第5話 見た目少女な彼女は俺の上司
俺の名前は永田浩二。
いわゆる普通の社会人だ。
仕事はマイペースに行って定時に帰って早出も残業もしないで過ごしているため、あまり会社からの評価は高くない。
「永田君、もう少し一日の仕事量増やせるんじゃないかしら?」
俺にそう言ってきたのは俺の上司でもある日之出潤さんである。
「すいません、でも俺は定時で帰りたいので、このくらいの仕事量でお願いします」
「ちょうどいい仕事量って……きゃっ?」
「危ないですよ日之出先輩」
俺は日之出先輩をこちらに引き寄せる。後ろで重い荷物を持っていた別の人にぶつかりそうだったからだ。
「気を付けてくださいね。日之出先輩は小さくて、視界に入りづらいんですから」
「あ、すいません、見えなくて」
「こ、子供みたいな扱いをしないで頂戴!大人なんだからきちんと自分で躱せたわよ」
「潤ちゃん~ちょっと手伝って~」
俺と日之出先輩がそのようなやり取りをしていると、部長から声がかかって日之出先輩が部長の元へ行った。
日之出潤先輩は、若くして仕事ができる尊敬できる先輩だ。
ただ、小柄で中学生みたいなかわいらしい見た目のせいであまりそうは見えない。
事実仕事以外の態度も若干子供っぽいのだが、仕事はできる。
そのため、頼れる先輩兼マスコットキャラみたいな1人で2粒おいしいみたいな存在である。本人は後者についてはものすごく不服らしいが、実際会社の空気は彼女がかなり清涼剤になっている。
「あ、定時だ帰ろう」
そんなこんなで定時になったら俺は帰る。入社以来基本的には定時で帰っている。
それで出世ができないならそれでもいい。俺は仕事が好きではない。
「お先にしつれいしまーす」
次の日ももちろん定時になったら帰ろうとする。
「こぉら永田! 今日もたいした仕事をしてないのに、定時で帰るとは何事だ!」
そんな俺に怒鳴ってくるのは、佐々木部長である。俺の先輩である日之出先輩が主任でそのさらに上の人だが、声のでかいおじさんであまり同僚からも好かれてはいない。日之出先輩が清涼剤なら、空気を悪くしているのがこの人だろう。
「いや、定時だから帰るんですけど。お疲れ様です」
「まったくこの無能がー」
本当にうるさい。俺だってさすがに何かトラブルがあってどうしても定時で終わらなければ残る。
そうでない日は間違いなくその日のノルマはきちんとこなしている。定時に帰るための工夫はきちんとしているし、それでも残業するならそれは定時ではない。日本のよくない慣習だ。ここも日本だが。
俺は家に帰ってだらだらするんだ。
「ん? あれは日之出先輩?」
俺が帰ろうとすると途中の資料室に日之出先輩がいた。
高いところの資料を取ろうとしているようだが、届かないようだ。
「これが取りたいんですか?」
俺は背伸びをしている日之出先輩の頭の上から資料を取ってあげる。
「あ、永田君。ありがとう……」
「小さいと大変ですね。手の届く範囲が小さくていろいろ不便でしょう。ほかにも取りたいものはありませんか?」
「こ、子供扱いしないで頂戴! 私はあなたより年上で、上司で先輩なのよ!」
「子供あつかいはしてませんよ」
(子供みたいに小さいなとは思ってますが、中学生にしか本当に見えない)
「今のちょっとした間で絶対に失礼なことを考えてたでしょ」
さすができる先輩。鋭い。
「そ、そんなことはないですよー」
「目を合わせなさい!」
「潤ちゃ~ん、頼んでおいた資料は見つかったかな~」
資料室に部長が笑顔で入ってきた。さわやかではない。
「ぶ、部長、見つかりましたよ」
「な、なんで帰ったはずのお前が潤ちゃんと一緒にいるんだ! 邪魔だ帰れ」
「部長、彼は私が取れなかった資料を取ってくれたんです」
「ちっ、余計なことをしやがって」
そういって部長は不快な顔で資料室から出て行った。よりさわやかではない。
「はぁ~」
日之出先輩がため息をつく。
「日之出先輩はずいぶん部長に気に入られてるんですね」
確か小さくてかわいい子が好きって飲み会で酔っ払って言ってたな。
それで余計に女子社員に嫌われてた。
いわゆる合法で小さい日之出先輩をお気に入りになるのもわかるが、さきほどの態度というもう少し隠せないものか。露骨すぎて。
「正直言うと面倒なのよ。私にいろんな仕事を押し付けてやたら2人きりになろうとしてくるし、もう耳に『潤ちゃ~ん』ってねっとりした声が残ってるわ……」
なるほど、さっきわざわざ高いところにあるものを日之出先輩に取らせようとしたのもそれか。取れなくて困ってるところを助ける作戦だな。自分で命令してるんだから好感度上がりようがないのに。部長は実は馬鹿なのか。
「どこかに相談したりできないものですか」
「なかなか難しいのよ。部長が主任にじきじきに命令すること自体に違法性はないから、理解してもらえなくて」
「俺に何かできることはありますかね?」
「えっ?」
俺は何気なく言ったが、明らかに日之出先輩が目を輝かせて俺によって来る。こういうところの反応も子供っぽい。
「頼んだら何か協力してくれるの?」
「まぁ俺は日之出先輩の後輩ですから、定時までなら何でもご協力させていただきますよ」
「う~ん、でも毎回定時で帰るし、すごく仕事ができるわけでもない永田君に、私が部長に頼まれた面倒な仕事を頼むのもどうかと思うわね……」
「それでいいですよ。俺が協力します」
「へ?」
「俺は定時に帰りますが、定時までにここまでやってくれと言われれば、定時までに片づけます。それで1つ日之出先輩にもお願いがあります」
「何かしら?」
「日之出先輩も定時で帰ってください」
「なるほど、定時までは永田君がいてくれて、定時以降も二人きりにならないように気を使ってくれてるわけね。案外頭が回るのね」
「…………そうです」
(日之出先輩が残ってると、頑張って仕事をしてる感がとても強くてみんな帰りづらいみたいだからな、まじめな日之出先輩が定時に帰るようになれば、会社全体が定時で帰る空気になって俺も帰りやすくなる)
「なんか間が気になるけど……、じゃあお願いするわね」
「明日からお願いします」
こうして俺は、翌日から日之出先輩が部長から直接振られる仕事を手伝うようにした。
ある日は、
「潤ちゃん~、コピー機の調子が悪いから一緒に見てくれないか~?」
「すいません、今手が離せないので」
「俺がコピーに詳しいので、俺が修理しときます」
「そ、そうか……」
またある日は。
「潤ちゃん、英語で海外から来たメールの翻訳頼めないかな~、英語得意だったよね」
「すいません今は……」
「俺が手伝います」
「お、お前にできるのか?」
「大丈夫です、英検準一級受かってますし、TOEICの点数も問題ありません」
「まじか……」
そしてまたある日は、
「潤ちゃ~ん」
「はいなんでしょうか?」
「お前はいつから潤ちゃんになったんだ~!」
このような形でとにかく部長が日之出先輩と二人きりになろうとするのを止めた。
あの人1日1回は来るんだな。
「じゃあお疲れ様でした!」
「あ、いけね」
定時になって日之出先輩が退社した後、俺は忘れ物をして、会社に戻った。
日之出先輩が定時退社するようになって、俺の予想通り、会社前提に定時上がりの空気ができるようになった。
部署にいるのは部長だけだ。何かぶつぶつ言ってるな。
「くそっ、最近全然潤ちゃんと一緒になれない。全部永田が邪魔をしてくる。しかも潤ちゃんも定時で帰ってしまうから本当にどうしようもない。仕事を何とかできれば……、そうだ……」
部長が明らかに何かを思いついたような顔をする。まぁなんとなくわかってはいたが、そろそろか。
「潤ちゃ~ん、この仕事全部頼むよ~」
「え、え、こんなに?」
部長は明らかに異常な量の仕事を日之出先輩に振っていた。
「大丈夫大丈夫、終わらなかったら、俺がどれだけでも一緒に残って仕事してあげるから」
「はいはい、俺がやります~」
俺の動きを封じる作戦というわけか。
「こんなには無理でしょ、通常業務もあるわけだし。部長、もっと仕事は均等に振ってください!」
「いいじゃないか、やる気があるわけだし。そしたら、俺は潤ちゃんに仕事を振るからさ~」
部長はにやにやしてこっちを見る。さぁどうするとでもいいたげだ。
「というわけです。人事労務部部長の斎藤さん」
というわけでこうする。
「え。斎藤さん……」
人事労務部とは、名前の通りこの会社の人事と労働時間を管理する部で、その部長がこの斎藤さんというわけだ。
人事の管理をしているだけあって、この会社における斎藤さんの地位、権力はかなり高い。
それは部長もわかっているので、たじろいでいるのであった。
「永田君ありがとうございました。なかなか香ばしい職場を見せていただきました……」
「い、いや、これは……」
「ははは、何を焦ることがありますか。もう話は聞いてますよ。女性部下と二人きりになろうとするセクハラまがいの行為、特定の社員に仕事を多く割り振るパワハラ行為、それ以外にもあなたのよろしくない噂はたくさん報告があがっていますから、おそらくコンプライアンス違反になるとおもいますが、まずはお話をしましょう……」
「そんな馬鹿な~」
部長は気を落としながら斎藤さんたちに連れていかれる。
「永田君、あなた労務部に相談してくれてたの?」
「はい、最近少しづつ加減を間違えてきていたので、ちょうどいいかなと、こういうのは専門に対処してもらった方がいいというわけで」
「ふーん、永田君って改めて考えると仕事できるわね……、毎日私の分の仕事をしても定時に帰ってるし、ほかの部署との根回しもできてるし」
「いえいえ、そんなに褒めなくても」
「お、お礼をさせて頂戴! 今夜2人で食事にもいきましょ」
「それくらい気にしなくても」
「いいからお礼をさせなさいよ……」
ちょっと涙目になってしまったので断りづらくなってしまった。
「泣かないでください。子供みたいに」
「子供じゃないわ!」
その夜、俺は日之出先輩に誘われて、居酒屋に来ていた。
何度か会社での飲み会で一緒になったことはあったが、2人で飲むのは初めてだな。
「今日は私がおごるから、じゃんじゃん好きなもの頼んでね。ここは料理も美味しいのよ、カンパーイ!」
「日之出先輩って、お酒飲めたんですね」
「当たり前でしょ! 私はあなたより年上って何回も言ってるでしょ!」
日之出先輩は甘いお酒ではなく、きちんとジョッキで生ビールを飲んでいる。
どう見ても中学生が飲んでるようにしか見えないのだが、法律的には問題ないので光景的にはシュールでしかない。ここにはよく来られている常連さんらしく、年齢確認はされなかったが、普段あまり来てないお客さんには二度見されてるし、普段別の居酒屋に行くときは年齢確認確実に必要だろう。年齢確認しても、提供を躊躇うだろう。
「でもあまり飲みすぎない方がいいんじゃないですか?」
「なんで?」
「体が小さいから、1杯飲んだだけで、2杯分カウントされないか心配で……」
「どんな計算式よ! ならないわ、きちんと節度を持って飲む大人よ! まったく永田君はいつも私を子供扱いするわね。そんなに私って子供っぽいかしら?」
「まぁ少なくとも見た目は子供っぽいですね」
「もう立派な大人の年齢なのに!」
日之出先輩は><な表情になって口を結ぶ。表情の出やすさもまた子供っぽいのだが。
「若く見えるならいいんじゃないですか」
「私は幼く見られてるから問題なの! ……例えば、永田君は私を大人の女性として意識できる……?」
「…………」
「どうして目を逸らすのかしら?」
頬をつかまれて目を合わせられる。
「いえ、それは」
「私が子供っぽくて小さいから、全然意識できないっていうのね!」
「いえ、そうではなくて……」
「嘘! こうなったら、私が少なくとも体は大人ってところを見せてあげるわ!」
「ちょっと日之出先輩!」
日之出先輩がスーツの上を脱いでシャツも脱ぎ始めた。いくら個室で回りからの視線がないとは言え大胆な。
「…どう? 私がここまでするのは酔ってるからじゃないわ……、永田君が好きだからよ……、あんな風にスマートに助けてくれたから、好きになったの。こういう手を使うのはどうかと思うけど」
「……ありがとうございました。いいものを見せていただきました」
「な、なにその冷静な反応は。やっぱりドキドキしないの……」
「何と言われましても、好意を持っている女性に肌を見せていただけるのはうれしいですから、お礼を言いました」
「へ? 好意?」
「日之出先輩の見た目が小さくてかわいらしいとは思ってましたけど、子供扱いしたつもりはありませんよ、むしろずっと女性として意識してました」
「え、じゃあもしかして、私をいろいろ助けてくれたのは……もしかして」
「はい好きだからです。それと風邪ひくので、上を着てください」
そして俺は日之出先輩に服を着せる。
「やだ……もう好きぃ……」
日之出先輩が俺に抱き着いてくる。小さくても女性らしい柔らかい感触だ。
「泣かないでくださいよ」
「だって、こんなに小さな体で、好きになってもらえる自信がなくて……ふぇぇ」
「でも子供じゃないんですよね。大人の付き合い期待してますよ、先輩」
「も、もちろんよ」
その後、問題の部長は降格処分の上異動になり、新しい部長はきちんと定時を意識してくれる人なので、部署が非常に雰囲気よくなった。
そして、俺と日之出先輩……、潤さんは毎日デートを重ねるようになった。