第32話 勢いも大事
俺の名前は楠正明
31歳の会社員である。
そして天草五十鈴という同僚の女性と仲がいい。
五十鈴は俺と同い年だが営業成績はトップで上司からは期待され、後輩からは信頼されている。
たれ目の似合うおっとり系の美人だがとっつきにくさもなく、みんなにも優しい癒し系だ。
だが、彼女は俺と同い年ということで31歳なのだが、独身である。
『天草さんって独身なんですよね』
『あんな美人なのに意外』
『仕事一筋って感じでかっこいいですね』
という評価を受けている。
そして、
『いつも楠さんは天草さんと一緒にいますよね』
『仕事もすごくいい感じのコンビネーションですもん』
『そういう関係だったりして』
『楠さんも独身ですもんね』
という噂を立てられていることも知っている。
俺と天草は同期入社でずっと同じ部署にいるのでもう10年近い付き合いになる。
そうなればある程度関係性もよくなるし、お互いの情報共有で一緒にいることも多いのだから、そりゃコンビネーションもよくなるのは当たり前である。
「なぁ、天草、後輩からえらい勘違いをされてるぞ」
と、俺が天草に時々声をかけるか。
「ふむ、なるほど楠か……」
「なんて?」
「ううん、こっちの話」
という感じではぐらかされる。
「30過ぎて独身ってやばくない?」
そんなこんなありながら、俺は仕事の関係で天草と飲むことも多いので、今日も飲んでいるのだが、今日はとても悪酔いしているようだ。
「俺が32歳独身なことを知ってて言ってんのか」
「なんというか圧倒的な売れ残り感があるというか」
「俺に刺さるからやめろ。喧嘩売ってんなら買うぞ」
「誰も楠の話なんかしてないわよ! 私が30歳超えて独身だからですけどー!」
「お前の話かい」
俺のことをバカにしてるのかと思ったら、ただの自虐だった。
「結婚してないのは知ってたけど、彼氏もいないのか」
「事実確認で私の心をえぐらないでくれない?」
「まじかよ。天草は美人だからもてるだろ」
「もてるからと言って理想の男性が出てくるわけじゃないのよ。はぁ。どうして私の前には年収一千万円以上の高学歴高身長のイケメンが現れないのかしら」
「それ典型的な結婚できないタイプ!」
「冗談よ。一生をともにするパートナーをそんな見たくれだけで判断はしないわ」
よかった。冗談か。本気だったら、天草の見方が変わるところだった。
「でも急にどうしたんだよ。結構長い付き合いだったけどそんな話今までお前の口からきいたことなかったのに。周りが結婚してきて焦ってきたのか?」
「……まぁね。この前5つ年下の後輩が結婚したのよ。それでちょっと自慢されてね」
「まぁ気持ちはわかるな」
「はぁ、なんで私みたいなイイ女が売れ残っていくのかしら」
「自己評価がたけぇよ。いい女なのは認めなくもないけど」
「ふーん、今イイ女って言った?」
「正確には顔だけはいい女だけどな」
「はったおすわよ」
「冗談だよ。まぁこういうのは運や縁もあるから気長に待つしかないんじゃないか」
「それは正論だけど、周りは結婚していって、親からも早く結婚しろって急かされてて、精神的につらいものもあるのよね」
俺も気持ちはわかるが、女性の天草は俺以上のプレッシャーもあるんだろうな。
「独身で仕事一筋っていうのも悪くないんだけどさ、私は特に趣味もない仕事人間だから、1人で家にいることってすっごく寂しいのよね」
「わかるなぁ」
1人で生きていける人はうらやましい。
「そう考えると、30過ぎて独身てやっぱりつらいものがあるわよね」
「そうだな」
「だからさ、私と結婚しない?」
「ぶふっ!」
俺は酒を思い切りふきだした。こんな漫画みたいなリアクションって本当にしてしまうんだな。
「何、きたないわね」
「お前が急に変なことを言うからだろ。冗談にしてもタチが悪いぞ」
「冗談でこんなこと言わないわよ。お互い30過ぎて独身は嫌なんだから利害の一致はあるじゃない」
「それはそうだけどな」
「それに……楠なら付き合いも長いし……いいかなって」
結婚か。結婚は考えないこともないが、天草との結婚なんて考えたことがなかった。
美人だし、長い付き合いで気心しれた中ではあるが、プライベート的な付き合いはほぼなかったからな。
「じゃあ天草。ちょっとシュミレーションしてみようぜ」
「よしきた」
「新婚ばりばりのラブラブカップル風で」
「おかえりなさいあなた、ご飯の前にする? お風呂でする? それとも私?」
「ラブラブ過ぎるわ。じゃあ逆に喧嘩しててぎすぎすした感じで」
「はぁ、自分のおかずくらい自分で確保したら?」
「なんかいろいろ違う気がするが……悪くないな」
「ええ、どうやら相性ばっちりみたいね」
近くのテーブルから、『今ので何がわかったんだろう……』という声が聞こえてきた気がするが気のせいだろう。
「まぁ確かに天草ならいいかな。美人だし」
「ええ。今美人って言った?」
「正確には外見だけ美人だけどな」
「ぶっとばすわよ」
「それじゃ結婚するか五十鈴」
「ええそうしましょう正明」
近くの席から、『ええ、そんな軽いノリで……しかも急に呼び方変わってるし』という声が聞こえてきたが気のせいだろう。
こうして俺と五十鈴は結婚することになった。
「ここが今日から私たちが住む家ね」
「ああ」
結婚した俺たちはさっそく一緒に住むためにお互いマンションの一室を借りた。
2人ともしっかり働いているので、いい部屋になってもお互いが1人暮らしするより余裕が出る。これも結婚の利点か。
「お互いの部屋はこことここでいいよな」
「ええ」
「この広い部屋はどうしようか。ダブルベッドでも買って2人の寝室にするか?」
「いいわね」
こうしてお互いの考えをもって1つの住む場所が出来上がっていったのだが、俺たちはとてもはしゃいでいて、頭が少し回っていなかったことに気付くのはもう少し後の事だった。
「…………」
「…………」
勢いで生活用品をそろえた結果、
おそろいのマグカップ、おそろいの歯ブラシ、おそろいのパジャマにダブルベッド、いわゆるバカップルの部屋と化していた。
「30歳にもなって何をはしゃいでいたのかしら」
「素になってみるとなかなかだな」
少し冷静になって状況を見返すと確かに恥ずかしい。五十鈴は顔を真っ赤にしている。
「まぁ落ち着け。ここは俺たちだけの家だ。誰かに見られるわけでもない。お互い始めてのことで浮かれるのも仕方なかった」
「そうね……、でもあの店員さんがすごくほほえましい目でこっちを見てたわ……。あのお店しばらく使えない……」
「気持ちはわかるが明日は仕事だから寝よう」
時間も遅いのでとにかく寝る。30超えてから睡眠優先なことが増えてきた。
「……それはそうだけど……一緒に寝るの?」
「ダブルベッドだし余裕だろ」
「でも私たちそういう関係じゃ……」
「結婚しておいて何を言ってるんだよ」
「それはそうだけど……なんで正明は落ち着いてるの……枯れてるの……」
「まだまだ現役だわ!」
なんという失礼なことを言うのか。
「せっかく買ったベッドだし……寝ましょう」
そして俺たちはすぐ寝た。新しいベッドはすごく寝心地がよくて気持ちよく寝れたが、次の日の五十鈴は眠そうでめちゃくちゃ機嫌が悪かった。なぜだろう。
「正明って料理ができるのね」
「そりゃ1人ぐらし長かったからな。五十鈴もできるんだよな」
「私も1人暮らししてたからね。でも誰かと一緒に料理をするのっていいわね」
「そうだな……、あいてっ」
「大丈夫?」
「ああ、問題ない」
ちょっと油断して指を切ってしまったが、五十鈴が優しく手当してくれた。こういうのも結婚のありがたみだな。
そして五十鈴の新しい一面が結婚で多く見えるようになってきた。
「五十鈴~。もう朝だぞ。起きろ起きろ」
「うーん、あと5分22秒寝かせて~」
「無駄に細かいのなんなんだよ」
朝が実は弱いとか。
「ぷはぁ~風呂上りのビールは最高ね~」
「……おっさんじゃん」
「むぅ」
こんなところも知れてちょっと面白い。
そして1番いいのは、
「ただいま」
「おかえり正明、そしてただいま」
「おかえり五十鈴」
家に帰って、ただいまを言っておかえりを言ってくれる人がいるというのは1人暮らしが長かった俺たちにとって、心地いいものだった。すごく心が温かくなってくる。
「そういえばさ、指輪っているか」
「指輪は高いからいらないって言ったじゃない。利害関係だけで結婚したわけだし」
「……俺が欲しいんだよ。いらないならつけなくてもいいからさ」
「つける、絶対つける!」
「そっか」
最初は利害関係の一致だけで結婚したが、でも一緒に過ごしているうちに、本気で五十鈴のことが好きになってしまった。指輪はその証としてつけてほしかった。自分のお嫁さんというアピールをしたい。
そんなある日、
「天草先輩~ 結婚したんですねおめでとうございます」
「あ、ありがとう」
会社の前で五十鈴が女性と絡まれていた。
「あれはなんだ」
「あの子は部署は違いますが、天草さんの後輩の子ですね。この前結婚を自慢してた子ですよ」
あああの子が五十鈴に結婚を自慢した後輩か。
「よかったですね~売れ残らなくて~」
「そ、そうね」
「それにしても天草先輩みたいな売れ残りをもらってくれるなんて、奇特な人もいたものですね」
奇特な人というのは俺のことか。
「私の事はいくら言ってくれてもいいけど、正明のことを悪く言うのは許さないわよ」
「えー事実を言っただけじゃないですか」
「あなたねぇ」
「まぁまぁそのあたりにしておけよ」
五十鈴が頭に血が上ってきたので、さすがに止めに入った。
「止めないで! そいつにヤキ入れないと気が済まない!」
「そんな汚い言葉つかったらめーでしょ」
「へー、あなたが正明さんですかぱっとしませんね」
「はいカッチーン! 確かにパッとはしないけど、いいところがいっぱいあるんだからね」
「パッとしないのは否定しないんだな」
「天草さんにお似合いじゃないですか?」
「言わせておけば……」
「なぁなぁ、俺たちお似合いだって!」
「どうしよううちの旦那が無邪気でかわいい!」
「まぁそれはさておき、別に周りにどういわれようが俺たちは俺たちだろ。気にするなよ。ここは大人の対応ってやつでさ」
「はぁ、そうやって売れ残りで傷のなめあいでもしてればいいですよーだ」
「あ、それとさ」
「なんですか?」
「五十鈴は俺のパートナーなんだ。あんまり悪く言うようなら次はないからな……」
「ひっ」
「こらこら、そんな汚い言葉使っちゃめっでしょ」
そういうと後輩の子はどこかに逃げて行ってしまった。
なんだかんだムカついていたので、ちょっとだけ釘をさしておいた。
後で聞いた話では後輩の子は旦那とうまくいってないこともあったので、それで五十鈴にやつあたりしていたようだ。
「さっきは私のために怒ってくれてありがとう……」
「お互い様だ。それにしても後輩の子と旦那さんは一緒に好きで結婚したはずなのに、うまくいかなかったりするんだろうな」
「一緒にいれば気持ちが変わっちゃうこともあるわよ。いくら好きでも年月が変われば気持ちが変わることなんてめずらしいことじゃないわ」
「それはそれで悲しいな」
「でも、長い年月を過ぎて、必ずしも嫌いになるわけじゃないわ。少なくとも私はもっと好きになったから……」
「俺もだ……」
「手、つないで帰りましょうか」
「……いい案だな」
こうして俺と五十鈴は幸せに過ごしていくのであった。




