第9話 クールなお嫁さん
俺の名前は牧野六郎
実は今日結婚式なのである。
お嫁さんは大槻瞳さん。
いわゆる一生でもトップクラスの幸せな時間でもあるのだが、俺はひやひやしていた。
「瞳さん、俺と本当に結婚しても良かったの?」
「はい? とてもこれから結婚式をあげようという新郎新婦入場前のセリフとは思えませんね。どうしたんですか。気が変わりましたか? 私と結婚したくなくなりましたか?
「いえいえ、俺は全くそのようなことを思っていませんが、瞳さんがどうなのかと思いまして」
瞳さんはクールな表情に細めの瞳、白い肌が生える俺にはもったいないくらいの美人である。
「愚問ですね。私は間違いなくいいといったはずですよ」
しかしまったく笑顔がなく表情が変わっておらず、これから幸せな結婚をするような顔ではない。
そもそも俺と瞳さんは昔から付き合いのある男女というわけでもない。いわゆる利害が一致したお見合いからの結婚である。特別俺ではなくてもよかったのではないかと今でも思ってしまうのだ。
俺と瞳さんの出会いは3か月ほど前のお見合いがきっかけである。
俺は特に結婚願望があるわけでもなかったが、親からの結婚を強く勧められて結婚相談所にアリバイ作りにある意味投げやりに登録したところ、どうやら瞳さんも同じような境遇で登録をしていて、一度会ってみることになったのだった。
「六郎さん私と結婚をしませんか?」
そして始めて会った日に急に瞳さんからそのように言われたのである。
「六郎さんは結婚にあまりご関心がないとのこと。それは私も同じです。ですが、お互い親からいろいろ言われている身、形だけでも結婚しておけば、そのあたり気を使うこともなくて楽だとは思いませんか?」
「まぁそれはそうですが……」
「3か月ほど何度か会ってデートをしましょう。それでお互いのことを知っていって、どうしても我慢できないことがないのであれば結婚しましょう」
「どうしても嫌なことですか?」
「はい、彼女としてのお付き合いをするならそこまで気にしなくてもよいですが、一生を共にする相手なら、好きなところよりも嫌いなところがないかを気にするべきです。結婚相手もポイントは足し算ではなく、引き算で考えております」
実に合理的な考えに驚いた。確かに人によってはどうしても相手の許せない部分の1つや2つがあるものだ。それこそほかのすべてが好きでもそれを打ち消しかねない。ならば、嫌いなところがあってもそれを許せる範囲なら問題はない。
「わかりました。そうしましょう」
俺としてもそれくらいの方が気を使うこともなくていいかと思った。
そしてその後週に1度ほどあって、いろいろなところに行った。だが、瞳さんはとにかくクールな人で、デートはしているとは言っても、笑顔にはならないし、手をつなぐこともない、どこかにでかけても割り勘で、恋人らしいことは皆無だった。
しかし、俺はなぜか知的なふるまい、そしてクールな美貌に惹かれていった。あまり女生徒の付き合いは多くなかったが、感情的な女性よりも、こういう落ち着いた女性が好みのようだった。
「いかがですか。私との結婚に何か不都合がありそうでしょうか」
「いえ、特には」
「では結婚しましょうか」
「はい」
3か月後、どうやら俺は瞳さん的に問題がなかったようで無事に結婚をすることが決まった。
だが、俺は本当に瞳さんが好きになったとは言わなかった。
瞳さんはドライな結婚生活を望まれているようなので、あまり俺が感情を強く出すと迷惑になる気がしたためだ。
もともと結婚願望が強いわけでもないので、ドライは夫婦関係でも好みの女性と一緒に住めること自体はそこまで悪い気もしなかった。
「ふう、瞳さんとのキス緊張したな……」
というわけで結婚式もつつがなく進み、披露宴を待つことになった。
まともな恋人らしいこともしてこなかった中で誓いの口づけというものは非常にドキドキした。
瞳さんの表情が強張っていたのが少し気になったな……、あのポーカーフェイスが崩れるの初めて見た。俺の口臭があまり良くなかったかな……、一週間前から口臭ケアにひたすら務めたんだけど……。
またそんなことよりやはり気になることがある。
俺はドライな関係でも瞳さんのことが好きなので、今後の結婚生活に不満はないが、瞳さんは俺のことを好いてくれていない気がする。だから本当に瞳さんが俺と結婚していいのか不安でしかない。
今からでも本当は俺の事が嫌なら断ってほしいくらいなんだが……。
「六郎さん、披露宴の準備ができたようですね」
俺が座っていると、瞳さんから声をかけられる。
本当にクールな氷の女王みたいだ。やはり俺瞳さんが好きだな。
「人のことをじろじろ見てどうしたんですか」
「い、いえいえ、お綺麗だなと」
「は? 何言ってるんですかこんなところで、きちんと私の気持ちを考えてわきまえてください」
「す。すいません」
自分のお嫁さんを結婚式でほめて怒られるというのがあるんだな。
俺は形はどうあれ結婚する以上は瞳さんを大事にするつもりだった。
でも瞳さんは形があればいいのかなと思ってしまう。
結婚式も終わり、俺は自分の家に瞳さんを招くことになった。
今日から瞳さんも俺の家に住むことになる。
俺は会社近くのマンションで一人暮らしをしているので両親が家にいるわけでもない。いろいろ2人きりの生活に不安を感じていた。
「今日から私は六郎さんの妻になるんですね」
「そうですね。婚姻届も受理されましたし」
表情がよく見えないが肩が小刻みに震えている。
やはり不安なのかな。
「六郎さんと夫婦、六郎さんと夫婦……」
「ああ! もう我慢ができません!」
「え?」
普段の低音ボイスな瞳さんしか知らないので、その声が瞳さんの声を認識するのに大きく遅れた。
「ああああ、六郎さんの家、六郎さんの部屋、六郎さんの香り……、ああ、好き、幸せ……、私は六郎さんの妻、私は六郎さんの妻……」
ほっこり顔で部屋をゴロゴロくるくるする瞳さん、俺の知ってる瞳さんとのデータが合わなさ過ぎて俺はひたすら困惑する一方である。
「あのー瞳さん、いつものクールな瞳さんはどこに行かれたんですか? 結婚のショックですか?」
「何ですか? 私の本性に気づいたからと言って、婚約は解消してあげませんですよーだ」
よーだ? 話し方も全然違うし。
それに本性? これが本性ってこと?
これもいわゆる結婚後に妻が豹変する的は話? いやさすがにこれは違うだろう。
「うふふ、ずっと我慢していたんですよ。六郎さんは結婚願望が高くないクールな女性がお好みとのことでしたので、ずっと演じてました♪」
「演じてたって、俺そんなことはプロフィールに書いてませんが……」
「いろいろ調べました! 相談所のプロフィールを見たときから気になってましたので。それで結婚に持ち込める最短ルートを導き出して動きました」
「俺ってそんなに好かれる要素はなかったと思うんですが、身長も顔も収入も普通で」
「一目ぼれですかね。この人の子供が産みたいなと思っちゃったので」
なんか怖い……。
「ああ、そうですね。今日から子作りもできるんですよね。…子作り…ああ、想像しただけで、鼻から血が……」
「おっと、瞳さん大丈夫ですか?」
瞳さんが倒れそうになったので、抱きとめる。
「ふぁー、六郎さんが私のことを心配してくれている、抱いてくれてる、いい匂い、素敵、ああ今日はなんて日なの? キスもしてもらって、綺麗って言ってもらえて~」
もしかして、キスの時の崩れた表情も、綺麗って褒めた時の塩反応もこの本性がばれそうになってたのごまかしたただけ?
「ああ、わが生涯に一片の悔いなし……」
「いえいえ、こちらに悔いができます。いくらなんでも興奮しすぎですから! 新婚初夜に召されないでくださいよ」
「新婚初夜? そ、そうです新婚初夜は今日しかないんです、倒れている場合ではない……。六郎さん、子作りをしましょう! 私この日を待ち望んでいたんです」
「いいですから、落ち着いてください。今日は一旦休みましょう」
腰が抜けてしまった瞳さんを俺が抱きかかえる。
「ふわぁ? 六郎さんが私をお姫様抱っこ、六郎さんが私をお姫様抱っこ、六郎さんが私をお姫様抱っこ、六郎さんが私をお姫様抱っこ、六郎さんが私をお姫様抱っこ、六郎さんが私をお姫様抱っこ…………きゅー」
「瞳さーん!?」
俺が瞳さんを抱き上げたところ、瞳さんが気絶してしまいました。
その後ベッドまで運んでしばらく瞳さんが目を覚ますのを待ってみたが一向に起きる気配がなかったため、あきらめて寝て、初日が終わりました。
「……新婚初夜に気絶してしまうとは……なんてこと」
次の日の朝、目を覚ますと瞳さんが体育座りで反省していた。
「あ、あの瞳さん」
「い、今からでも遅くはありません、今から……」
「瞳さん、好きです」
「きゅ~」
「ほら、これでも気絶しかける状態ではまだまだ早いですって」
「やり方はいくらでもあります! 私が顔に袋をかぶって縛られた状態で襲っていただければ!}
「そんなアブノーマルな初夜は嫌です!」
絵面があまりにも危険すぎる。
「で、ではどうすれば。結婚できるようにいろいろ我慢してこらえてきたのに……、今度は好きすぎて何もできないなんて……」
「瞳さん、俺瞳さんのこと好きですよ」
「!」
「俺、もちろんクールな瞳さんに惹かれたことは間違いないですが、俺と結婚したいために、必死にクールを装ってくれるかわいい瞳さんのことも好きです。もう夫婦になったんですから、時間はいくらでもありますし、まずはお互いいろいろ我慢してできなかった恋人らしいことから始めればいいじゃないですか」
「……私も好きです。一目ぼれって言いましたけど、一緒に過ごしているうちにやさしくて、いろいろ気遣ってくれる六郎さんのことが本当に好きになりました」
「本当に安心してます。俺瞳さんに好きって思われれて幸せですから」
というわけで、ようやくお互いに正式な関係が始まりました。
俺の事が好きすぎる瞳さんのことを俺も好きになりすぎてます。