第十三話 どしたん話聞こうか?
「じゃあお会計しよっか!」
「そうだね..はぁ、いっぱい食べて
お腹いっぱいだよ..」
今日は本当にたくさん食べた。
カタツムリと炭酸飲料という新発見も出来た。
「会計は、別々で良いよね?」
「うん!!」
店の外を出ると、そこは既に真っ暗闇に支配された
沈黙の空間へと変容を遂げていた。
通学路の細い道。一定間隔に並ぶ街灯のみが、
今の俺たちにとっての唯一の道標であった。
「..螢、今日はありがとう。お陰で楽しめたよ」
「ううん....私も..」
「..........」
長い事、無言の間は続いた。
ただ、今は話さずとも、螢と歩いているだけで、
不思議と心の繋がりというか、妙な一体感を覚えた。
きっと、俺たちの間に会話など不要なのだろう。
音を媒介せずとも、分かち合えるものがある。
「じゃあ、私はこっちだから!」
「分かった....」
しかし、その時間も終わりを迎えようとしていた。
次の信号が青になれば、螢はそれを渡り、家に帰る。
もう少し、一緒にいたい。
「じゃあね!またあし..」
「待って!暗いし危ないから、家まで送ってくよ」
ほんの少しで良いから、螢といたい。
「ふふ、壮馬って紳士的なとこあるよね〜。
この前も私のために雑炊作ってくれたじゃん。
私、壮馬のそういうとこ好きだな〜!」
好き、か。
「不思議な言葉だね」
「え??急にどうしたの?
私何か変な事言ったかな?」
「ううん。何でもない。
あ、もう着いたね。じゃあまた明日」
「うん!!またね壮馬」
夜道の一幕は、かくして終わりを迎える。
その翌日
今日は、いつもより少し目覚めが悪かった。
起床時間はその日のパフォーマンスに影響を及ぼすから、
安定思考の俺は常に決まった行動を自分に課してきた。
ただその日は、朝の冴えない頭が誤作動を起こした。
まぁ、俗に言う遅刻と言うやつだ。
もう部屋の時計は9時を指し示している。
授業は8時半からだから、もう1限には間に合わない。
仕方がないから、1限終わりの休憩時間から出席する事とし、
朝食作りとその摂取には事欠かさず。余裕を持って家を出た。
しかし、通学路も日の当たる場所の違いか、はたまた
通勤通学を既に終えたであろう閑散とした住宅地のためか、
妙な特別感と背徳感を同時に覚え、少し気分が高揚した。
こんな朝も、悪くはない。
20分程歩くと
俺の目に映るは、見慣れた校門。見慣れた校舎。
白塗りで、ところどころ外壁のペンキが禿げて
そこが茶色くなっている。
校庭で爽やかな汗を流す少年少女を尻目に、俺は入校した。
一年生の教室は3階。学年が上がるにつれ下がっていく、
若者には丈夫な筋肉を鍛え上げて欲しいと言う学校の意向か、
階段の昇りだけで、俺の大臀筋、ハムストリングスは悲鳴を上げた。
時間には間に合っている。
ガララ
「..........」
違和感。俺が教室に入った瞬間、外にまで漏れていた
クラスメイトによる喧騒は、沈黙へと置き換わった。
各々が白々しく自分たちの元いる席につき、
次の時間に使う教科書を広げ、予習にいそしんでいる。
「ほ、螢..。どうなってるの..、これ??」
「まずいよ壮馬!あなたの悪評が..広まっている」
どう言う事だ?これ以上広まるなんてはずがない。
ほとんど全ての人間の耳に、俺の噂は入っているのでは?
「え???」
「そう..。これが壮馬の噂パートツー」
「う、嘘だろ......。俺が螢を脅迫してる??」
「そうなの!昨日、私が壮馬と仲直りしたって言ったのも、
何故か、一緒にファミレスに行った事も漏れていて..。
それが全部、あなたの命令で私が仕方無くやったって
事になっているのよ!!」
「ま..マジかよ!でもそんな馬鹿げた噂、
何でみんな信じてるんだよ!」
「そ....それがね......」
そう言って螢が俺に見せてきたのは、
とある音声データだった。
『このクソ女が!!!!』
『うぅ....(螢の泣く声)』
「..........」
「本当見事に会話の一部だけが切り取られてる!
あの時もどこかで盗み聞いてたって事でしょ!!
本当、ただのストーカーじゃない!!」
螢は怒っているのか、
いつになく感情をむき出しにしている。
「このやり取りは確かに私たちのものよ!
でも、これはそのごく一部に過ぎない!
壮馬の発言も私が泣いたのも、もう互いに
認め合って解決した問題よ!
さぁ、この録音を拡散したのは誰??
今ならまだ許してあげる!」
『..........』
無駄だ。きっとこの螢の訴えも、俺の命令による
ものだと思われている..。くそ、俺は無力だ....。
「あの、螢?俺から一ついい?」
その時だった。教卓の前で一人声を荒げ
孤軍奮闘中の螢の眼前に、ある男の手が高々と上がった。
「い、いっちゃん....」
「螢。もし君の言っている事が真実なら、
これは重大な問題だ。
でも桂木君。君の発言に関しても、
同じく重大な問題である事に変わりない。
できれば、その発言に至る経緯を、
俺たちに教えて欲しい!
そうすれば、みんな納得出来るよな?」
「そ、そうだよ!」
「桂木!どういう事か説明してくれよ!」
太田の大衆の扱いには、目を張るものがあった。
クラスの緊迫した雰囲気は、彼の今の発言により、
一瞬で公平性の取れたものへと置き換わった。
「壮馬..。ここまで来たら。
話してもいいんじゃない?」
「............」
俺の過去
レールの上を歩き、
模範生として仮面を被り続けた..
「俺は中学の時....」
一言目を発した時、教室中の視線が俺に釘付けになった。
あれ、俺はどうして、こんな事をしているのだろう..。
その瞬間、正体不明の圧のような物を感じた。
言葉にされずとも、生徒一人一人の思念から伝わる波長の流れ、
それが集約され、俺の口を無意識に動かしている。
「生徒....」
『これからは、レールなんて言ってないで、
壮馬自身の意思で、人生を歩んで下さい』
俺の、意思....。
「俺は、発言に至った経緯をここで長々と話すつもりはありません。
でも、螢は俺にとって恩人です。他人に従ってそれに流されて
生きてく事しか出来なかった俺に、意思決定の自由をくれた。
今の俺がいるのも、全部螢のおかげです。
あの発言は、過去の俺との決別の証です。
話せるのは、ここまでです........」
「そ、壮馬....」
「そ、そんなの嘘に決まってるじゃん」
「もしかして、あの噂はやっぱり本当なの..?」
「............」
「ちょっと待ってよ!壮馬はちゃんと話したじゃ..」
「落ち着いて螢。確かに、真偽はともあれ壮馬は事の
経緯を話はした。けどそれは、俺たちを納得させるに
至ってない。それに、螢もさ、そんなに壮馬を擁護し
ないで、辛い目に遭わされてたら、いつでも俺に頼って
欲しい。見てるからな!壮馬!!」
太田の最後の一言。
それはクラス内での俺の地位を
決定づけるに近しい代物だった。
悲劇のヒロインとそれに至らしめた悪の元凶。
そして、そのヒロインを救う騎士。
俺に与えられた役は悪。
大袈裟に言い換えるなら、俺は
クラス内での駆逐対象というわけだ。
今回は同調圧力をテーマに書いてみました。
いかがでしたか?