての、お荷物でしかなかったって事。

わかったら早く消えて。二度と俺に話しかけるな」


「..........」


「あっそ。良いわ、消えてあげる。

そしてもう二度と話しかけない。

あなたって、”最低”ね」


 そう。これで良い。良いよな?


『勿論!朝から気持ちの良いものを見させて貰ったよ!

君のしたことは何も間違えていない。だから安心しろ』


 そうか、良かった。


 孤独は人を強くする、とどこかで聞いた事がある。

でもその日の孤独は、いつもの孤独と違う味がした。






                         

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